第四部 第六十話 なぜ、どうして
「こんなところに呼び出して、何の用?」
「そんな遠回しは必要ないわ、舞友。あなたの推察通り、今回の事件の犯人は私よ」
「!」
外れていて欲しいと願いっていた予測は大当たりであり、願いは粉々に砕け散った。
今回の事件。
複数の生徒が波動を抜かれ、昏倒。一部記憶障害を引き起こした事件の犯人。
そう自らを名乗った里奈は勝ち誇った笑みを浮かべている。
「気付いていたんでしょ? この一ヶ月、ずっと私をみていたものね」
「……どうして」
舞友の口から漏れたのは掠れた声。
「どうしてって、それは私のセリフなんだけどね。じゃあこうしましょう。あなたが私を犯人だと思った理由を聞かせてくれたら、私も話してあげる」
「……」
生徒会の一員として、いやそれ以前に一人の人間として。
すぐにも捕まえなければいけないのはわかっている。
だが、
━━━まだ、動機も手段も分かっていない、のよね。
自分に言い聞かせてから、舞友はため息をついた。
「見つからない自信はあったのよ? これでも」
「いいわ。教えてあげる。理由は、ある人が被害者の共通点を割り出したからよ」
舞友は自分の迷いを断ち切るようにキッパリと言い切った。
燈が持ってきた玄静の報告書には、各被害者についての情報がまとめられていた。学年、性別、成績、出身地、部活。あらゆる要素がバラバラな中で、玄静は被害者の共通点をこう結論づけたのだ。
「それは、家族関係の問題を抱えている、よ」
「!」
里奈の麻友がピクリと動く。
最初の被害者、木住野綾香は弟が非行少年であり、たびたび八咫烏に補導されていた。同世代に暴力を振るい、しょっちゅう怪我をさせているらしい
次の被害者、羽渕翔平は両親が蒸発してしまったのだそうだ。八咫烏が行方を捜索しているが、まだ見つかっていないらしい。
宗次郎が見つけた黒川優里は父親が酒に溺れていて、母親に暴力を振るっていて、優里自身はそのことを非常に気にかけていたようだ。
阿波連雅俊は体育祭での失敗のせいで、実家から勘当寸前まで追い詰められていたという。
「学校側でいくら調べても、何も出てこないはずよ。みんな学院生活はちゃんと送っていたものね」
「……」
「それで思い当たったの。そういえば、家族関係で悩んでいて周囲にかなり迷惑をかけた人間がいたなって」
自分のことを完全に棚に上げて舞友は続ける。
「もう一つ。生徒会や風紀委員のみならず、教師の捜索まですり抜けるからには、身内に犯人がいるんじゃないかっていう考察があった。なら、迷惑をかけていた頃に話しかけてきた人が怪しい」
「……そういうことね」
どこか納得したように、天井を見上げる里奈。
宗次郎と喧嘩していた頃、自分に気を遣ってくれたのは宗次郎と話すきっかけを作ってくれた生徒会会長の角掛明、食堂で話しかけてきた数納里奈と門之園朱里だけ。
生徒会長の角掛明はその勢いで周囲をぐいぐい引っ張っていくタイプだ。宗次郎や舞友をフォローしたように気が利く一面もあるが、それはあくまで身近な人間の範囲内。
門之園朱里も生徒の個人的な悩みとは関わりが薄い。彼女は今年生徒会に入ったばかりだ。同学年に友達は多いが、雅俊のような年上の人間の悩みにまで関わるとは考えずらい。
となれば、残るは数納里奈しかいない。
というより、消去法に頼らずとも舞友は里奈ではないかと疑っていた。
この三人のうち、生徒の悩みについて詳しそうだったのは里奈だった。
生徒会に選ばれるには実力も不可欠だが、同じくらい必要なものとして人望がある。
一年の頃から近しい実力を持っていたからこそ、わかる。人望は里奈の方が上だ。だから生徒会副会長の地位についている。人の話をよく聞き、まとめ上げる能力が高いのだ。
だから、玄静の報告を読んだ時にピンときたのだ。
もしかしたら事件の犯人は里奈かもしれない、と。
「あなたは自分の立場を利用して、学校では相談できない悩みを持つ生徒に近づいた。そうでしょう?」
舞友は波動杖を握る手に力を込める。
「……その通りよ。あーあ、まさか学院外の情報まで調べられるなんて」
「えぇ。燈殿下がいる時期に犯行を起こしたあなたの負けよ」
「そうかしら?」
なおも勝ち誇ったような笑みを浮かべる里奈。
その理由は気になるが、それよりも先に問いただすべきことが舞友にはある。
「さぁ、私は約束を守ったわ。あなたも教えなさい。なんでこんな事件を起こしたのか」
「いいわよ。でもね、理由なんて大したものじゃないわ」
うふふと柔和に微笑んで里奈は机に腰を下ろし。俯いた。
「私は私の生まれ持った使命を果たした。それだけよ」
「っ。悩みを抱える生徒から波動を奪うのが、使命だというの!?」
「それは誤解ね。彼らの波動を奪ったりはしないわ。そんなことをする必要がないもの」
舞友の怒りをそよ風のように受け流して里奈は答えた。
