第6章 カールスルーエ反乱

6-幕間 あの日

 少女は暗闇に居た。目隠しをされ、手足を縄で縛られ、何も出来ず、ただ床に転がるだけ。

 床の感触から木造の建物内であるのは間違いないが、どこかはまったく分からない。


 本当ならば、彼女は今、戦場から帰った最愛の兄を出迎える筈だった。


 屋敷に侵入した悪漢に誘拐されなければ、兄に抱き付いて、温もりを堪能してくた筈だった。


 しかし、今、少女は囚われの身。


 幸せに満ちる筈だったのに、今は絶望の淵である。



「早くお家に帰りたい……」



 彼女はポソリと泣き言を呟く。


 誘拐された少女。今、彼の周りには誘拐犯たる数人の男が居る。つまり、悪人に囲まれている。


 悪人が少女を誘拐した理由は何だろう。身代金だろうか? 人質だろうか? 人身売買だろうか? 何にせよ良いものではない。


 少女がそう頭を巡らせていると、男達の会話が聞こえてくる。



「おいっ、首尾はどうだ……?」


「上々だ。最愛の妹の命が賭かってんだ……金は惜しまねぇとさ」


「流石、貴族様だ……羽振りが良いねぇ……」


「にしても屋敷の護衛は弱かったな? お陰で悠々と誘拐できたぜ」


「チゲェよ。俺達が強いんだ。元正規軍の俺達が、ひ弱な地方軍人に負ける訳ねぇだろ?」


「確かにな!」



 盛大に笑う男達。もう既に、大金が手に入ったかの様な賑やかさだ。



「にっしても……この令嬢さま、可愛くねぇか?」



 少女を悪寒が駆け抜ける。



「ああ、上玉だ……まだ子供クセェが、それがまたそそるぜ……」



 下劣な話が耳を突く。



「実は……コイツ見た時から、立ってしょうがねぇ」



 聞きたくない言葉が恐怖心を呼び起こす。



「なぁ……お前ら…………」



 聞きたくない! 聞きたいない‼︎



「コイツ、良いか?」



 少女の顔は青ざめ、手足が恐怖で震えだす。



「おいおい! 傷物にすっと恨み買っちまうぞ?」


「1回やるだけだ。壊すまではしねぇよ!」


「あぁ……じゃあ少しだけな。やり過ぎるなよ?」


「ああ、わあってるよ!」



 その言葉を最後に、こちらへと向かう足音が聞こえる。


 イヤッ、イヤッ、来ないで……来ないで…………。


 口が塞がれている訳ではない。でも、声が出ない。


 怖い、とても怖い。自分に迫る危機への恐怖で声が出ない。


 男の足音は近付く。自分に迫る脅威が近付く。


 そして、男の足音が鳴り止む。



「へっへっへ……」



 不気味な笑いが耳に響き、縛られた両腕が掴まれ、頭上へと挙げられ、身体の上に何かが乗った。

 そして、やっと視界に光が入るが、目に見えたものは最悪だった。


 自分を組み敷きながら、気持ち悪く舌舐めずりする男の顔が、視界に飛び込んで来たのだ。



「へぇ……瞳も綺麗だなぁ。良いね良いねぇ! 犯し甲斐がある」



 男はまた舌舐めずりし、少女は恐怖で唇を震わせる。


 自分はこれから酷い目に合う。地獄の様な苦痛を味わう事になる。


 でも、怖くて身体が動かない。怖い、怖い、怖い、怖い……。



「さって、やりますかねぇ……」



 男は腰からナイフを取り出すと、少女の服を、首元から脚部に至るまで引き裂いた。



「ヒィャッホ〜っ‼︎」



 露わになった白く透き通った肌。柔らかそうな肉質。なにより、下着から覗く、欲をそそらせる乳房。



「あ〜っ、早くやりてぇ‼︎ 楽しみてぇっ‼︎」



 興奮して吠えまくる男と、それを周りで笑う悪人達。


 少女を助けてくれる者は居ない。自分に迫る危機を取り払ってくれる者は居ない。


 自分の末路を実感した少女は、やっと言葉を漏らす。



「嫌だ……嫌だよぉ……誰か助けて……」



 少女からポロポロと涙がこぼれる。


 あまりに健気、あまりに儚げな様子に、男は更に昂ぶった。



「最っこ〜だっ‼︎ そんな泣かなくて大丈夫だぜ嬢ちゃん。今からやるのは気持ちぃ事だからよ」



 そう言うと男は、少女から上の下着を剥ぎ取り乳房が露わになる。更に、下の下着にも手を出して引き裂き臀部が空気に晒される。



「さぁ……お楽しみの時間だ……」



 そして、男は服を脱ぎ、ズボンとパンツも脱いで全裸となる。



「嫌だ……止めて! 止めて‼︎」


「止めねぇよ? 今からお楽しみタイムだんだから」



 男は腰を少女の股間へと近付け、腰を引く。



「さぁ、楽しい時間の始まりだ!」


「助けて、誰か助けて! 止めて! 止めて‼︎」


「じゃあ、いっきまぁ〜す!」


「いやぁあああああああああああああっ‼︎」



 男は腰を突き出し、おぞましき物体を少女の臀部へと迫らせる。


 しかし、途中で止まる。


 外から銃声が聞こえたのである。



「な、何だ⁉︎」



 男が驚き固まり、周りの悪人達も慌てふためき始める。

 そして、彼等の動揺に間髪入れず、家のドアが破られ、数人の兵士が雪崩れ込んで来た。

 兵士達の腕章には、フライブルク軍を示す家紋が描かれている。



「ちっ! なんでこの場所が……」



 苦々しく、武器を握り締める悪人達。そして、その視線の先で、兵士の海から1人の男が前に出た。



「テレジアぁあっ‼︎」



 その姿を見た瞬間、少女は、テレジアは、安堵感と嬉しさで、涙が流れた、



「兄さん…………」



 テレジアの命に別状がなく、傷も無い姿が見て、エルヴィンは安堵をこぼし、彼女へ微笑みを向ける。



「もう、大丈夫だからね……」



 優しく声を掛けるエルヴィン。救いに来てくれた最愛の兄に、テレジアは力が抜け、安堵で笑みがこぼれる。


 そして、彼女の目の前で、悪人達とエルヴィン達の戦いが始まった。その中で、テレジアは一気に溢れてきた疲れで、意識が暗闇へと沈む。


 これで無事に帰れる。兄さんに生きて会えた。


 テレジアは幸福のまま瞳を閉じる。


 チラリと見えた、普段の兄から見られぬ形相。それから生まれる危険性に、気付く事なく。




 わたしは、この日の事を思い出す度、いつも後悔してしまう。


 あの日、気絶などしなければ、数日間寝込まなければ、兄さんのあんな行動を、止められたかもしれないから。

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