第178話 彼女は恐怖を感じない

 ラブリィレッド達と分かれた後、パッションパープルは常軌を逸した速度で移動し続けていた。

 パッションパープルは魔法が得意ではない。というよりもほとんど使えない。だからラブリィレッドのように魔道具を使用すれば飛べるようになるわけでは無かった。

 だがそれでもパッションパープルにはそんなマイナスを補って余りあるほどの身体能力がある。パッションパープルが一度跳べば、それは他の魔法少女が空を飛ぶよりもはるかに速かった。

 その代償として、ジャンプする度に踏まれた地面は砕かれていたのだが。パッションパープルはそんなことを露程も気にしてはいなかった。

 

「……この辺りだったはずだけど」


 パッションパープルがやってきたのは人気の無い廃工場だった。一見すれば不気味さすら感じるような雰囲気のある場所だが、もちろんパッションパープルは恐怖の“きょ”の字すら感じていない。

 ここにやって来たのは、ここで待ち合わせをしていたからだ。

 目的の人物を探してパッションパープルは廃工場の中を歩く。鋭敏な耳は虫の動く音さえ捉えるが、目的の人物はなかなか見つからない。


「もしかしてもう帰った?」


 パッションパープルは現時点で待ち合わせ時間から大きく遅れていた。理由はもちろんスティールモンキーを途中で追いかけたからだ。

 待ち合わせのことは頭の片隅にあったものの、怪人を見つけてしまえばそれ以外の全ては些事となる。全ての怪人を殲滅すること。それがパッションパープルの願いなのだから。


「帰ったなら仕方無い」


 くるりと踵を返し、廃工場から出て行こうとするパッションパープル。しかし外に出る直前で奇妙な音をその耳は拾った。

 誰かの呻くような、そして体を引きずるような音。

 普通なら恐怖を感じるような状況だろう。だがパッションパープルはそんなことは気にしない。音がした方へ躊躇なく向かって行く。

 そしてそこで目にしたのは――。


「あ……ぁあ……血を……血を寄こせぇええええ……」


 眼窩は落ちくぼみ、ギョロリとした目でパッションパープルを睨み付ける人だった。その四肢は腐り落ち、人のものとは思えないほど肌は白い。お化け、怪物、異形の存在。そう言うに相応しい何かがそこにはいた。

 普通の人ならば失神するか悲鳴を上げて逃げ出してしまうような状況。だがそんな光景を目の前にしてもパッションパープルはまるで動揺していなかった。

 それどころか足を振り上げてその異形の存在の頭部を踏み潰そうとする。

 振り上げられた足を見た化け物はギョッと目を見開き、慌ててその身を横に転がす。


「わわっ、ちょっとタンマタンマ!! 冗談、冗談だってば!!」

 

 先ほどまでの不気味さはどこへやらしゃがれた老婆のようだった声も一気に若くなる。そのまま立ち上がった化け物はそのままパチンと指を鳴らす。するとその体が煙に包まれ、その煙の中から姿を現したのはオレンジ色の服を着た魔法少女だった。

 

「あなただったんだ。怪人かと思った」

「って気づいてなかったの!? もう、ホントに……お化けの真似事したら驚くかと思ったのに、結局無表情なままだし。しかも殺されかけるし。好奇心だけでこんなことするんじゃなかった」

「変身してたあなたが悪い」


 キュリオスオレンジ。それが彼女の名前だった。そしてパッションパープルの探していた人でもある。


「はいはい。悪かったって。でもパープルだって来るの遅くない? もう約束の時間だいぶ過ぎてるけど」

「怪人を見つけた」

「あー、なるほど。ってそうじゃなくて、それならそれで一言連絡を入れるくらいできるでしょ」

「面倒だった」

「そりゃそうでしょうね。あんたは特に。そんな調子で新しい学校に馴染めてるの? 浮いたりしてない?」

「問題ない。友達もできた」

「へー、そりゃ意外。あんたと友達になるような物好きがいるなんて」


 ここで言う友達とはラブリィレッド、もとい晴輝のことである。この場に晴輝がいれば全力で否定しただろうが、彼女の中では晴輝はすでに友達という分類だった。


「ま、その話も興味はあるけど後にするとして。今は用事先に済ませよっか」

「やっと揃ったのね」

「あ、ちょうど来たみたい」


 二人は声のした方に目を向ける。

 そこにいたのは呆れたような顔をした妖精――ノインだった。


「それじゃあ本題に入りましょうか、私の魔法少女達」

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