「私は、私の持つ術式を彼らに与えたの。私の本当の家族が私に残してくれた、代々受け継がれてきた術式をね」
そう言って、里奈は懐から波動符を取り出した。
その異様に舞友は息を呑む。
しつこいようだが、舞友は一年生の頃から里奈と付き合いがある。彼女の実力は誰よりも理解している。彼女の使う波動符だって何度も目にしてきた。
だが、今の里奈が握る波動符には何か得体の知れないものが混ざっている気がしてならなかった。
「あなた、それ……」
「これは幻術よ。それもかなり特殊でね。眠っている間だけ、使用者が望む夢を見せるの」
「夢……?」
「そう。それが私の家に代々伝わる波動術」
「そんな! だって数納家といえば水の波動の……」
数納家は代々水の波動を修めてきた。その例に漏れず、里奈の水の波動はなかなかのものだ。波動術と剣術を高いレベルで使いこなす。それが里奈の戦闘スタイルだ。
対して精神感応はそれほど得意ではなかった。成績も平均程度。
そんな彼女に代々伝わってきたのが幻術の術式。どう考えてもミスマッチだ。
「私もおかしいって思ったわ。なんで私にこんな能力が目覚めたのか。それであらゆる資料を調べ上げて、知ったの。私は数納家の人間じゃない。他所から拾われてきた養子だってことをね」
「……養子」
「そう。今まで家族だと思っていた父さんも、母さんも、親戚も。血の繋がりは全くなかったの」
里奈は机から立ち上がり、正面から舞友を見据えた。
「あなたの推察は一部正しい。私は多くの生徒から悩みを相談される立場にあった。最初は学院生活を送る上での小さな悩み。成績が思うように上がらない。人間関係がうまくいなかい。私は彼らの悩みを解決した。そのうちだんだんエスカレートして、家族のことまで話されるようになったのよ」
「……」
「他人の家族にあれこれ言えるわけないのにね。でも、自分が養子だって知ってから放って置けなくなった」
「だから、術式を渡した?」
「そうよ。誰にも相談できない。相談しても解決しない。だから、私は彼らに術式を施した。睡眠時に自身の望む夢が見られるように。家族のことを忘れられるように」
里奈が一歩近づく。
「あなたは、被害者の波動を奪ったんじゃなく……」
「そう。彼らが自分の波動をすり減らすまで夢に溺れたの」
まるで他人事であるかのようにさらりと口にする里奈に、再び怒りが込み上げる。
「詭弁ね。まるで自分に責任がないみたいな言い方して」
「責任って? 彼らは不幸になったかしら?」
歩みを進める里奈に舞友は思わず一歩下がる。
「あなたも知っているわよね。被害者全員、事件に巻き込まれる前と後で印象が変わったって。それもいい方向に」
「それは……」
里奈のいうことは事実だ。
昏倒により一時的に騒ぎになるものの、その後の健康状態は良好。むしろ事件前より明るくなったという報告を受けている。
ゆえに、当初はこの事件をそこまで重要視する人間がいなかったのだ。
「当然よ。失う記憶はつらい思い出と私に関する情報だけだもの。ほら? 何か問題があるかしら」
「……大ありよ。この馬鹿」
怒りが沸き上がる。
親友がここまで変わってしまったと気が付かなかった自分にも。自身の行いに無自覚な親友にも。
「あなたは悩みを解決したわけでもなければ、救ってもいない。ただの自己満足よ」
「それの何がいけないの?」
「え?」
ここまできてもなお揺るがぬ自信を見せる里奈に、舞友の方が言葉に詰まる。
「彼らは自分が抱えている問題を解決したいとは思っていないわ。ただ自分の悩みから解放されたかっただけ。忘れたかったのよ。だから叶えたの。そもそも━━━無責任で自己満足というなら、あなたもでしょう? 舞友」
里奈が嘲笑を浮かべた。
「正直にいうとね、ここ最近のあなたにはずっとイライラさせられたわ。久しぶりにお兄さんと再会して、なんであんなに不機嫌でいられるのか。私には理解できない。あなたの問題は自分で解決できるのに」
「な……」
一瞬。
舞友は里奈に間合いを詰められ、あっという間に目の前に来られた。
「何がしたいのかわからないくらいなら」
里奈の伸びる手には先ほど見せてきた波動符が。
逃げなければと思ったときにはもう遅かった。
「全部、忘れちゃえばいいのよ」
ふわり、と体が浮く感覚がしたかと思ったが最後、逆に膝から崩れ落ちた。
━━━兄妹、ね。
脳裏に浮かぶのは、体育祭で行われた最後の競技。精神的な動揺を誘われて敗北した兄の姿だった。
床の冷たさを頬で感じる。滲んだ視界には醜悪な笑みを浮かべる里奈。
そして、耳に聞き知った声が飛び込んできて、その声の主を誰か思い出そうとしたところで舞友の意識は闇に落ちた。
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