第三部 第四十三話 導き出した答え その4

 次期国王と名高き第一王子に真正面から喧嘩を売った宗次郎。彼に対して怒るどころかどこか納得している柳哉。




 彼らに置いてきぼりを食らった兄弟としては、どうしていいのかわからず目をパチクリとさせる。




「今日はここでお開きにしようか。瑠香、主催してくれてありがとう」




「え! えぇ、そうね」 




 唐突に話題を振られた瑠香はびくりと体を震わせた。




「楽しかったよ。燈、また会おう」




「俺もここで失礼する」




「さよなら。柳哉兄様、歩兄様」




 机の向こう側に座っていた第一王子と第二王子が席をたち、襖の向こうへと消えていく。




 去り際にちらりと柳哉が宗次郎を見たが、その意図は読めなかった。




「私たちも帰りましょう。行くわよ綾」




「は、はい」




 瑠香は鼻を鳴らしながら立ち上がり、妹の綾にここを出るように促す。




「燈、私は━━━」




 襖の前で立ち止まり、宗次郎たちに振り向かずに口を開く瑠香は、




「いいえ。なんでもないわ」




 途中で言葉を止めたまま、綾とともに退場した。




 宗次郎は立ったまま、彼らを無言で見送った。




「っ!」




「ちょ、ちょっと!」




 突然、宗次郎は足の力が抜けて倒れ込んだ。幸か不幸が燈のいるほうへ倒れたため、燈の両手により背中を支えられる。




「大丈夫?」




「あ、あぁ」




 何とか座布団の上に座り、両肘を机に乗せて態勢を整える。




 ━━━めちゃくちゃ疲れているな、俺。




 この場に飛び込んでから二時間と立っていないのに、体が鉛のように重い。精神も同様だった。




 ━━━そうか、あいつは……。




「あ」




 ふいに、宗次郎の左側を支えてくれている燈に意識がいく。




 顔が、近い。サファイアのごとく美しい蒼玉の瞳がすぐそばにある。ひんやりとした吐息を首筋に感じられる。




「!」




 目が合うと、燈もハッとして距離を取った。




「「……」」




 二人とも互いをまともに見られず、顔をそらす。




 鼓膜の奥で鼓動の音がする。顔に熱がこもるのを感じながら、宗次郎はうつむいた。




「あ、あのさ」




 もうどうしていいかわからず上ずった声を上げる。




「とりあえず、うん。さっき言ったとおりだから。そういうことで」




 何がとりあえずで、どういうことなのだろう。




 口走っている宗次郎にもよくわかっていない始末。




「……なさい」




「え?」




「後ろを向きなさい」




「お、おう」




 俯いたままの燈に目を向けることなく、宗次郎は正座のまま回れ右をする。




 ━━━な、なんなんだ。




 柳哉王子に切った啖呵が嘘のように、宗次郎は自信がなくなってくる。




「っ……」




 座布団が移動した音がする。燈がこちらに近づいてきたとわかる。




 背中越しに何をされるんだろうか。そう身構えている宗次郎の背中に、コンと小さな衝撃がくる。




 ━━━!?!???




 背中に当たっているものが燈の頭だとわかり、混乱する宗次郎。無言の時間がさらに追い討ちを立てる。




「本当に」




「え?」




「本当に、いいの?」




「当然だ」




 宗次郎は即答した。




 元はといえば、宗次郎は迷いを断ち切るためにここに来たのだ。柳哉が大地に似ているのか確かめるために。柳哉と燈、どちらにつくのかを決めるために。




 その答えは今の状況が物語っているわけだが、背中から伝わる声の震えが燈の心情を物語っていた。




「……できると思う?」




 不安に押しつぶされそうなかすれた声。




 初代国王を超える王になる。燈は今日、自分の夢を自分なりに形にした。




 貴族の粛清。




 不安からか、それとも焦りからか。燈の案は非常の短絡的で、活暴力的なものになってしまった。燈自身も柳哉の反論を受けて自覚しているはずだ。




「それはわからないよ」




「……ほんと、あなたって━━━」




「わかることがあるとすれば」


 宗次郎は燈の発言を遮って、さらに続けた。






「できないといわれても、燈はあきらめたりしない。そうだろ?」




 背中から燈の頭の感触が消える。




「俺は━━━俺は、今まで刀を振るってばっかりだった。目の前に立ちふさがる妖を斬る。人をどう扱うとか、国について、平和について考えるのは大地がやること。千年前はそれでよかったんだろうな」




