8-13 海中の船

 王国第四艦隊中央部。正確には、前衛艦隊の最後尾に位置する巡洋艦プラーナハ。その左側面の装甲が突如として爆発音と共に炎を振り撒いた。



「何事だ⁈」


「敵魚雷の攻撃です! 巡洋艦プラーナハの側面装甲が食い破られ、現在浸水中とのこと!」



 問いに対し専務参謀から告げられた報告に、ペイズリー中将の眉は鋭くしかめられ、口元は苦々しく歪められる。



「馬鹿な! 此方こちらを雷撃出来る程の距離に敵艦隊は居ない筈だ! いったい何処どこから攻撃されたと言うのだ!」



 周辺の警戒は厳にさせた。一人だけならまだしも、全艦の兵士が近くの艦艇を見逃す筈も無い。まるで、透明な船に襲われた様である。


 しかし、それは有り得ない。確かに【透明化】のスキルや魔法も存在するが、スキルは保有者のみにて完結し、魔法も移動する巨大物質相手に常時発動させ続けるのは困難だ。第一、駆動音や水面を切った跡までは隠せない。


 ならば何故? そう、ペイズリー中将が思考を戻した時、伝声管を通して見張りから報告が入る。



『九時方向の海面に何かあります!』



 その情報を聞いた瞬間、ペイズリー中将は即座に窓際へより、物体の位置を肉眼で確認した後、遠方である事から双眼鏡越しに正体を確認した。



「あれは……何だ? 海中から突き出している様な……。ガラスが付いとるなぁ、まるで何かを除く道具の様な……」



 この時、ハッとペイズリー中将は思い出した。その正体に見覚えがあったのだ。



「アレは潜望鏡! つまり、プラーナハは海中に潜むからの雷撃を受けたのか!」



 潜水艦。海中航行を可能とする戦闘艦であり、通常の艦艇より遥かに優れた隠密性を有する。味方が接近に気付かなかったのも道理だと言えるだろう。


 しかし、だからこそ、無視できぬ隠密性を有する兵器の存在を忘れていたのがせないが、答えはそう難しく無い。



「まさか、あんなにしてやられるとはなぁ……」



 ギリって奥歯を噛み締めながらこぼされた発言。この時の潜水艦の性能は御世辞にも良いとは言えないものであったのだ。


 この時、未だソナー技術が実戦投入されておらず、研究段階にあった。よって、耳だけを頼るしかなく、潜水中視界が殺される潜水艦は気安く深く潜航も出来ず、その技術自体も薄い事から、「運が悪い場合に目視で発見される」という状態にあった。


 また、潜水艦自体、実践投入されて間も無い兵器であり、施策段階にある。当然、兵士の練度や照準性能は低く、巡洋艦プラーナハが被弾したのも、敵の至近距離に上手く潜り込めた事によってであり、運が良かったからとも言える。


 実際、次に放たれた魚雷二本は、片方が敵艦にも届かずに自爆、もう一本はあらぬ方向へと遁走とんそうしていった。



「やれやれ……相変わらず言う事を聞いてくれないじゃじゃ馬坊主だな」



 王国巡洋艦を雷撃した潜水艦D6。その艦長オットー・エドゥアルト・ヘルフェルト大尉は、愚痴と共に大袈裟に肩をすくめた。



「動きもぎこちなく、魚雷も当たらず、深くも潜れない。しかも、短時間で浮上して空気も入れ替えなければ我々が窒息する。やれやれ……これは厄介だ」



 敵巡洋艦に多大な被害を与えながらも誇らず、改善点のみを見詰めるヘルフェルト大尉に、周りの乗員達から軽く笑いがこぼされる。



「そう手厳しい事を言わんでやって下さいよ艦長。こいつも産まれたばかりで戸惑ってるんですよ」


「そうは言うが……直すべき所を直させるのが我々の務めだと思うが?」


「取り敢えずは巡洋艦一隻、撃沈とは行きませんが、ったんですから褒めてやって下さい。操縦してた俺達もね」



 冗談として発っせられた発言であるとヘルフェルト大尉も分かっていたが、ある程度は聞くべき内容だと考えたらしく、顎を摘んで頷いた。



「……まぁ、そうだな。差し詰め目的は達したのだ。帰ったら貴官等に酒の一杯ぐらいは奢ろう」


「マジっすか⁈ ……よしっ、聞いたか野郎共! せっかくだ、もう一隻って二杯奢って貰おうぜ!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」



 勝手に意気揚々と闘志を燃やし出す部下達に、ヘルフェルト大尉は先程と別の意味でやれやれと肩をすくめながら、再び潜望鏡を除いて敵艦を眺めた。


 そして、再び発射された魚雷だったが、敵と距離を取った事により照準性能が落ち、当たらず終い。これ以上D6潜がこの戦いで武功を挙げる事も無かったが、王国艦隊からすれば紛れ当たりも無視出来ず、回避運動で陣形に少なからずの乱れが生じさせられていた。



