第四章 第七話 穂積舞友 その1

 思えばずっと違和感を感じていた。


 大切なことを思い出せないもどかしさ。ずっとすぐそばにあって、当たり前だと思っていた何かがわからないモヤモヤとした感覚。


 車内で。三塔学院に行く途中でも感じていた。


 院長室で。燈と妹の関係性を思い出したときにも胸に抱いた。


 なるほど目の前で対峙して思い出してみれば、なんてことはない。


 四つ下の妹、舞友。八年もの間行方不明になった宗次郎の代わりに、学生でありながら穂積家の当主を勤めていた。


 ━━━やっべぇ……。


 宗次郎は内心の冷や汗が止まらなかった。


 記憶喪失のせいで忘れていたわけではなかった。自分が初代王の剣であると思い出す前から、自分に妹がいたことは覚えていた。


 つまり、今や自分にとってたった一人の家族であるにも関わらず、宗次郎の頭からは舞友の存在が頭から抜け落ちていたのだ。


「……」


 気まずさで宗次郎はごくり吐息を飲む。


 およそ十年ぶりの再会。記憶にある妹はまた小さく、自分の後ろにくっついて歩いていた。目の前にいる少女は顔つきに面影こそ見えるものの、身にまとう雰囲気はまるで別人だ。


「……」


 舞友の何の変化も見せない表情が逆に恐怖心を煽る。宗次郎は思わず謝ってしまうそうになった。


「学院長」


 沈黙が気まずさを部屋中に充満すると同時に、舞友が口を開く。


「お話はどこまで進んだのでしょうか」


「え、えっと……」


 津田がしどろもどろになっている。


 サプライズは大成功。感動の再会を果たした兄妹が泣いて喜び合う━━━なんて絵面でも夢想していたのだろうか。そう考えると宗次郎は少し申しわけがない。


「本日はとりあえず挨拶だけするつもりでした。二人の紹介も終わりましたので、そろそろお帰り頂こうかと」


「つまり、入学時期、暮らす寮などまだ未定ということですね?」


 舞友の口ぶりはどこか鋭い。本人は意図していなくでも、まるで学院長である津田を非難しているようにも聞こえる。


 仕方がないじゃないか。三塔学院に通うと決まったのだって昨日か一昨日の話なんだ。


 とは言い出せない宗次郎。


「であれば、にい━━━お二人には、本日よりこの学院に留まってもらったほうが良いと考えます」


 舞友の提案に宗次郎だけが息を呑んだ。


「その理由は?」


「お二人が三塔学院に通うことは確定事項です。であれば手続きのために何度もこちらに足を運んでもらうのはいかがなものかと。それに、兄様はこの学院に早く慣れてもらう必要があります」


 あの舞友が。小さい頃は引っ込み思案で、しょっちゅう泣いていたあの舞友が。


 学院長相手に物おじせずに受け答えしている。


「ですが、部屋は決まっていないのよ」


「生徒会の寮が空いています。そちらを使っていただくのはどうでしょう。通常の寮で暮らすにはお二人は目立ちすぎますし、生徒たちも浮ついてしまいます。教員が使用する寮を使う手もありますが……卒業試験を受けるとあっては、カンニングを疑われるような行動は避けるべきかと」


 あくまで論理的に。舞友は淡々と自身の意見を述べる。


「事態が事態です。生徒会長も許可してくださるでしょう。いかがです?」


「……確かに、問題はなさそうね」


 津田が正武家を見るも、彼女は静かに首を振るだけだ。教師側としては異論はないらしい。


「殿下、いかがでしょうか」


「いいんじゃないかしら?」


 燈も頷きながらこちらを見る。


「━━━」


 宗次郎は頷くかどうか一瞬躊躇った。


 生徒会の寮で暮らす。舞友の理屈は理解できる。きっと車から見た寮より設備がいいだろうと簡単に予想がつく。


 しかしそれは、およそ十年ぶりに再会する妹、舞友と一緒に暮らすことを意味する。


 ━━━き、気まずい……。


 楽しい学園生活はどこへやら。宗次郎はまたも波乱の予感を覚えながら、大きく頷いた。

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