 英雄になりたい。その夢を叶えるためには、誰よりも多くの敵を倒せばいい。




 それは、戦争中での話だ。




「本音を言うと、さっきはすごく辛かった。国とか平和とか、自分には大きすぎてどうすればいいのか全くわからなくて。柳哉王子には偉そうなこと言ったけど、結局は大地の考えを丸パクリしただけだし」




 宗次郎は恥ずかしくなって後頭部を掻いた。




「やっぱり大地はすごいやつだよ。戦うのが当たり前の時代に、平和とか国の在り方について考えていたんだ。それも一人で。戦いで負けても、周りから否定の言葉を浴びせられても自分を貫き通したんだ。だからさ━━━」




 宗次郎はゆっくりと振り返った。その先にいる燈は硬い表情でこちらを見ていた。




「俺も自分の意見を持たないといけないんだ。国について、平和について、なぜ戦うのか。戦うだけしかできないって諦めずに、一人の国民として。きっと、この時代ではそれが必要なんだ。英雄になるために」




 燈から視線を逸らさず、真っ直ぐに自分の想いを伝える。




 王城に来てから時代の流れを感じ、大地の死を実感して、寂しさに包まれていた。




 自分の居場所はもうないんじゃないか。そう思ったりもした。




 全く馬鹿げている。




 時代が変わったのなら、いまと言う時代と向き合う。時代に合わせて戦い方を変えればいいのだ。




 不安? そんなものはない。




 宗次郎は、一人ではないのだから。




「燈の剣として、一緒に考えていきたい」


「っ……」




 燈が息をのんで俯く。




 夕陽はすでに半分以上地平線の向こうに消え、最後の輝きが空と雨雲を照らしていた。その反対側には、欠けた月がうすぼんやりと浮かんでいる。




「……ふふ」




 顔を上げた燈は笑った。




 笑いは小さいが、その憑き物が落ちたような朗らかさがあった。いつもの燈が纏っている冷たい感じもない。




 なんというか、しっくりくるのだ。




「まさか、宗次郎に慰められるなんて」




「……」




 完全に見惚れていた宗次郎に燈の言葉は届いていない。




 ━━━な、なんでこんなに……。




 顔がほてっている。心臓の鼓動が感じられる。燈が美人なのは百も承知だが、こんなに胸が高鳴ったことはない。




「宗次郎」




「あ、あぁ」




 うわの空で返事をする宗次郎に対して、




「ありがとう」




 燈が頭を下げた。




 衝撃的な光景だった。銀色の長髪が夕焼けの輝きにより枝垂桜のように垂れ下がる光景は幻想的ですらある。




「あなたのおかげで助けられたわ」




「……」




 言葉を出せない宗次郎はやがて頭を上げた燈にじっと見つめられる。




「私も平和について考えたことはなかったわ。嫌いだったのよ。皇王国は千年平和を続けてきた、争いのない大陸になったって人々はいう。おかしいわよね。本当に平和なら私の母が死ぬことはなかったのに」




 燈の口調は内容の重さを感じさせない軽やかなものだった。




「私は自分が味わった不幸を国民に味わわせないために戦った。天主極楽教を倒せば、国を蝕む貴族を無くせばいいと思っていたけれど、安直すぎたわね」




 燈は大きく息を吐き切った。




「柳哉兄様には気付かされたわ。宗次郎の言う通り自分の意見はなくとも、私より広い視野で国民と貴族について考えていた。素直に負けを認めるしかないわね」




 憂いを帯びたのは一瞬で、燈はだけど、と切り替えた。」




「私も変わらないといけないのね。この国をどうしたいのか。真の平和に何が必要なのか。自分の意見を作り直すわ。初代国王を超えるために」




 宗次郎は黙って頷いた。




 やるべきことがはっきりした二人の間に、余計な言葉はいらなかった。




「ああ、それと。私の部屋でした発言は撤回するわ」




 燈はその顔に色がついたが如く、パッと表情を明るくした。




「改めて━━━私の剣になってくれる?」




 自分に向けられたその笑顔を、宗次郎は決して忘れることはないだろうと思った。




 何に例えようもない、本当に美しいと感じられる、心の底からの笑顔。




 自分の守りたいものが目の前にあった。




「あぁ」




 宗次郎も笑顔になる。




 太陽は完全に地平線の彼方に消え、代わりに顔を出した月が、いつまでも二人を照らした。






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