8-16 ある話題

 行動指針を定め、夜出発の他部隊を見送った後、エルヴィン達は出立の準備と共に、夕食の炊き出しで腹を満たしていた。



「やっぱり、軍の麦粥は味が薄いな。冬に温かい物が食える分、良いんだけど」



 焚き火の側、エルヴィンは木皿の中身をスプーンですくい口へと含ませる。



「はぁ……暖まる」



 口から白い煙を吐きながら、空を見上げて、思い出に浸る様に、雪を落とす雲達を眺める。



「でも、やっぱり……テレジアのご飯が恋しいよ……」


「虚しくなる事を言わないで下さい」



 エルヴィンの隣で、同じく麦粥を啜ったアンナが、彼へ細めた目を向けた。



「仕方ないじゃないか。四ヶ月近くもヴンダーには戻ってないんだから。ホームシックにもなってしまうよ」


「お気持ちは分かりますけど、それは私も同じです。つい最近までヴンダーに居た分、衣、食、住の質が急降下したんですから」


「まぁ、確かに……急に環境が変わるのは嫌だけど……」



 このまま言い争っても更なる虚しさが湧き出しそうだった。エルヴィンは不満と愚痴を胸に引っ込めると、連鎖的な別の話題へと方向転換する。



「テレジア達は元気にしていたかい?」


「はい、元気そうでしたよ。テレジア様はやっぱり、少し寂しそうでしたけど」


「あの子には悪い事をしているからなぁ……次は何かお土産でも買ってあげないとね」


「あと、ルートヴィッヒも相変わらずです。いい加減、警察に引き渡して服役させておいた方が良いんじゃないですか?」


「君は、彼には散々な物言いになるよね……」


「年がら年中違う女性と過ごし、人をおちょくる事しかしない人間に寛容になれる訳はありませんよ」


「あはは、彼の自業自得といえば自業自得だね」



 笑いを浮かべるエルヴィン。こんな当たり障りの無い会話をするのが、彼は結構好きなのだ。



「エルヴィン、其方そちらの方はどうだったんですか?」


「特に変わりはないかな。ガンリュウ中佐には相変わらず手厳しい事を言われるし、ジーゲン大尉の脱衣癖とフュルト大尉の美少女好きも改善は見られないしね」



 フュルト大尉の名前が出た瞬間、アンナはゾワリッと寒気を走らせ、辺りを警戒し、誰もいない事にホッと肩を撫で下ろす。



「本当に、君はフュルト大尉が苦手だね」


「容赦なく抱き着いて、過度なスキンシップを取ってくる人を苦手にならないのがおかしいですよ。今回は何故か大人しいですが、それが更に不気味で怖いです」


「なるほど……」



 苦笑を少し誤魔化したエルヴィンだったが、再び麦粥を啜った後、目が少し寂し気に伏せられる。



「本当は、変化はあったんだけどね……」


「ロストック中尉ですよね、伺ってます。ヴァルト村では私もお世話になりましたから……」


「「これは私の所為だ!」、などと思っても言えないのが難点だね。指揮官が簡単に弱音を吐いてはいけない。「全て敵の所為だ!」、などと思えたら、本当は気は楽なんだろうけど……」



 後者はエルヴィンが絶対にしない事だ。


 自分の責任を自覚する事は、己が改善点を探り、全身する一歩となり得るが、他者に責任を押し付ければ、何も変わらない所か、同じ失敗を繰り返す事になる。


 何より、戦争においては、敵は存在するが、敵が必ずしも悪とは限らない。彼等もまた大切なものの為に戦っているのだ。その事を無視してはいけない。



「少し湿っぽい話になってしまったね。これから大変な仕事が待っているのに、これでは駄目だね」



 頭を掻いて気を紛らわせたエルヴィンは、何か別の話題は無いかと記憶の棚を探り出す。


 そして、先のブリュメール方面軍総司令部ですれ違った、の事を思い出した。



「そう言えば……前、グラートバッハ閣下に呼ばれた帰りに、ある士官とすれ違ったんだけど……その人物が結構特徴的だったんだ」


「特徴的、ですか……?」


「そう、結構な美男子。彼程に貴公子と言うに足る人物と会った事がないよ」


「ハノーファー伯爵以上に?」


「ああ、伯爵以上に。何というか……本当に、大貴族の子弟って感じかなぁ〜……?」


「貴方が、そこまで人の容姿を褒めるなんて珍しいですね?」


「まぁ……美形の女性は見慣れてるけど、美形の男性は余り周りに居ないからね。ルートヴィッヒは美形とは違うタイプの格好良さだし。性質で言えば……君に近いかな? いや、ルートヴィッヒよりの君かな? 君の場合は性格も清楚だけど、美男子の方はどうも根に何処どこか獣を飼っているようだし」



 突然、何気なく褒められたアンナは、頬を照れ臭そうに薄く赤く染めた。いつも通り、特に深い意味も無くこぼされた言葉だと分かっているのだが、想い人から自分へ向けられる言葉の価値はどうしても誇張されてしまうのだ。



「しかし……獣を飼っている様、というは抽象的ですね」


「彼を見た時、ふとそう思ったんだ。……いや、何かの固有名詞を連想した。たしか……」



 空を見上げ、頭を捻り出したエルヴィンは、固有名詞ーーを思い出す。



「そう、彼を見た時に浮かんだ名前は……」


「お話中の所申し訳ないが、隣に座っても宜しいかな?」



 横から聞こえた声に、再び固有名詞が記憶の奥に眠ったエルヴィンは、アンナと共に振り向いた先に居た人物に、少し驚く事になる。


 が、目の前に立っていたのだ。

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