第168話 天海さん、久しぶり!
九月四日、この日は生徒会長選挙公示の日であるが、やはり噂通り、直江カノンさんは出馬しなかった。
俺達は掲示板に貼り出された立候補者の名前を見ていたが知由が小声でこう言った。
「これで伊緒奈と羽柴さんとの一騎打ちが確定したわねぇ……」
「そうだね……まさか直江さんまで辞退するとは考えてもみなかったけどね」
太鳳が伊緒奈に問いかける。
「ただ、直江さんが出馬しないという事はでうよ、上杉さんは伊緒奈さんか羽柴さんのどちらかの応援をしないと颯さんと付き合う権利は得られないということですよね?」
太鳳の言う通りだ。
果たして上杉さんはどちらの応援をするんだろう?
まぁ、俺に対しての想いが薄れて別に付き合わなくてもよくなったっていうのが理想なんだけどなぁ……
そんな事を思っていると後ろから俺を呼ぶ声がする。
それも凄く久しぶりに聞く声だ。
「こんにちは、竹中君……」
俺を呼ぶ声の主は天海さんだった。
「あ、天海さん、こんにちは。凄く久しぶりだね?」
「そうだね。竹中君も元気そうで何よりだわ」
「ハハハ、俺は元気だけが取り柄だからね。ところで天海さんは夏休みの間はどう過ごしていたんだい? アルバイトとかをしていたのかい?」
「そうだね。アルバイトっていうのかなぁ……夏休み中はお父さんのお仕事を手伝っていたのは確かなんだけど……でもお給料はもらっていないからアルバイトと言えるかどうかは微妙なところだけどね……」
「へぇ、お父さんの仕事の手伝いって、天海さん偉いね?」
「フフ、別に偉くはないけどね……小さい頃から当たり前のようにお手伝いしていたから……竹中君は夏休みの間はほとんど徳川さんの家でアルバイトだったんだよね?」
俺が天海さんの問いかけに返事をしようとした時に伊緒奈がトントンと俺の肩を叩き小声で教室に戻るからと言って急ぐような感じで去って行った。
ん? 前もこんなことがあったような……まっ、いっか……
それよりも今は久しぶりに会えた天海さんとの会話を……
「えっと、ああ、そうそう……そうなんだよ。俺の夏休みは伊緒奈の家でのアルバイトでほとんど終わってしまった感じだよ……まぁ、何もしない夏休みよりはマシかなとは思うけど……」
「フフ、そうだよねぇ。でも、その徳川さんの家でたくさんの人達と合宿をやったんでしょ? それだけでも良い思い出になったんじゃない?」
「ハハハ、そうだね。俺は合宿には参加せずにお世話係的な事をしていたけど、それはそれで凄く充実していたし、良い思い出になったとは思うよ。ただ……」
「ただ、合宿メンバーだった織田会長が夏休みの間に突然、海外に引っ越されてショックを受けたってところかしら……?」
「え? ああ、そうだね。ショックというよりも驚きの方が強いんだけどねぇ……」
しかし天海さんは俺の行動や気持ちをよく知っているよな?
「ショックよりも驚きかぁ……で、そんな竹中君は織田会長の事を今までどう思っていたのかな? 織田会長は竹中君に告白したくらいだからあなたの事が好きだったのは間違いないと思うけど、竹中君はどうだったの? 織田会長の事が好きだったの? 勿論、異性としてだよ」
「え、えーっ!?」
な、何で天海さんはいきなりそんな事を聞いてくるんだ?
俺が乃恵瑠さんの事を異性として好きだったか、そうでなかったか……
うーん……どうなんだろう……
俺の頭の中で生徒会室で乃恵瑠さんに告白された時の光景やデートに行った光景、そして毎朝、一緒に通学していた光景がフラッシュバックされた。
「俺みたいな陰キャオタクが乃恵瑠さんみたいな華やかな人に告白をしてもらえて光栄だとは思ったけど……乃恵瑠さんの事は学園の先輩として、人としては尊敬していたけど、異性として……恋愛対象としては結局、見る事が出来なかったと思う……」
「そっかぁ……そうなんだぁ……それじゃぁ他の竹中君に告白してきた人達はどうかな? 織田会長と同じ感覚なのかな?」
今日の天海さんはやたらと質問をしてくるよな?
本当は俺も天海さんに聞きたい事があるんだけどなぁ……
「ほ、他の人達もそうかもしれないね。まぁ、ここ数ヶ月の付き合い方に差はあるから、思いもバラバラだけどね。特に伊緒奈は同じクラスであいつの家で働かせてもらっているし、魔冬も同い年で一緒にアルバイトをしている仲だしね。他の人達よりは仲間意識が強いかもしれないなぁ……大事にしたい友達というか……」
伊緒奈や魔冬だけじゃない。
俊哉に太鳳、知由、八雲、華子に直人……
彼等はずっとボッチだった俺に久しぶりにできた友達だからな……
このままの関係が続いて欲しいという思いが日に日に強くなってきている。
「大事にしたい友達かぁ……そうだね。その人達の影響は大きいかもしれないね? 竹中君と会うたびに話し方に変化があるものねぇ……明るくなったというか……良い傾向だと思うなぁ……」
「だよね。だから俺は伊緒奈達にとても感謝しているんだ。まぁ、恥ずかしくてお礼なんて言えないけどさ……」
「フフフ……別にお礼なんて言う必要は無いと思うし、徳川さん達もそんな事は望んでいないでしょうし……このままの関係が続くといいね?」
「うん、そうだね……」
そろそろ、こないだの病院で見かけた女性について聞いてみようかな?
天海さんに似ていてとても美人な大人の女性、そして同姓同名の『天海桔梗さん』について……
「ところでさ……」
「あ、あのね、もう一つだけ質問してもいいかしら?」
「えっ? ああ、別に構わないけど……」
ありゃ、聞き損ねてしまったぞ。
「竹中君に告白している女子達に対して恋愛感情が無いのはよく分かったんだけど……それじゃぁ、竹中君って今は好きな人は誰もいないってことなのかな?」
「えっ、そ、それは……」
「あれぇ? その様子だと好きな人がいる感じだね?」
うーん、どうしようかなぁ……こんなことを天海さんに言ってもいいのかなぁ?
「じ、実はさ……少し前までは好きなのかどうなのか分からなかったんだけどさぁ……色々な人に告白されているうちに気が付いたというか……俺は『あの子』の事を昔からずっと好きだったんだなぁって思う様になったというか……『あの子』に釣り合える男になる為に今まで勉強を頑張ってきたというか……ゴメン、これ以上は恥ずかしくて言えないよ……」
「フフフ……私こそゴメンね? 変な事ばかり質問しちゃって……でも十分なくらいの答えはもらえたから私は満足よ……」
「え、そうなのかい?」
本当の事を言えばさ、好きなのは……好きだったのは神影だけど、現在、一番気になる人は天海さんなんだよとは言わないでおこう……
「おーい、天海~!? 今から投票部の打ち合わせがあるから直ぐに来てくれないかぁ!?」
「あ、
天海さんはそう言うと足早に去って行ってしまうのだった。
「はぁ……」
結局、俺は病院での事を天海さんに何も聞けずじまいだったなぁ……
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