第四部 第六十六話 実戦
「なんだ!?」
驚く教師と生徒が一斉に顔をあげた。
音がしたのは外壁。それも首都大京と繋がっていない外壁だ。
なんだなんだとどよめく生徒の声を遮るように、試験官と生徒全員の端末が一斉に反応する。
「緊急連絡。緊急連絡。壁面に爆発の光を観測。場所は学舎、研究、訓練三区画それぞれの連絡門及び訓練区画の外壁部。各教師はそれぞれの業務を中止し、現場へ急行せよ。なお外部からの侵入者ありとの報告も受けている。注意されたし」
機械的、かつ一方的に事実が告げられたかと思うと、端末はなんの反応も示さなくなる。
試験に挑む緊張感より、もっと重く、暗いそれが場を支配した。
「よし」
ほんのわずかな震えを滲ませた声を発したのは、比較的年配の教師だった。
「緊急事態につき試験は中止だ! 我々は指示通り、現場へ向かう。君たちはこの場で待機していろ」
「いいのですか? ここに教員を配置しなくて」
「聞いただろう。侵入者がいるかも知れんのだ。手は抜けぬ。行くぞ!」
そう言い残し、試験官を勤めていた教師三人がその場を離脱した。
「……」
教師の判断は間違いではない。むしろ即断即決で素晴らしい。宗次郎であっても同じ決断を下すだろう。
ただ、残された生徒たちの鬱屈な表情を見ていると手放しには賞賛できない。
「おい、やばいんじゃないか?」
「侵入者ってなんだよ」
「文字通りの意味だろ」
「ここで待機してていいのかな?」
「そういわれたんだからしょうがねーだろ」
わいわいがやがや。生徒たちのざわめきがどんどん大きくなる。
不安なのも仕方がない。宗次郎たちが今いるエリアは爆発からほど近いのだ。
「宗次郎さん」
「……」
不安を隠し切れない鏡たちに宗次郎は人差し指を口元に宛て、静かにするようにジェスチャーする。
突き刺さるような緊張感が懐かしい。試験の時に感じるそれよりも圧倒的に重厚で濃密な。戦場の空気。
「あ」
最初に気がついたのは座っていた生徒の誰か。
試験会場の建物から人影が走ってくる。三人だ。八咫烏が斬る黒い羽織とは対照的な、夜闇でもはっきりと目立つ白い羽織。両胸には黒い文字で、
「天」
と記されていた。
その服装が天主極楽教の戦闘服であるとこの場の誰もが授業で習い、知っていた。
だが動けない。数十人以上いる生徒の誰一人も。桁外れの実力を持つ生徒会長の角掛ですらも。
「これより天誅を加える!」
三人のうち一人が大声をあげて抜刀する。
ここに来て生徒たちは侵入者が天主極楽教のメンバーであると悟った。その反応はそれぞれ。逃げようとするもの。刀に手をかけるもの。ただその場に立ち尽くすもの。
そんな中、宗次郎だけは三人に立ち向かっていった。
「学生の分際で━━━」
先頭の一人が大きく刀を振り上げる。
このまま進めば宗次郎は一刀両断される。かと言って左右に交わせば両隣の二人の攻撃を躱せない。受け止めても同じ。
活路は後ろのみ。誰もがそう考えるであろう状況で、宗次郎はあえて前へ踏み込んだ。
「笑止! ぬんっ!」
振り下ろされる波動刀。己の命を消し去るかもしれない刃に向けて、迎え撃つように宗次郎も天斬剣を振り上げる。
多少前に踏み込んだとて斬られて終わる。受け止めるにしても重力に任せて上から振り下ろす方が圧倒的に有利。
だが、
「なっ!」
信じ難い現実に天主極楽教の三人が面食らう。
振り下ろされた刀の柄頭と天斬剣の柄頭がかち合あったのだ。
柄頭の大きさは縦が約三センチ、横幅は二センチ程度。実戦で柄頭がぶつかり合うことなとまずありえない。
つまり、意図的。
宗次郎が加速した上で天斬剣を振り上げたのは、攻撃を受け止めるわけでもまして躱すためでもなく、攻撃をさせないためのものだった。
空間の波動の加護により間合いを完璧に見切れるが故の神業だった。
「おおっ!」
両者ともに攻撃が中断され動きが止まるが、宗次郎は腰を落としていただけに再行動が早い。空いた左手で先頭の男の腹部を強打する。
「ガフっ!」
倒れ込む男を避けて宗次郎は天斬剣を抜刀。正面から見て右にいる男に峰打ちで斬りつける。
「うがっ」
神業に驚いていた男は一瞬で倒れる。
「このっ!」
