第140話 無茶をした代償

「ん……ここは……」


 まどろむような感覚の中、ゆっくり目を開ける。

 はっきりとしない視界。最初に映ったのは、真っ白な天井だった。


「なん……だ……ここ……っぅ!?」


 途端、全身を襲う激痛に声ならぬ悲鳴が漏れる。

 身じろぎしたせいでさらに痛みが走り、そのせいでさらに悲鳴が漏れ――その悪循環。

 しばらくそんな地獄を味わったあと、不意に痛みが軽くなる。


「こいつは……」

「やっと目を覚ましたのね」

「あんたは……確か……プレア、ナース……?」

「そうよ。良かったわ。視界はちゃんとしてるみたいだし、脳機能も正常に働いてるみたい」

「んだよ……その言い方……」

「あのね、あなた今の状況をわかってる?」


 言い方はそこまでキツくないが、その目は完全に、めちゃくちゃに怒っていた。

 だがそう言われて初めて気づいた。今の自分の状態に。

 妙に動きにくいと思ったら全身を包帯でグルグル巻きにされていた。その様はまるでミイラだ。


「なんだよこれ」

「なんだよ、じゃないわ。あなた自分がどうなってたのかわかってるの?」

「どう?」


 まだぼんやりとしていた頭の中のもやがようやく晴れる。そして思い出した。


「っ! オウガ! あいつは、いや、学校がどうなって――っぁ!」


 無理矢理起き上がろうとしたせいで、痛みがぶり返す。それでももがいてると、プレアナースに無理矢理体をベッドに押しつけられた。


「はい、動かない。言っとくけど、あなた全身の骨という骨が折れてたのよ? あんな状態で動き回って。正直死んでてもおかしくなかった。助かったのは奇跡に近いわ」

「そんな状態だったのか……」

「えぇ、あなたも……彼女もね」

「彼女?」


 プレアナースはそう言うと仕切りになっていたカーテンを開く。

 俺の隣に寝ていたのは青嵐寺だった。


「おはよう。あなたもようやく目を覚ましたみたいね」

「そういうあなたも一時間前に目を覚ましたばかりでしょ。あなたたち、一週間眠り続けてたんだから」

「一週間も……」

「らしいわよ。さすがに驚くわよね」

「他人事みたいに言うけど、あなたも相当危なかったのよ。晴輝君とは違うけど、全身の魔力回路の断絶。斬られてた箇所も想像以上に傷が深かったし、あなたも死んでて不思議じゃないほどの重傷だったわ。どんな無茶な魔力の使い方をしたら魔力回路が断裂なんてことになるのか聞きたいくらいだわ」

「努力の賜物でしょうか」

「褒めてるわけじゃないの! 誇らしそうにしない! 全くもう、状況は彼女が聞いてるし、多少の無茶は仕方のない場面だったかもしれないけど……」


 無茶しなければ死んでた、なんてのはたぶん言い訳なんだろう。あの時は戦うしかねぇと思ってたが、他にもやりようはあったのかもしれないしな。

 まぁ今となっちゃ考えてもしょうがないことなんだが。オレはオレのできる最善を尽くした。そんだけだ。


「とにかく二人とも一ヶ月は絶対安静にしてもらいます。いいですね」

「は? 一ヶ月? おいおい、そいつはさすがに」

「い・い・で・す・ね」

「わ、わかった……」


 有無を言わせぬ迫力で頷かされる。

 たまに秋穂なんかも似たような圧のかけ方してくるが、どうにも苦手だ。


「まぁ仕方ないでしょう。普通に治療していたら一ヶ月どころの話じゃないもの。半年……いえ、下手すれば一年以上かかっても治せないレベルの怪我よ。それが一ヶ月で済んだ思えば安いものでしょう」

「あなた達の学校には、怪人の破壊行為に巻き込まれて怪我をしたってことで話を通しておくから。後で決まり事を書いた紙を持ってくるから、しっかり目を通しておくこと」

「決まり事? 安静にしてりゃいいだけじゃねぇのかよ」

「ダメです。もし決まり事を破ったら……」

「破ったら?」

「メイちゃんに告げ口するから」

「んなっ!?」

「それが嫌なら大人しくすること。それじゃ私はまだ他の人の治療があるから」


 ずいぶん忙しそうだな。まぁ死にかけだった人間をたった一週間でここまで回復させれんだから、プレアナースの腕は確かなんだろうし、忙しいのも無理ないか。


「あ、そうそう。言い忘れてた。後でお見舞いに来るそうだから、ちゃんと話をしてあげることね」

「お見舞い? 一体誰だよ」

「すぐにわかるわ」


 そう言い残してプレアナースは部屋を後にする。

 すぐにわかるって、なんだよそれ。答えになってねぇじゃねぇか。


「誰のことかわかるか?」

「さぁ、知らないわ。予想はできるけれど」

「あ?」

「私から言うことじゃないわね。それこそプレアナースの言ったとおり、すぐにわかると思うわ」

「お前もかよ」

「子供みたいに拗ねないで」

「拗ねてねぇよ! っ、いってぇ……」

「大きな声を出したら傷に響くわよ。しばらくは言われた通り大人しくしておきなさいな。私だって我慢しているんだから」

「へぇへぇ、わーったよ。ってか、まさかずっとお前と同室ってわけじゃねぇだろうな」

「残念だけどそのまさかよ。他の部屋も埋まってるみたいだし。何よりここは『グリモワール』だもの。男であるあなたがいたら不自然な場所なのよ。そんなあなたを他の魔法少女と同室にはできないでしょう?」

「だからってお前と同室かよ。マジか……」

「しばらくしたら提携している一般の病院に移れるらしいから、それまでの辛抱よ。それよりもご家族にどう言い訳するかを考えておくのね」

「うっ……」


 考えないようにしてた事実を突きつけられる。

 今度は体じゃなくて頭まで痛くなってきやがった。

 そんな話をしていたちょうどその時だった。

 コンコン、と部屋の扉がノックされる。


「来たみたいね。入っていいわよ」

「おい、お前」

「いいから」

『失礼します』

『入るぞー』

「今の声……」


 聞き覚えのある声、そして入ってきた姿を見てオレは驚きに目を見開いた。


「お前、黄嶋、それに……空花?!」


 部屋に入って来たのはクラスメイトである黄嶋と空花だった。


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