第4話 願い

「失礼いたします今井様」

女将が色白できれいな細い指で襖を開け、救急箱を持って戻って来た。

「どうもありがとうございます」

俺は体の向きを女将の方に向けお礼を言った。すると女将は座椅子に胡座をかいている俺に近づいて来た。

「お怪我した箇所はどちらでしょうか?」

「右肘と左の踵ですが?」

そう言うと女将は救急箱の中から消毒液を取り出し

「袖をめくっていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい?」

俺は袖をめくると、女将はガーゼに消毒液を吹きかけ、そのガーゼで怪我した箇所を優しく拭いた。

「つーー」

思わず沁みる痛みを我慢している声が漏れた。

「ごめんなさい。沁みますか?」

「いえ、大丈夫です」

しかし俺はてっきり女将から救急箱を借りて自分で手当てをするつもりでいたが、どうやら嬉しいハプニングだ。自然と女将との距離が近くなる。俺は童貞ではないのだが、これほど魅力的な女性が近い距離にいると緊張して心臓の鼓動が速くなる。傷口を絆創膏で貼る際、彼女の細くて白い指が俺の肘に触れ、体は反応しないようにしたが、心の中の俺は興奮のあまり飛び跳ねていた。

「踵失礼いたしますね」

今度は踵を消毒液が染みたガーゼで拭いてくれた。少々痛むがそれよりもそのきれいな指で俺の足に触れていたので、痛みそっちのけで彼女の指の質感や体温を余すことなく感じ取っていた。彼女は踵を手当てしてくれている間下を向いていたので俺は彼女に気づかれることなく凝視できる。艶やかな黒髪に色白の肌。きれいな薄緑の花柄の着物越しに、スレンダー体型だが胸は少々ある体のフォルムが浮き出ていてなんとも色っぽい。ずっと彼女のことを見ていたいが

「これで大丈夫ですよ」

彼女は絆創膏を貼り終えてしまった。

「ありがとうございます」

なんだか遊園地が楽しくて帰りたくない子供の気持ちに似た感情に陥った。何か会話で彼女を引き止めたい。そう考えていると彼女は絆創膏を貼り終えたにもかかわらず両手で足首を包んで下を向いて俯いたままだった。

「どうかしましたか?」

俺は声をかけた

「・・・・・て」

「はい?」

彼女はボソリと呟いたので俺は何も聞き取れず聞き返した。しかし彼女は顔をあげ笑顔で

「ごめんなさい。少し目眩がしてしまって。」

「大丈夫ですか?」

「ええ、大したことありませんので、失礼いたしました」

そう彼女は言うと立ち上がり襖の前に立ち

「それでは今井様、今晩20;00にお食事の方をお持ちいたしますのでまたお部屋にお伺いいたします。」

「わかりました。あ!傷の手当てありがとうございました。」

危うくお礼を言うのを忘れてしまうところであった。女将は笑顔で返事をし、襖をしめた。


俺は彼女がなぜ嘘をついたのかわからなかった。

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