斬りつけた隙をついて左の男が斬りかかるが宗次郎はそれをひらりと躱し、逆に蹴りをお見舞いした。
「がはっ!」
壁まで吹っ飛び、男は動かなくなった。
「ふぅっ!」
十秒にも満たない攻防を制した宗次郎は相手が動かなくなったことを確認し、生徒たちの元へと戻る。
「ほれほれぼーっとしない。敵襲だぜ!」
両手をパンパン叩いて、あっけに取られる生徒たちの覚醒を促す。
「俺たちも迎撃に出よう」
「……でも、先生はここで待機だって」
「今の見ただろう? 敵はもうすぐそこまで来ている。このままここでじっとしてたらやられるぜ」
シン、と静まり返る生徒たち。
訓練でも授業でもない実戦に対して、戸惑いを見せていた。
━━━ま、そうだよなぁ。
いきなりの事態で硬直してしまう気持ちは痛いほどがわかる。宗次郎だって千年前、同じだった。いきなり戦えたわけじゃない。
だが、敵が襲ってくる以上ぼんやりとはしていられない。
「俺たちは」
宗次郎は意を決して生徒全員に語りかけた。
「この学院を卒業したら、八咫烏として働く。国のため。国民が安全に生活できるためにだ。そのためにはこうして命をかけるときが必ずくる。違うか?」
この場にいる生徒全員の意識が向けられるのを感じながら、宗次郎は負けじと続ける。
「怖がるなって言ってるんじゃない。誰だって死んだり傷ついたりするのは嫌だ。でも、今ここで俺たちがじっとしていたら、その恐怖は下級生たちや市民に伝わるぞ」
どういうことかと疑問を持った生徒がざわつく。
「さっきの通信によれば、侵入されたのは外壁側、つまり訓練区画だけだ。だが各区画の連絡もんが爆破されているから素通りできる。つまり━━━」
宗次郎は大きく息を吸い込んだ。
「俺たちがこの区画内で信徒を足止めできなければ、連中は学舎区画や研究区画に流れ込む。そして、止められるのは俺たちしかいない」
三塔学院にいる実力派たちは経験こそ浅いが八咫烏に匹敵する実力を持っている。その全員が卒業試験を受けるために訓練区画に集まっている。
戦力的にもここで止められなければ後がないのだ。
「俺はこれから爆発があった箇所に向かい、天主極楽教の信徒と戦う。みんなはどうする? ここでじっとしてるか?」
「っ、戦います!」
最初に声を上げたのは隣にいた鏡だった。
「ここでじっとしているなんて出来ません!」
「だな。俺も見て見ぬ振りはできねーわ」
「私も。鏡一人じゃ見ていて危ないし」
宏と美緒も賛同する。
続いて、
「俺も戦います!」
「あぁ。これだけ人数がいりゃなんとかなるだろ!」
「宗次郎さんだっているし!」
「やってやろうじゃないか!」
火がついて次々に立ち上がる生徒たち。
よし、いける。経験不足からくる緊張と恐怖はやる気で補えている。戦うには十分だ。
「宗次郎」
生徒たちが盛り上がる中、いつになく真剣な表情で会長の角掛がこちらへやってきた。
「正直に聞く。勝てるのか?」
ガシッと肩を組まれ、小声で囁かれる。
三塔学院生徒会長として、軽々に生徒を巻き込むのはいかないのだろう。まして相手は戦闘経験を積んだプロだ。数が多いとしても学生だけで対抗できるとは考えにくいだろう。
「勝てます。その根拠は━━━」
宗次郎は角掛会長にそっと耳打ちした。
「なるほど。そういうことか」
角掛会長は納得し、にやりと笑った。
「会長には生徒全員の指揮をお願いします。その人望、期待してますよ」
実力は上でも、生徒全員をその気にさせることができても、実際に指揮を執るとなると長く生徒に接してきた角掛会長のほうが適任だ。
角掛会長はわかったと言って不敵に笑った。
「宗次郎さん、作戦を!!」
立ち上がった生徒全員が一斉にこちらを向いている。
いつまでも二人で話し合っている場合ではないと宗次郎と角掛はアイコンタクトを取る。
「作戦は以下の通りだ! 俺は単独で先行して信徒を倒す! 他の生徒は角掛会長の指示のもと、区画を結ぶ門に集結し近づいてくる信徒たちを迎撃してくれ!」
「おお!」
全員の気合いは大地を揺らした。
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