第45話 怪人クラカッティ

「とりあえずこれで準備よしだな」


 ウェットスーツに身を包み、サーフボードを持って浜辺へとやってきたオレは、誰もいない浜辺をグルっと見回す。

 そこそこの広さって感じだな。怪人が出てなけりゃいつもは結構な人が集まる場所らしいが……まぁサーフィンのことなんか何も知らねぇけどな。


「こんな状況じゃなかったら遊びたいくらい綺麗な場所ね」

「あぁ。つっても、まだ四月だしさすがに寒そうな気もするけどな。夏場ならいいんじゃねぇか?」

「へぇ、じゃあ夏になったらまた連れてきなさいよ」

「は? 嫌に決まってんだろうが。なんでテメェをわざわざ海に連れてこねぇといけねぇんだよ。勝手に行ってろ」

「はぁ、ケチねぇ。まぁいいけど。それよりも、思ったよりすんなり借りられたわね。もうちょっと渋られるかと思ってたんだけど」

「確かにな。魔法少女の協力者だって言ったら疑いもせずにすぐに貸してくれたが……そうとう切羽詰まってんだな」

「まぁそりゃそうでしょうね。早く怪人を退治してサーファーたちを呼び戻さないと店が潰れかねないわけだし。藁にも縋るってやつでしょ。もし嘘だったとしても馬鹿な学生が一人怪我するだけだし」

「それはそれで店の責任問題になりそうだがな。ま、とにかく借りれたならそれでいい。後は怪人が出てくるのを待つだけなんだが……」

「どうしたの?」

「いや、サーフィンなんかやったことねぇからどうしたもんかと思ってな」

「とりあえず適当にその板に乗って泳いでたらいいんじゃない? そしたら勝手に引っかかって出てくるでしょ」

「適当すぎんだろ。まぁでも確かに、海に入らねぇことには出てくるわけもねぇか。よし、そんじゃあさっそく——」

「ウォオオオオオオオッッ!!!」

「——は?」


 地の底から響くような唸り声とともに高く水飛沫を上げながら海から飛び出してきたのは二メートル以上の巨大な体躯を持つ、蟹型の怪人……って、おいおい、マジかよ。


「海に入る必要もなかったみたいね」

「いくらなんでも単純すぎんだろ」

「フゥーッッ、フゥーッッ!!」


 目を血走らせ、荒い息を吐きながらオレのことを睨んでる蟹怪人。

 こりゃやっぱり恨みの線で正解だったか。この恰好してるだけで出てくるあたり相当だなこりゃ。

 どっかの星人みたいな巨大な鋏をガキンガキンと威嚇するように鳴らしながらにじり寄って来る。


「まさかまだこの俺、クラカッティ様の存在を知らない愚かなサーファーがいたとはな。まだガキみたいだが……サーファーであるというなら容赦はしない。俺の存在を知らなかった不甲斐なさを悔やむことだな。なに、安心しろ。殺しはしない。一生サーフィンができない体にはなるだろうがな」

「……はっ」

「なにがおかしい。恐怖で気でも狂ったか?」

「いーや、普段は魔法少女のことを怖がってビクビク海の中に隠れてるくせに、そうやって自分の勝てる相手にだけはイキってんだなって思ってよ」

「なんだとっ!!」

「それで怒るってことは図星じゃねぇか」

「貴様……どうやら怪我だけでは足りんようだな。いいだろう。俺を侮辱したことを後悔するがいい!!」


 はい単純。こんな安い挑発に乗るなんてな。相当単細胞だなコイツ。

 クラカッティ……クラブカッティング切断を合わせた名前か? そのまんまじゃねぇか。

 

「死ねい!」

「はっ、そうはいくかよ——『愛の光ラブフラッシュ』!」

「うおっ!?」


 右腕に嵌めた腕輪から光が放たれる。

 この一瞬間で習得した技術の一つだ。変身した時に腕輪にある程度魔力を注ぎ込んでおいたら、変身してない状態でも魔法を一つ行使できる。

 まぁ、今の段階じゃ使える魔法は相当限られてるし、変身してないから威力は低いし、何より変身してない状態でラブなんちゃらって言わなきゃ発動しねぇから極力使いたくねぇんだけどな。

 だがそれでも今回みたいな不意打ちにはぴったりだ。

 全く警戒してなかっただろうからな、今のはもろに喰らったはずだ。


「目が、目がー!!」

「今だ——『ラブリィチェンジ』!!」


 クラカッティの目をくらました隙にラブリィレッドへと変身する。今の魔法も変身するための隙を作るためのもんだ。事前に変身してりゃそんな必要もないが、さすがに目の前で呑気に変身する気はねぇからな。

 そして、クラカッティの視力が元に戻る頃にはオレの変身は完全に終わっていた。


「なっ、ま、魔法少女だと!? いつの間に、あのガキはどこに行った!」

「さぁね。そんなこと今はどうだっていいでしょ。さぁ、これでようやく戦える。ここまで来るのに時間もかかったし、サクッと片付けるから!」

「くっ、上等だ。いかに魔法少女といえど、貴様のような小娘に負けるものか! やってやる、やってやるぞ!」

「行くよ!」


 そして、オレはクラカッティに正面から勝負を仕掛けた。

 


 

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