5-28 アンナの怒り、再び

 怒りがハッキリと現れているアンナ。それに、エルヴィンは冷や汗を一滴、流した。



「エルヴィン……」


「はいっ‼︎」



 エルヴィンはアンナを向き、綺麗な正座を見せる。



「何で、あんな危険な事、したんですか…………?」


「あれが1番、乗客に被害が出ないからだよ……いやぁ……本当に命の危機に見舞われるとは…………私の計算不足だね」



 反省の色が無いエルヴィンに、アンナはギロリと睨み付け、彼はピシリと硬直する。



「自分が何したか、わかってないでしょう…………」


「いやぁ……そんな事は…………」


?」


「はいっ‼︎ わかっておりません‼︎」



 正直、エルヴィンはアンナが何に怒っているのか本当にわからなかった。しかし、怒っている事はわかっているので理由を尋ねる度胸もない。


 そして、お怒りのアンナは、エルヴィンを鋭く見下ろしながら片足を出す。

 その一歩は重く、拳も強く握り締めながら、エルヴィンへと近付いて行く。


 エルヴィンは、彼女が自分を殴る気であると察し、直ぐに立ち上がり、後ずさる。



「アンナさん……暴力は良くないよ……?」



 アンナの足がまた前に出る。



「アンナさん、止めよ……? 殴るのは止めよ…………?」



 アンナの足がまた前に出る



「アンナさん、本当に止めて? 悪かった、私が何かしちゃったんなら謝るから……」



 アンナはとうとう早足でエルヴィンへと近付く。



「アンナさん! ちょっ、まっ‼︎」



 エルヴィンが手を伸ばして制止するが間に合わず、目前まで迫ったアンナは右手拳を挙げる。


 エルヴィンは殴られるのを覚悟し、目を閉じた。理由も分からず殴られるのも理不尽だが、抵抗する覚悟もなかったのだ。


 そして、アンナの拳はエルヴィンを目指し、


 彼の胸にトンッとぶつかった。



「ん?」



 別に痛くもない拳。エルヴィンは拍子抜けして、アンナに視線を向ける。


 そして、彼女は拳をエルヴィンの左胸に当てながら、額も彼の胸に当てた。



「アンナ……?」



 彼女による突然の行動に戸惑うエルヴィン。


 すると、アンナがポソリと呟く。



「無事で良かった……」



 その声色には、安堵するような、ホッとしたような、優しく暖かい色が含まれていた。


 エルヴィンはそれで、ようやく、アンナに大分心配を掛けてしまっていたのだと気付く。



「すまない……今回はちょっと無茶し過ぎたね……」


「わかっているなら、もう2度とこんな危険な真似はしないで下さい……」


「そうだね……善処するよ……」



 やはり、意外とアンナに弱いらしいエルヴィン。彼は少し申し訳なさそうに、滅入るように苦笑を浮かべながら、彼女の頭を軽く撫でる。

 それに、アンナは恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、嫌がる様子はなく、そのまま彼の胸に額を預け続けた。



