第二部 第四十四話 伝説の戦い その1
「それでは選手入場です!」
テンションマックスな実況に合わせて爆発的な盛り上がりを見せる観客席の熱気が伝わる。
入場するのは宗次郎からなので、早めにゲートを潜る。
「天斬剣の主に選ばれた実力は本物だ! 全試合で見事勝ち上がった勢いをそのままに優勝を狙う! 地割れなんざ怖くねえ! 穂積ー宗次郎ー!」
「いよっ! 大陸一!」
「派手な戦いを期待してるぞー!」
「お前が勝ってくれー! 給料全部注ぎ込んだんだー!」
観客席に手を振りながらグラウンド中央に進み、所定の位置につく。
最初は緊張してガチガチになっていたが、決勝までくると流石に慣れた。
「剣士にだって勝てるんだ! 術士が下馬評を覆してついに決勝進出だ! 大地は揺れても俺の勝利は揺るがないぜ! 雲丹亀ー玄静ー!」
「玄静さま―!」
「ステキ―!」
「地震を起こすなら先に言えー!」
「お前のおかげで会社が休みになったぞー!」
宗次郎以上に声援を受けながら玄静がグラウンドに躍り出る。
宗次郎とは対照的に観客に手を振らず、まっすぐに宗次郎の前に立った。
「やあ宗次郎。勝たせてもらうよ」
そうのたまう玄静には静かな闘気が渦巻いている。宗次郎の監視をサボり、皐月杯で手を抜くことを企んだ人間と同一人物にはとても見えない。
「……変わったな。お前」
「違うね。僕は何も変わってない」
明るく、それでいて軽薄な雰囲気はないに等しい。淡々とした様の玄静は自虐的な笑みをかすかに浮かべている。
「僕はただやるべきことをやる。今までも、そしてこれからもね」
━━━やるべきこと、か。
宗次郎の意識が千年前の過去に飛ぶ。
かつて壕から似たような発言を聞いたような気がする。あれはいつ、どこで聞いたものだったか。
「努力を否定するのが、お前のやるべきことか?」
「おいおい、勘違いはやめてくれよ。才能を磨く過程を努力というのなら、むしろどんどんやるべきさ。僕が忌み嫌うのは無駄な努力だ。たいした才能もないくせに夢だけはデカくて、周りを期待させる。現実から目を背けるような奴らだ」
全くわかってないな、と肩をすくめる玄静。
「そういうわけだから、君に勝ったら今までの努力を鼻で笑ってあげるよ」
「抜かせ。その顔絶対歪ませてやるから覚悟しろ」
発言とは裏腹に玄静と宗次郎はきちんと頭を下げる。
「あぁ、それとな。玄静」
「あん?」
「俺は正面から戦って、お前に勝つ」
「は?」
ぽかんとする玄静を無視し、宗次郎は背を向け所定の位置に向かう。
ひかれたラインの上に立ち、三十メートル離れた個所に立つ玄静と向き合う。
「試合、開始!」
ドォォンと決勝戦用の銅鑼が合図となる。
「はぁっ!」
「はぁっ!」
準決勝と同じく、試合開始と同時に玄静は波動を大量に放出する。爆発的な勢いに闘技場全体が揺れる。
宗次郎は素早い動きができる。三十メートルの距離は一瞬で詰められる可能性がある以上、初手から全力を出すのは当然と言えるだろう。
「雲丹亀選手! 準決勝と同じ戦法を仕掛けます! が━━━」?」
「!?」
実況は言葉を失い、玄静も目を見張る。
宗次郎はだらりと両手を下げ、天斬剣も抜刀せずに、ただ歩いているだけ。
今までの試合で見せた高速移動は見る影もないほど失速していた。
否。意図的に遅くしていた。
「お前……!」
「言ったはずだぜ、玄静」
歩くペースを変えないまま、宗次郎は不敵に笑う。
「俺は正面から戦って、お前に勝つ」
「っ……」
冷静さを装っていても玄静の戸惑いは隠しきれない。
━━━予想した通りだ。
玄静は頭がいい。作戦を巡らせるのも上手い。初代陸震杖の使い手、壕に引けを取らないほどに。
同時に、長所はときとして短所となる。頭が良いやつは深く物事を考える。考え過ぎてしまう。
自分と同じように何かしてくるのではないか? と。
もちろん宗次郎に裏はない。言葉通り、正面から戦いを挑むだけだ。
