5-29 ホテルロビーにて

 列車占拠ライヒスバーン事件も決着し、憲兵達による事情聴取と事後処理も終了。捕虜となった解放のヘブライウィングス・クリンゲメンバーも連行され、乗客達もやっと解放された。

 この時、既に夕日が沈み始めており、エルヴィン達は今日中のヴンダーへの移動を諦め、そのむねを電話借りて家の執事に伝えた後、近くの街でホテルを取る事にする。


 そして、3人は探し出したホテルの受付で部屋の予約を取っていた。



「1人部屋3つに泊まりたいのですが……空いてますか?」



 アンナが受付嬢に尋ねると、どうやら3つも空いてはいないという返事が返ってきた。



「ですが、1人部屋1つと2人部屋1つは丁度空いております。いかがいたしますか?」


「だ、そうです、エルヴィン……どうしますか?」


「じゃあその2部屋で、1人部屋をアンナが使って、2人部屋を私達が使うよ」


「は⁈」



 思わず声を漏らしたルートヴィッヒ。それに他2人が怪訝そうに視線を向ける。



「ルートヴィッヒ、何か文句でもあるのかい?」


「当たり前だ‼︎ 同室に別の奴が居たら、女連れ込めねぇじゃねぇか‼︎」


「あのね……今日1日ぐらい、女遊び休められないのかい?」


「嫌だね! 俺が女と寝ない日、それは俺が死んだ時だ‼︎」


「一生、その悪癖直す気ないのか……」


「ある訳ねぇだろ?」



 ルートヴィッヒの頑強さに、エルヴィンは呆れて溜め息をこぼす。



「いや、今日は私達2人で2人部屋を使う。これは変わらないよ? 流石に女性のアンナと男が2人でっていうのは不味いだろうし…………」


「私は、良い、ですよ……?」



 ふと頬を赤らめながら告げられた予想外なアンナの返答に、エルヴィンは面食い、ルートヴィッヒは珍しくヘタレを我慢したアンナに喜びつつ、悠々と女を連れ込めそうな事にも喜んだ。



「よおっし‼︎ 今日の夜寝る女を探すぞぉおっ‼︎」


「ちょっ! ちょっと待ってくれ……」



 理解し難い現実に頭を抱えながら、2人をエルヴィンは手で制した。



「アンナ……よお〜く、考えてみてくれないかい? 私と一緒の部屋になるって事だよ? 男と2人っきりで寝るって事だよ? 恋人でも夫婦でもないのに、それは駄目じゃないかい?」


「確かに、そこのクズと一緒は嫌ですが……」


「おいっ、こら、ナチュラルにクズ言うな!」


「エルヴィンだったら……無害で安心なので…………良いですよ?」



 無害という評価は、男として嬉しくもあり悲しくもあるが、それとは別に、今回の問題はエルヴィン自身にもある。

 ベットが別々とは言え、美少女森人エルフと一緒に寝るなど、恥ずかしく、気になり過ぎて寝れそうにないのだ。



「えっと……流石に、君が良くても、駄目だよ……」


「そう、です、よね……私と一緒は、嫌ですよね……」


「ウグッ!」



 ちょっと、しょんぼり気味のアンナ。いつもとは違う愛らしい彼女の様子に、間違った事は言っていない筈のエルヴィンを罪悪感が襲う。



「ど、どうしたんだい……? アンナ、いつもと様子、違くないかい?」


「私はいつも通り、……」


「「…………ん?」」



 エルヴィンとルートヴィッヒが首を傾げた。アンナの言葉最後の呂律ろれつがおかしかったのだ。



「アンナ……どうしたんだい?」


「ろ〜も、しましぇんよ〜、なりいってりゅんれすかぁ〜?」



 アンナの様子が明らかにおかしい。呂律ろれつが回らない所か、少しフラフラし始め、顔も赤く上気し、目も眠たそうに半開き。



「これは……まるで、酔っているようなぁ…………」



 エルヴィンがそう呟いた時、隣に居たルートヴィッヒが、何かの匂いを嗅ぎ取る。



「これ……酒の匂いじゃねぇか…………?」



 ルートヴィッヒがそのまま、匂いの元を辿ると、エルヴィン達の後方、ロビー入り口付近の席で、酒盛りをして、ホテルマンに注意されている団体を見付けた。



「アレか……通りで酒臭いと思ったぜ…………ん?」



 この時、2人の頭をある予想が駆け抜ける。



「まさかコイツ……」


「これだけの匂いで……」


「「酔ったぁあっ⁈」」



 なんと少し離れた酒の匂いで酔ったアンナ。それに驚く2人を他所に、彼女は「デヘヘ」と笑いを浮かべ、エルヴィンに前から抱き付き、彼はそれに困惑する。



「エルくぅ〜ん、むかりぃみらぁいに、いっひょに、ねよ?」


「それ、子供の時の話だし! しかも1回きりで、仕方なくだったから!」


「え……? もひかひて……エルくん、わたひのころ、きりゃい……?」


「ウグッ!」



 少し涙で潤んだ瞳で、愛らしい上目遣いで訴えるアンナに、エルヴィンはまたも罪悪感に襲われる。



「いや……えっと……嫌いじゃないよ」


「らったら……しゅき?」


「うんうん、好きだよ。大事な友達だと思ってる」


「えへへ……わらひもエルくんが、だあ〜い、ひゅきぃ〜っ!」



 いつもの真面目さが完全に崩壊し、甘々しくベッタリなアンナに戸惑うエルヴィン。その横ではルートヴィッヒが面白可笑しそうに2人の様子を眺めていた。



「写真機があったら撮りてぇな、この状態のアンナ…………で、後々笑いの種にして、からかってやんだ」


「スマホとかあったら連写してるよね、君……」


「スマホ……?」


「いや、何でもない……」



 ふと前世の言葉をこぼし、慌てたエルヴィンだったが、突然、スルッとアンナの手が下に落ち、身体も滑り落ち始めたので、慌てて、彼女に合わせ片膝をついて抱き留めた。



「アンナ……?」



 すると、アンナの口元からスヤスヤと息が聞こえてくる。どうやら、エルヴィンに身を預け寝てしまったようである。



「流石に今日は働かせ過ぎてしまったね……疲れてしまったのかな?」


「これじゃあ、流石に2人部屋にさすのは無理だな。しゃあねぇ、1人部屋は諦めて、外で女抱くか!」


「抱くという行動自体は止める気ないんだね…………」



 軽く乾いた笑いをこぼしたエルヴィン。先程から此方の様子に戸惑う受付嬢に謝罪しつつ、部屋を取ることを告げると、寝てしまったアンナを背中に担ぎ、ルートヴィッヒは剣を受付に預けずベルトに刺したまま、2人の荷物を持った。



「エルくんねぇ……昔、アンナにそう呼ばれてたのか?」


「あぁ……小さい頃のあだ名だったよ」


「じゃあ、これから俺が御呼びしましょうか? エルくん?」


「くん付け止めてくれないかい? 君に言われるのは流石に嫌だ!」


「ひっでぇなぁ……」



 苦笑しながら茶化し続けるルートヴィッヒに、エルヴィンは疲労で溜め息をこぼしながら、2人はエレベーターホールへと向かうのだった。

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