「御2人さん、観ていて胸焼けする光景を見せ付けないでいただけませんかねぇ……まったく……」



 2人の少し甘ったるい様子に、これでも付き合わない2人に、やれやれと肩をすくめながら声を発したルートヴィッヒ。


 それに、2人は自分達の状況をかんがみ、恥ずかしくなり、直ぐに互いに離れ、気まずそうに、アンナは頬を赤らめ、エルヴィンは頭を掻いた。


 そんな2人の様子に、ルートヴィッヒはまたやれやれと吐息をこぼしながら、恥ずかしさを緩和させてやる為、話題を切り出す。



「アンナ、お前今迄何してたんだ?」


「ふぇ? あ! ……えっと……貴方が先にエルヴィン救出に突っ走っていったので……貴方が撃破した敵を拘束していました」


「今迄ずっとか?」


「いえ、先程までは、途中から来た憲兵達に色々聞かれてました」


「そうか……そっちは大丈夫だったか?」


「何がですか?」


「こっちは今回の大将らしき奴に、奥歯に仕込んでた毒で自決されちまったんだ……そっちで捕らえた奴、全員、自決とかしてねぇか?」


「そうなんですか⁈ ……どうしょう…………口の中まで調べてない。直ぐに憲兵達に伝えてきます!」



 慌ててきびすを返すアンナ。しかし、それをルートヴィッヒは手で制する。



「いんや、その必要はねぇ……」



 そう告げてルートヴィッヒは、【探知】スキルを発動する。


 それにより、客車内の状況が明確に頭に具現化され。残された乗客と、各客車に死体を含め4人ずつの武装者が意識を無くしており、生存者は縛られていた。



「俺が殺した奴を引いても死体数が多い、何人かは自決しやがったな。だが……まだ結構生存者は居そうだ」



 客車内を粗方把握し、ルートヴィッヒは大声で、憲兵達に武装者達が奥歯の毒で自決する可能性を告げた。

 憲兵達は、知らぬ男に怪訝な顔を示すが、彼と一緒に居るのが先程話した士官だと分かると、直ぐに行動を開始する。


 結果、解放のヘブライウィングス・クリンゲ構成員8人の捕縛には成功した。



「まっ、これで一応、最低限の仕事は出来ただろうよ」


「助かったよ……本当に君のスキルは便利だね」


「はっはっはっ! そうだろう! 讃えるが良い! そして、増給して良いんだぜ?」


「いや、君の軍内での悪評で、それはチャラになるよ」


「チッ、守銭奴め……」



 張った胸を戻し、不快に舌打ちしたルートヴィッヒ。しかし、彼の才能やスキルが素晴らしい事に変わりはなく、エルヴィンは少し羨望の眼差しを彼に向ける。



「少し羨ましいなぁ……私もスキルが欲しかったよ」


「こればっかりは、生まれ持った才能だからなぁ……際を授けなかった神様に文句を言うんだな」


「あはは……神を信じてない君からその言葉が出るのは驚きだよ」



 少し苦笑するエルヴィン。やはり、転生者ながら、前世アニメの主人公の様にならなかった現実に、かなり残念感は残っていた。


 そんな事など知る由もないルートヴィッヒは、エルヴィンの思いと関係ない疑問を、ふと投げ掛ける。



「そういや、前々から気になってたんだが……お前、何で一人称がなんだ? 親しい間柄だったら普通、じゃねぇか?」


「えっと、だね……」



 困った様に頭を掻き、言いたく無さそうに言葉を濁し、逃げる様に目を逸らすエルヴィン。かなり言い難い理由らしい。


 そんな様子から理由が益々気になったルートヴィッヒは、是が非でも聞き出そうかと、更なる言葉を投げかけようとした時だった。



「その理由、私が話しますよ……」


「あれ? ちょっと、アンナさん⁈」



 アンナが横から割って入り、エルヴィンの制止を無視し、淡々と話し始める。



「この人、元々は一人称、俺だったんですけど……士官学校の時……」


「アンナさん、止めて⁈ 本当に止めて⁈ これだけは……」


「間違えて教官に俺と一人称使って、こっ酷く叱られたらしいんですよ。それから、普段から慣れようって事で、普段から一人称を私にしてるんですよ」



 何とも下らなく恥ずかしい理由を言われ、エルヴィンは頭を抱え、聞かされたルートヴィッヒは余りにも馬鹿馬鹿しい理由にポカアァンと口を開けたまま立ち尽くす。

 しかし、暫くし、ルートヴィッヒの頭がそれを理解出来た時、彼はエルヴィンを指差し、そして、



「ぎゃあっはははははははっ‼︎ あ〜っはははははっ‼︎」



 盛大に大爆笑し始めた。



「下らん‼︎ 下らな過ぎる……こんな下らん事で自分の一人称変えたのか‼︎ 馬鹿だ……ここに馬鹿が居る‼︎」



 その後もルートヴィッヒの笑いは続き、耐え切れず動作にまで現れる。

 腹を抱え、膝を叩き、涙を流し、とことんエルヴィンを笑いの種にした。


 見事に笑い者になったエルヴィン。彼はこの事態を作り出した女の子に、少し不満げに視線を向ける。



「アンナ……何で教えちゃったんだよ……お陰で私は道化じゃないか…………」


「今回、私達に心配を掛けた御返しです。その責任に、今日は他者を楽しませる道化になって下さい」


「そんなぁ…………」



 少し滅入るエルヴィンに、プイッとソッポを向いたアンナだったが、ふいに彼の方を見て、悪戯な笑みをこぼすのだった。




 運悪く遭遇した列車占拠ライヒスバーン事件はこれで終結した。

 帝国の窮地を招きかねない事件であったが、これが只の除幕でしかなかった事を、エルヴィン達は後に実感する羽目になる。

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