だからこそ、卑怯な手も作戦もなく、何もせずに歩く。
━━━怖ぇ。
もし玄静が防御せず攻撃を繰り出してきたら、宗次郎は負ける。その恐怖心に打ち勝ち、宗次郎は玄静との心理戦に勝利した。
策略を巡らせても玄静には勝てないし、宗次郎は天斬剣の持ち主としてふさわしい戦いをする。しなければならないのだ。
「さぁ、勝負だ!」
「!」
天斬剣を抜刀する宗次郎に対して、玄静の反応が一歩遅れる。
戦いの幕は切って落とされた。
皐月杯の決勝が行われ、開始を告げる銅鑼の音が町中に響いたころ。
「お、始まったな」
「あー、こんな日に仕事なんてついてない」
「ぼやくな、新入り」
八咫烏が所属する屯所に地下、罪人を閉じ込めている牢。決勝が見られない悔しさから肩を落とす新入りを注意する先輩も、闘技場をちらちらと視界に入れ、気にしている。
「不公平ですよ。上にいる先輩たちだって絶対テレビ見てますって。なんで僕らだけ……こっそり抜け出しませんか?」
「そういうわけにもいかんだろう」
文句も言いたくなる新人の気持ちも理解できるだけに、先輩の言葉にも力がない。
毎年決勝戦が行われる時期は犯罪率が著しく低下するが、今年に限ってはゼロだろう。天斬剣と陸震杖、伝説に謳われる特級波動具のぶつかり合いだ。誰だって見たい。まして独房にいる間は波動が封じられる。看守なんてハズレ仕事もいいところだ。
「ああああああああ! がぁあああああああああああ!」
「あーもう、うるっさい!」
大声をあげて禁断症状に苦しむ囚人━━━黒金圓尾がいる独房に新人と向かう。
独房に入ってから毎日のように騒いでいるが、ここ数日は特に頻繁になっている気がする。
まぁいつもの発作だろ、と高をくくって廊下を曲がる。
「苦しそうだね」
「!」
圓尾がいる独房の前に一人の人間がいた。
白いフードをすっぽりとかぶり、口元しか見えない。中肉中背で声も中性的。男か女かもわからない。
「ウグゥ! ごふッ! グゥああ!」
「よくがんばったね。約束のときがきたよ」
「貴様何者だ! どこから入った!?」
波動刀を向けて威嚇すると侵入者はようやく八咫烏たちに振り向く。
顔が見えないせいか、得体の知れない恐怖を覚える先輩の八咫烏。
「下がっていて欲しいな。彼は今、祝福を受けているんだ」
「祝福!?」
「そうとも。主は我らが祈りに応えてくださったのだ」
天を仰ぎ、両手を肩の高さに上げ、日の光を一身に浴びるように酔いしれる侵入者。
「先輩」
「ああ」
こいつはいかれている。二人の八咫烏は認識を一致させ、刀を構えたまま歩を進める。
「ヴォおおおおおおおお!」
「!?」
人の悶え苦しむ声とは決定的に異なる、人外の叫び。獣の如き咆哮に八咫烏は体を竦ませ、侵入者は口元を歪ませる。
「さぁ、彼を迎えに行こうか」
「……っ! 新入り! 今すぐ上に応援を呼びに行け!」
「でも、先輩」
「いいから行け!」
先輩の八咫烏は独房から発せられる叫びの正体を知っていた。
「死ぬぞ!」
「━━━!」
かつてない必死さに新人の八咫烏は背を向けて走り出した。
━━━それでいい。
廊下の角に消える新人を見て安心感が込み上げる。
一緒に働いた時間は少なかった。やる気はあっても空回りしがちだったが、根は素直で面倒見のある可愛い奴だ。
「お前たちを拘束させてもらおう」
「…………」
侵入者はこちらを見向きもせず、何も言わない。独房から溢れ出る何かに意識を奪われている。
ならばやるべきことは一つだ。
「えあああああああ!」
波動を活性化させ、波動刀を振り上げて斬りかかる。
王国と国民の安全のために命を捧げる。それが八咫烏の使命だ。
たとえ相手とどれだけ実力差があろうと。
たとえ今日、命を落とすことになっても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます