6-1 帰りの列車で

 朝、列車に乗り込み目的地へと向かうエルヴィン達。道中、振動で微だねかに揺らされながら、前と同じ席配置で、アンナは昨夜の恥ずかしさが消えず、顔を真っ赤にしながら両手で顔を隠し、俯いていた。



「ルートヴィッヒ……アンナ、一体どうしたんだい?」


「昨夜の事思い出してんだよ。ちょ〜こっぱずかしい姿だったもんな。イッヒッヒ……」



 それはさも楽しそうに笑うルートヴィッヒに、最初は平静だったアンナが変わった原因はコイツなのだと、エルヴィンは直ぐに分かった。



「ルートヴィッヒ、君……アンナで遊ぶの止めなよ」


「これは遊びじゃねぇ……復讐だ!」



 ルートヴィッヒは苦々しに拳を握り締める。



「俺は一挙手一投足覚えている……アンナが俺にしてきた仕打ちを……」


「いや、それ等多分、君の……」


「毎日クズと罵り、殴り、叩かれ、締められ……苦痛を与える暴力森人エルフ。今迄、どれだけ苦渋を舐めさせられたことか…………」


「だから、それは君の自業じと……」


「しかぁあっし! このままじゃ気が済まん‼︎ だから俺は正当な口実を見付けて反撃してやったのさ‼︎ 文句の付け所なく完璧に叩く! どうだ! 見事な作戦だろう‼︎」


「そうですね……それが意図的で悪意の篭ったものでなかったなら、ですが…………」



 女性の声に、ルートヴィッヒはピクリと反応し、だらだらと冷や汗を流す。

 そして、声がした隣の席を、首をギコギコ響かせながら、ゆっくりと振り向いた。



「アンナ……」



 隣には、エルヴィンの隣に座っていた筈のアンナが、恥ずかしさが消えた状態で、ルートヴィッヒを睨み付けながら座っていた。



「なるほど……やっばりアレは、私への嫌がらせのたぐいでしたか……」


「いやぁ……でも……事実は事実で、ございます……よ? なので……暴力は、良くない、ぜ…………」



 アンナの暴力が関わると、弱気に豹変するルートヴィッヒ。なら、嫌がらせしなきゃいいのに、と思うのだが、彼にも男として負けっぱなしのブライドがあるのか、やり続けている。それで毎回ボコボコにされるのだから世話はないのだが。



「アンナ……暴力は止めようぜ? ……暴力で解決するのは……女として品性に、欠けますぜ……?」


「それを、毎回違う女と寝るクズである貴方が言いますか……」


「流石にそれは言い……‼︎」


「はぁ?」


「はい、ごめんなさい……」



 アンナのひと睨みで引き下がるルートヴィッヒ。

 いつもは散々アンナに悪態をつく彼だったが、本気で怒る彼女は恐ろしく、下手したてになってしまうのだ。



「さて……ルートヴィッヒ。覚悟は良いですか?」



 アンナの拳が鳴る。



「ちょっ、待て! 悪かった! いじり倒したのは謝るから……マジで止めて、止めてくださいお願いします‼︎」



 必死に弁明と釈明を繰り返すルートヴィッヒ。彼女の制裁がいかほどなのか、彼は身に染みて知っている。最悪1ヶ月寝たきりになった事もあるからだ。


 いつもの悪餓鬼ルートヴィッヒの面影の無い、惨めで無様な彼の様子に、アンナの怒りの形相はふと消える。


 そして、次に、彼女が笑みを浮かべた瞬間、



「ひぎぃやぁあああああああああああああっ‼︎」



 ルートヴィッヒの奇声混じりの断末魔が、列車内に響き渡った。




 ルートヴィッヒの断末魔も止み、アンナが満足気に、仕事後の様に手を払う姿に、エルヴィンは苦笑を浮かべる。



「君……ルートヴィッヒに容赦ないね……」


「彼の自業自得です。腹立たせる事を言う馬鹿が悪いです」


「あははは……まぁ、確かに弁明の余地はないね」



 制裁済みのボロボロのルートヴィッヒを隅に、エルヴィンは「やっぱりアンナ怒らせると怖い」という、無関係とは言えない事実を実感する。



「ところで……君はもう大丈夫なのかい?」


「……何の、事でしょう…………」


「昨夜の事で、ルートヴィッヒが何か塩やら胡椒やら吹っかけたんだろう? だから、さっきまで恥ずかしそうに…………」


「何の事でしょうか……? まったく記憶にありません……」



 明らかに誤魔化すアンナ。その証拠に先程から、動揺を晴らすように、気絶したルートヴィッヒの首を絞め始めていた。



「アンナさん……流石に可哀想だから離してあげて……」



 エルヴィンにそう言われ、ふと自分の行為に気付いたアンナは、そっとルートヴィッヒから手を離し、彼は地面に転げ落ちた。


 エルヴィンは、床に落ちたルートヴィッヒを席へと戻し、その横で、アンナは昨夜の事をまた再燃させてしまい、エルヴィンへと顔を向けられなくなってしまう。


 昨夜の事が頭から離れない。


 あの恥ずかしさが蘇る。


 想い人の胸の温もりが心地良かった。



「いやいやいや!」



 アンナは頭を振った。



「アレは……酔ったからであって、私があんな子供っぽい訳じゃなくて…………そう、アレは事故! 私が自分でした事じゃなくて、私が酔いにさせられた事! ……そうよ! アレに私の落ち度なんてないんだ!」



 完璧な結論を出したアンナは、満足気に笑みを浮かべる。



「アンナ……何ブツブツ言ってるんだい?」



 声が聞こえ、ふとエルヴィンの方を振り向いた時、こちらの顔を覗き込む想い人の顔に、また彼女は頬を赤らめ顔を逸らした。



「えっと……只の独り言です……」


「そうか……」



 昨夜の事を振り払ったつもりのアンナだったが、どうやら今日1日中はエルヴィンを直視出来そうになかった。

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