第四部 第六十三話 数納里奈という女
数納家の長女として、立派になりなさい。里奈。
私、数納里奈が子供のころから母親に言われていた口癖だった。
数納家は代々水の波動の使い手を輩出してきた名門貴族だ。南部に一定の領地を持ち、周囲の武家貴族との交流も深い。
里奈はそんな数納家の長女として生まれた。あとで知ったのだが、両親はなかなか子宝に恵まれなかったらしい。それでいて自分が女だったから、当初は周囲からの風当たりが強かったようだ。
やっと子ができたかと思えば、女か。と。
いくらなんでも前時代的だと思うが、悲しいが武家貴族は古い価値観が根付いている。そのせいで里奈は両親にしっかりと育てられた。
物心ついた時から教育の日々だったが、いやではなかった。父は厳しいが成果を出せばちゃんと褒めてくれる。母はつねに里奈を気にかけ、優しく微笑んでくれた。
里奈は両親を愛していたし、生来の真面目さもあってすくすくと成長した。流麗な水の波動を。舞のような剣術を。瞬発性に重点を置いた活強を身に着けた。
その甲斐あって、三塔学院にトップで入学。女だからとあれこれ言ってきた親戚たちは全員黙らせた。
このまま精進し続ける。張り出された成績表を見てそう思っていた里奈は、すぐに学院の奥深さを知った。
まず目についたのは自分のすぐ下、二位で入学試験を通過した生徒だった。名前は穂積舞友という。
穂積なんて無名の家の女子が自分の次に成績がいい。性別を理由にさげすまれてきた里奈は興味を抱き、そのまますぐに舞友と接触した。
術士を目指している舞友は波動術の成績は良かったが、活強と剣技が苦手だった。対して里奈は活強や剣技の腕は良かったものの、波動術については改善の余地があった。
互いの長所と短所がはっきりしており、さらに向上心も強かったので公私共に一緒に過ごす時間が増え、あっという間に仲良くなった。
意外に思ったのをよく覚えている。自己研鑽ばかり積んできたために人間関係が不得手だといわれてきたし、その自覚もあった。
だが、その自覚は全くの勘違いだと思い知らされた。
どういうわけか、里奈は周囲の学生からよく話しかけられたのだ。どうでもいい日常会話から、日々の授業の内容などなど、内容はバラバラ。相手も女子学生のみならず、男子も普通に声をかけてくる。それも先輩、後輩を問わずだ。
果ては学院生活以外の、家族関係の悩みについても。
正直なところ、相談されても解決のしようがないので鬱陶しく感じることもあった。そんなときは相槌を打ちながら、静かに耳を傾けていた。
おかげでいつの間にかクラスの中心人物と言われるようになり、そのまま学年で一番優秀な生徒といえば数納里奈だと言われるようになった。
何が意外かといえば、そんな環境になっても里奈自身全く苦しくないことだ。むしろ楽しいとすら感じていた。
人間関係が不得手だという自覚はなんだったのか。気がつけば、刀を握る時間よりも周りから色々と相談を持ちかけられる時間の方が増えていた。
武家の娘としてどうかと思ったが、父も母も大して気にしていなかった。むしろ学院内での成績や、生徒会への入会を褒めてくれた。
嬉しかった。この幸せがずっと続くと思っていた。
その幸せが崩れたのは去年の八月。
夏休みに実家に帰省している間。唐突に、なんの前触れもなく、里奈に精神感応の才能が目覚めた。
属性変化や活強と違い、精神感応は血筋が色濃く反映される。武家では使える波動術士はいないに等しい。それは数納家も例外ではない。
はずなのに。
何が起こったのか知りたくて、里奈はとある部屋に向かった。かつての思い出が詰まったアルバムが置いてある部屋だ。
里奈は吸い込まれるように部屋の中に入り、盗人のようにアルバムを漁り始めた。
一番古いものは父と母が結婚したばかりのころ。写真も白黒だ。そこから徐々に新しいアルバムを開いていく。
「……」
やがてアルバムに赤子の自分が出てきたところで、里奈は絶望した。
ない。
お腹が膨らんだ母の写真が、一枚も。
自分の誕生した月日と年から逆算しておなかが膨らんでいるべき写真には、今よりも若いだけの母が映っているだけだった。
自分が家族だと思っていた人たちは、何の血のつながりもない赤の他人だった。
いや違う。
自分が数納家の人間ではなかったのだ。
ショックだった。悩んだ。
だが、里奈はその思いを隠していつも通りふるまった。両親を尊敬する思いに変わりはないし、今さら自分に血のつながりがないことを公表しても意味がないと思った。
数納家の長女として、立派になりなさい。里奈。
幼いころに言われた通り、自分は数納家の当主になるのだ。ならば自分の都合だけで家族を巻き込んでいいわけがない。父も母も自分を愛してくれているのは変わりない。
忘れよう。そう自分に言い聞かせて、自分の気持ちを押し殺して。里奈は学院に戻った。
いつも通りにふるまえば、授業も、生徒会も問題なく過ごせるはずだ。
「数納、精神感応が使えるようになったのか」
気づかれた。新学期が始まって一週間もたたないうちに。
その速さも含めて見抜かれたことに驚いた。だが口から洩れたのは驚きの言葉ではなく、嗚咽だった。
声に含まれた優しさと気遣いに耐えられなかった。
そのまま里奈は自分の置かれた状況と心情をすべて吐き出した。精神感応の才能に目覚め、自分が養子であるとしったことを。
「君はどうしたい?」
里奈は少し間をおいて答えた。
本当の家族に会いたい。
数納家の両親は尊敬している。それはそれとして、もし生きているのなら会いた
い。死んでいるのなら墓に行きたい。
すると、
「なら、精神感応の才能を使うといい。それが君の家族の手がかりなんだろう?」
と言って、その人は精神感応の基礎を教えてくれた。
里奈の精神感応は特殊な幻術で、夢に対して作用した。対象を眠らせ、対象の望む夢を見せる。
そこで里奈は相談を持ちかける生徒に夢を見せることにした。自分の理想とする家族に囲まれた、ストレスから解放される夢を幻術で作り出す。自分と同じく家族に関する悩みを持つ生徒を助けつつ、自分の精神感応の技術を磨ける。
罪悪感? そんなものはない。
里奈はただ、本当の家族に会いたいだけだ。
その過程で自分と同じような悩みを持つ生徒の手助けをしているだけ。
ただ、それだけなのだ。
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