第3話 梅の間

「今井様のお部屋はこちらの梅の間でございます」

女将はドアノブを引いてドアが閉まるのを抑えてくれた。俺は女将の気遣いに「すみません」と小さく頭を下げそそくさと部屋の中に入った。スリッパを脱ぎ3メートル程の奥域の廊下を進んで襖を横に引いた。梅の間ということあって豪勢に広々とした和室というわけではなかったが感動した。緻密に作られ、まるで万華鏡のようなデザインの書院障子。風神雷神が描かれた掛け軸を吊るし、その前に大きな壺が置いてある床の間。ボコボコと凹み、荒い木目があるが、の太く、それが雄々しく力強い床柱。和室のテンプレートなのかもしれないが、この空間は普段の自分の生活感あふれた空間とはかけ離れているので異界に来た気分になる。

女将が廊下の襖の前に正座した。

「この度は桃子楽温泉にまでお越しいただきまして誠にありがとうございます。当旅館についての各利用時間についてご説明させていただきます。まず一階にございます温泉のご利用時間は10:00〜0:00となっておりますのでご了承くださいませ。また同じく一階にございます洗濯機は24時間利用可能となっております。それと今井様のご食事は今晩はお部屋でのお召し上がりで、明日は一階にございます食堂でのご利用になります。朝食は8時から10時、夕食は5時から7時となっております。それ以外のお時間でのお食事は追加料金が掛かってしまいますのでご了承くださいませ。また何かご不明な点やお困りの際にはお気軽に受付までお声掛けくださいませ。それとこの後救急箱の方お持ちいたしますので少々お待ちくださいませ。」

「どうもありがとうございます」

俺は満面の笑みでお辞儀した。女将は白くてきれいな指で襖の端を持ち、静かに横に閉めた。俺は部屋の真ん中の座卓のそばに置いてある座椅子に座り一息つくことにした。しかし流石に歩き疲れたのか足全体が痛かった。ここまで夢中で歩いていたので気がつかなかったが足は悲鳴をあげていた。

「痛!」

踵に鋭い痛みが走った。恐る恐る靴下を脱いで見てみると皮がめくれ血がにじんでいた。靴下にも血の痕がついてしまった。

「やれやれ」

俺はため息をつきしばらくはだしでいることにした。そして女将が来て手当てしたら温泉で汗を流すことに決めた。そうとなると早速温泉にいく準備をしようと思ったが目の前のまんじゅうが目に入った。

「懐かしいなー」

昔家族とよく温泉に行っていたがその度に座卓にまんじゅうが置いてあったのを思い出すが、そのまんじゅうには深い意味があるというのをテレビで聞いたことがある。宣伝という名目もあるがどうやら血糖値と関係しているらしい。空腹の状態で温泉に入ると代謝がよくなり低血糖になり立ちくらみを起こし、満腹の状態で入ると血液が体表を巡りやすくなるので消化不良を起こしやすいだとか。そうなるとおまんじゅうが丁度いいみたいだ。


俺は包装紙からまんじゅうを取り出し頬張った。中はこしあんだった。

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