「チッ、邪魔な潜水艦だな……」



 舌打ちし、潜航中のD6潜を睨んだペイズリー中将。役立たずと蔑みはしたが、いざ戦ってみると意外に面倒だった。潜航中は砲撃も当てられんし、これといった対抗策も無い。ウザったくも放っておくしか無いのだ。


 何より、相手をしている余裕自体が無い。



「閣下! プラーナハの速力低下によって前衛艦隊と分断されました! このままでは数の少ない前衛艦隊だけで敵第三艦隊と接敵します!」


「やはりな……此方こちらの分艦隊の連結部分を破壊し、前後分断するのが潜水艦の任務だったのだろう。そして、先に行った前衛艦隊を此方こちらの合流前に第三艦隊が撃破する。周到だな……」



 双眼鏡を強く握ったペイズリー中将は、未だ炎上する巡洋艦プラーナハを眺めると、再び敵艦隊を睨み付けた。



「プラーナハはこの場に放置し、前衛艦隊との合流を最優先! 前衛艦隊には、敵との積極的な戦闘を控え、持久戦を心掛けるよう通達せよ!」



 妥当な命令であっただろう。足の遅い艦一隻のみの為に数隻の味方艦を見殺しにも出来ない。幸い、他に敵も居ないのだから、プラーナハには応急修理が済み次第に戦列復帰させれば良い。


 そう、ペイズリー中将が艦隊に前進を命じようとした時、伝声管を通し、またも見張りから報告がもたらされる。



『背後より新たな敵! 数およそ七隻!』



 新手の襲来。これにはペイズリー中将も我慢出来ず、壁に拳が叩き付けられた。



「七隻……間違いなく帝国第二艦隊の残存艦艇だろうが……これでは当初の敵の思惑通り、挟み撃ちではないか‼︎」



 前後分断、新手の襲来、この時、自分達はまんまと敵にしてやられたのだと、ペイズリー中将は苦々しく悟らざるを得なかった。


 彼等の背後に現れた新手、帝国第二艦隊れい下前衛艦隊。巡洋艦アインハーゼにて司令官フランツ・フォン・ヴァイルハイム准将から作戦が上手くいった事に対する感嘆が漏らされる。



「見事に上手くいったな。これで、この海から王国第四艦隊を駆逐出来るだろう」



 厳つい見た目をした初老間近の壮年提督は、賞賛の意を込め、背後の青年士官を見やる。



「まさか……まだ問題だらけの潜水艦を戦術に食い込ませようとはな。まったく見事だ、



 カール・エクベルト・グリュナウ中尉。第二艦隊司令官モンシャウ中将は、彼を半ば厄介払いしたが、意外に英断であっただろう。何故なら、この一連の策を思い付いたのはグリュナウ中尉であり、ヴァイルハイム准将に付いていかせたからこそ、王国によるイムバフ軍港占拠に巻き込ませずに済んだのだから。


 ヴァイルハイム准将から賞賛されたカールだったが、表情一つ変えず平静を保ち、軽く御辞儀をして感謝の意とした。



「潜水艦による奇襲で敵艦隊を分断し、第三艦隊が前衛艦隊を壊滅させるまでの間、本隊を我々が足止めする。そして、彼方あちらが片付き次第、本隊も挟み撃ちし、叩く。ヴァイルハイム准将閣下が許可し、第三艦隊のキルヒェン中将から承諾を頂かなければ実行出来ませんでした」


「良い案を採用するのは俺達司令官の務めだ。功績は構想を練った貴官に帰するものだろう。もう少し喜んでも良いのだぞ?」


「いえ、まだ敵艦隊は健在ですし、作戦を完遂した訳でもありません。喜ぶにはまだ早いかと」


「貴官は少々硬過ぎるな。だが……確かに油断は禁物だ。これからが本題。我が艦隊は上手く敵本隊を足止めせねばならんしな。戦艦の無い、脆い艦ばかりの艦隊で」



 軍帽を整え部下達に戦闘態勢に入るよう命じるヴァイルハイム准将を確認した後、カールは、D6せんもぐっているであろう地点をふと眺め始める。


(潜水艦か……確かに、まだ荒削りな兵器だが、隠密性は見事だ。将来、技術の発達と共に無視出来ぬ戦力となるだろう。もし、そうなったら……潜水艦乗りになるのも悪くは無いかもしれんな)


 この時、カールの口元が一瞬、好奇心を抱く子供の様に緩んだ気がした。わかり辛く、"かもしれない"、程度であったが、少なくとも、今まで感じられなかった彼の人間味の存在が、多少明らかにはなった瞬間であっただろう。




 その後、一日近くを数える戦闘の末、王国艦隊は帝国艦隊と三対一という損害差を被る羽目となり撤退。


 第三艦隊と第二艦隊の残存艦隊も少なからず損害を被り、近くの港への寄港を余儀なくされたものの、サンリガル沖の制海権の完全確保には成功した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る