5-30 親友として

 アンナと彼女の荷物を1人部屋へと運び、彼女の髪を解き、上着を脱がせ、ガンベルトを外して、ベットへ寝かせた後、エルヴィンとルートヴィッヒは上の階にある2人部屋に荷物を置き、1階のレストランで食事を摂っていた。



「ん〜……この料理、濃くないか?」



 ルートヴィッヒは顔を渋らせた。



「不味くはねぇんだが、長く食うのは辛れぇ。いつも食うテレジアちゃんの料理の方が食べ易い」


「だからテレジアをちゃん付けで呼ぶな。というより、毎回うちで飯食うのは止めなよ」


「だって、テレジアちゃん可愛いし、飯も美味ぇからな。つい、通いたくなっちまうんだ。……で、飯の味の濃さ、お前はどう思うよ……」


「まぁ、濃いだろうね……いつもはテレジアに薄味にして貰ってるんだ。どうも、味の濃いゲルマン料理は合わなくてね」


「純粋なゲルマン生まれ、ゲルマン育ちなのにか?」


「純でもないさ……」



 転生者のエルヴィン。前世で育った国、日本の料理は比較的薄味が多かった。少なくとも、濃い味の多いドイツ料理と酷似するゲルマン料理よりかは薄い。

 そんな味に慣れていた者からすれば、ゲルマン料理は濃過ぎてかなわないのだ。



「なるほどなぁ……だからさっきから、パンとかサラダしか食ってねぇのか、お前……」


「まるでベジタリアンの気分だよ」


「パン食っててもベジタリアンって言えんのか?」


「さぁ? 知らない」



 エルヴィンは皿に置いてあったパンを千切って口へと放り込む。



「まぁ、何にせよ。早くテレジアのご飯が食べたいよ……」


「まったくだな」



 ルートヴィッヒは皿に乗った肉をナイフで切ると、フォークで刺し、口へと運んで、また渋い顔をする。


 すると、ふとルートヴィッヒは手を止め、ナイフとフォークをテーブルに置いた。



「エルヴィン、そろそろあの話をしよう……」


「いつものかい? 君も懲りないね」


「当たり前だ」



 ルートヴィッヒは吐息を吐くと、いつもとは明らかに違う真剣な表情を見せた。



「お前、"軍、辞めろ"」



 唐突に突き付けられた要求、いつもの彼からは考えられない強い要求に、エルヴィンは細く微笑む。



「駄目だ、未だ辞められない……」


「人脈が作れてないからか…………?」


「その通りだよ。貴族というのは一種の権力者だ。権力者には何より人脈という力が必要になる。私には、それが圧倒的に足りてないからね。領地を守る為には、もう少し欲しいのさ」



 エルヴィンが軍に入った目的は、人脈を広げる事。

 軍とは国の武力を担う強大な力の保有者だ。そこで人脈を広げ、指揮官達を味方に付ければ、万が一の窮地に、武力が助けてくれる可能性がある。

 そんな思惑でエルヴィンは軍に在籍している。


 しかし、命懸け、いつ死んでもおかしくない職場で領主たるエルヴィンが働くなど、部下として、親友として、ルートヴィッヒは黙認など出来なかった。



「お前が軍に入った理由も分かるし、理解もできる。……だがな、お前の立場を考えろ! お前がもし死んだら、領地はどうなる? 地方軍はどうなる? 民や部下や、何より……テレジアちゃんはどうなる? お前が死ぬ事により、困る奴等の事も考えろ!」


「そんな彼等を守る力を得る為に、軍に居るんだ。そして……未だ十分じゃない。只でさえ、権力も財力も武力も他の貴族達には劣るんだ。人脈まで軟弱なら、いつかは守りきれなくなってしまうよ」


「ワザワザ危険な軍である必要は無いだろう。貴族内で人脈を作れば……」



 その瞬間、エルヴィンの手に持っていたパンが潰された。



「それだけは無理だ……」


「何故だ?」


「貴族の多くは、自分の欲と利権しか考えない腐臭漂わせる者達だ。そんな彼等と手を組んで、見返りに私の大事なものが奪われないという保証がどこにある?」



 エルヴィンから殺気が漏れ始める。



「テレジアやアンナ達に何かあったら。殺意を抑える自信は、にはない……」



 怒りを滲ませた口調でこぼした言葉。それに気付いたエルヴィンはふと我に帰り、潰れたパンを千切りながら、苦笑を浮かべた。



「すまない……もしもの話でキレてしまうとは……私も我慢が足りないね。反省しないと……」



 千切ったパンを口へと放り込むエルヴィン。その前でルートヴィッヒは、少し呆れ気味に溜め息を吐き、我が親友の、場合による怒りの沸点の低さに苦笑をこぼす。



「お前って……普段は怒りの沸点高いけど、守るべき対象が関わると、沸点極端に下がるよな?」


「そうかな? 普通の沸点だと思うけど……」


「強弱激し過ぎんだよ。過保護過ぎるわ! テレジアちゃんはともかくアンナにもだぜ? アイツ、お前より圧倒的に強いぞ!」


「あはは……情け無い限りです…………」


「それだと、俺もお前の保護対象か? ひ弱人に守られる程、俺が弱いってか?」


「何、言ってるんだ……」



 エルヴィンの口元に優しく自慢気な微笑が浮かぶ。



「君は私とに守ってくれるんだろう?」



 この言葉に、ルートヴィッヒは面食らう。そして、不思議な高揚感が全身を駆けた。


 あぁ……コイツは、本当に俺をやる気にさせるの、上手いなぁ…………。


 エルヴィンにとって、領民も部下もテレジアも、右腕であるアンナでさえも庇護対象だ。


 しかし、ルートヴィッヒは違う。


 彼はエルヴィンにとって共に戦う同胞だ。

 背中を預け合う戦友だ。

 余程の信頼関係でなきゃ成し得ない間柄だ。


 そして、エルヴィンにとってそれ等に該当する者は一握りしか居ない。そんな中にルートヴィッヒが居る。


 親友がそう認めてくれている。それを喜ばずには、ルートヴィッヒはいられなかった。



「まったく……お前はつくづく変わってんな……」



 その時、ルートヴィッヒは嬉しそうな、楽しそうな、満面の笑みを浮かべた。


 やれやれ……コイツには敵わん。


 そう思いながら「わかったよ……今日も俺の負けだ」と軍を辞めさせる話を終わらせる。


 その前でエルヴィンは、変わっていると呼ばれる事に首を傾げていた。



「ところでルートヴィッヒ……」


「あ? 何だ…………?」


「本当にテレジアをちゃん付けで呼ぶの止めてくれないかな?」


「ちゃん付け普通じゃねぇか! 何で駄目なんだよ」


「だって、君がちゃん付けする相手って、同衾候補じゃないか!」


「おお! よく気付いたな!」


「よく気付いたな、じゃないよ……テレジアを君に抱かせる気はないって言ってるじゃないか……」


「お前の意見なんか知ったこっちゃねぇ……本人が俺に抱かれたいって言ったらどうすんだ?」


「それは……! …………仕方ない、けど……少なくとも未だ早い‼︎」


「数年経ちゃ良いんだな? よしっ! それまでには口説いてみせるぞ‼︎」


「そんなんだから君はアンナ達にクズって言われるんだよ…………」


「楽しい人生を謳歌できるなら、クズで結構だ!」


「はいはい……」



 ルートヴィッヒのロクでなし振りに、エルヴィンは嘆息をこぼし、ルートヴィッヒは親友との会話をそれは楽しそうな笑みで堪能するのだった。

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