第四章 第四十話 盛大にやらかした
燈たちが最寄りのバス停に降りた頃。
宗次郎は眞姫との秘密のお茶会を楽しんでいた。あかりとの出会いからこれまで。そして通っている学院について。
やがて勉強の話になり、宗次郎は頭を掻いて俯いた。
「実は勉強が苦手なんですよね。試験まであと二ヶ月もないのに」
宗次郎なりに頑張ってはいるのだが、過去問を見る限りまだまだ実力不足だ。残りの期間を考えると優雅にお茶を嗜んでいる余裕はない。舞友に見つかったりしたらえらいことになるだろう。
「よろしければ、私が勉強を教えましょうか?」
「え?」
顔を上げると、テーブルの向こうで眞姫が思い詰めている。
「私はこの通り目は見えませんが、教育は一通り受けています。これでも成績は良いんですよ」
「へぇ」
「……年下の私から教わるのはやっぱり嫌ですか」
「いえ! そんなことは」
わからないことをわからないままにしてはいけない。門から教わった教訓だ。
年齢が下とかそんなことはどうでもいい。宗次郎はカバンから教科書を取り出す。
「お願いします! 今日の授業でわからないところがって」
「ふふ、わかりました。洋子さん、紙とペンを」
こうして眞姫と宗次郎のマンツーマンレッスンが始まった。
眞姫は目が見えないので教科書や問題集を見せられない。代わりに口頭で理解できない部分を説明するのだが、なにぶん理解できていないだけ下手くそだった。
洋子さんにも手伝ってもらいながらなんとか説明を終えた宗次郎に眞姫が色々と解説する。
「つまりですね━━━」
「あー、なるほど! そういうことか」
「その通りです。他にはありますか?」
「えっと、じゃあ……」
眞姫の頭の良さは本物で、宗次郎が理解できないところを口にすると、すぐにわかりやすい解説を返してくれた。
「教えるの上手なんですね」
「嬉しいです。授業を受けるコツとして最初に教わったんです。自分で教えられるくらい理解できれば勉強は楽しいって」
「なるほど」
自分で教える。教わってばかりだった宗次郎にとっては意識したことすらなかった。
そのまま宗次郎は問題を解き、理解した部分を実践で使えるようになった。
「すごいです! できるようになりましたね、宗次郎さん!」
眞姫の眩しい笑顔に宗次郎も嬉しくなる。
━━━楽しい。
理解できたと実感できる。問題がすらすらと解ける。
出来た。達成感と充実感が体と体を満たしていた。
「ありがとうございます。こんなに楽しく勉強ができたのは初めてでした」
「まぁ、宗次郎さんはお世辞がお上手なんですね」
「お世辞じゃないですよ。いつもこんな感じだったら良いのになぁ」
「普段は誰から勉強を? 教師の方ですか?」
「舞友からが多いですね。妹なんです」
「まぁ、舞友さんですか!? 以前こちらにお呼びしたことがあるんです!」
「え? ほんとですか?」
話によると、天斬剣献上の儀が中止になったニュースが流れてから声をかけたらしい。自分の姉と親しくしている穂積宗次郎の妹、生徒会書記だったのですぐにわかったそうだ。
王族からの呼び出しとあって最初は緊張していたらしいが、今ではお友達らしい。
━━━この人、結構大胆というか、行動力があるんだな。
見た目からしておとなしそうなのに、初対面の舞友や宗次郎を呼び出したりする。
ちょっと意外だった。
「舞友さんなら教えるのも上手そうですね」
「いやいや、眞姫殿下の方がわかりやすいです」
教えるやり方よりは雰囲気というか威圧感の違いなのだろうが、舞友から教わって問題を解いてもちっとも楽しくない。
「舞友さんはしっかりしていて、かっこいいです。それに気遣いもできるので生徒にも人気ですよ」
「あ、あはは。そうらしいですね」
鏡たち生徒からも同じように言われたことを思い出す。他の生徒や教師も妹を褒めていた。立派な妹さんだね、と。
「らしい?」
「俺は舞友が優等生らしい振る舞いを見せているところを見たことがないんですよ。いつも厳しくて、ピリピリしていて」
舞友は宗次郎の説明を最後まで聞いてくれない。質問してもそんなこともわからないのかと言いたげに遮って答えてくる。問題が解けても理解しても褒められることなんて一切ない。
思い出しただけでも憂鬱になる。これから生徒会棟に戻ったら舞友の授業が待っているのだ。
「あっ」
そのせいか、眞姫が何かに気づいて宗次郎の後ろに視線を逸らしたことに気づかな
かった。
「はぁ」
眞姫との会話でリラックスしているせいか。脱力して天井を見上げていた宗次郎の口から、続けて本音が漏れた。
「あーあ、眞姫さんみたいな妹が欲しかったなぁ」
はぁ、ともう一度ため息をついた宗次郎の耳に飛び込んできたのは、眞姫が息を呑む音だった。
視線を戻すと眞姫が口に手を当てて顔を引き攣らせている。その視線は宗次郎ではなくその後ろだ。
「?」
何事かと思って後ろを振り向く。そこにいたのは。
口をあんぐり開けて呆然としているシオン。
目を覆いながら天を仰いでいる燈。
そして、悲しみと絶望が入り混じった表情をしている舞友だった。
「な、んで」
ここに、と言葉が続かない。
やばいと思ったがときすでに遅しだ。
「そう、ですか」
今の発言を聞かれたどうしようどうしよう謝らなきゃと思考する頭に、俯いた舞友の震える声が届く。
「私より、眞姫殿下の方がいいですか」
「いや、そんな━━━」
涙に濡れた顔で睨みつけられて宗次郎は押し黙る。
「兄さんのバカ!!」
「まっ……グェ」
涙を流しながら回れ右をして走り去る舞友を追いかけようとしたら、椅子につまづいて転んでしまった。
気まずいなんてもんじゃない沈黙。サイテー、というシオンのつぶやきがやけに大きく聞こえた。
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