1-24 勝敗の後

 共和国軍撤退開始の様子を、帝国軍の偵察兵が森の中に身を潜みながら確認していた。


 そして、その情報は直ぐに無線通信で、村へと向かうエルヴィン達に伝えられた。



「エルヴィン、敵は撤退したそうですよ」



 通信兵からの連絡を、アンナがエルヴィンに伝えると、エルヴィンは、今まで張り詰めていたものが緩んだ様に安堵した。



「なんとか終わったね……」


「はい、私達の勝利です」



 共和国軍撤退の報告を聞いた帝国兵達は、一斉に勝利に歓喜し、帝国兵一帯を喜びの声に満たした。


 泣き、笑い、叫び、喜び、戦友と、仲間と共に、勝利を称え合う帝国兵達。


 しかし、そんな中で、エルヴィンだけは勝利を喜びはしなかった。

 部下達を救えた安堵感と、それ以上に、そのために多くの共和国兵を殺してしまった罪悪感に襲われていたのだ。


 降伏という選択肢もあった。しかし、選ばなかった。

 故郷には家族が居た、友人が居た、彼らにまた会うために多くの共和国兵を殺した。


 共和国兵達にも、家族や友人はいた筈である。


 自分の欲の為に、共和国兵達と、家族や友人との再会を永久に無いものとしたのだ。


 "戦争だから仕方ない"


 そんなものでは到底、片付けることなどできない。


 "生まれた国が違うだけで、彼らも同じ人なのだから"

 

 エルヴィンはそう思うと、自分が思ったことが偽善だと思い、自嘲した。



「いけないな、こう思ってしまうのは……の平和ボケが残っている証拠だろうな。ここは日本じゃない……戦乱の世の軍人になった以上、過剰に敵国の兵士に感情移入するのは、自分だけでなく部下の命も危険に晒すというのに……」



 エルヴィンは改めて自覚していた。自分がどれ程異質な存在で、この世に存在する筈のない物を持っているのかを。


 知識、価値観、そして、前の記憶、彼はこの世に存在しべからざる物を持っていた。


 エルヴィンは改めて自覚したのだ、自分が、"前世の記憶を持った転生者"である事を。


 様々な思い、それ等を胸に抱いて、帝国兵達はヴァルト村を経て、本国への帰路に着いた。

 勝利の美酒に酔いしれながら、家族や友との再会を楽しみにしながら、彼等は故郷への道を歩くのだった。




 一方、共和国軍の兵士達は、敗北の苦さを味わされながら、重い足取りで本国への帰路へと着いていた。


 多くの仲間を失い、敵にも敗北した。


 敵よりも兵力が大きかったにも関わらず惨敗した。


 ありとあらゆる負の要因が、共和国兵達に無念感を味合わせていたのだ。


 しかし、そんな中、無念感とは無縁の男が1人、共和国軍には居た。



「あ〜っ! やっと解放された〜っ! やっぱり、目上相手の敬語は窮屈で苦手だ」



 赤髪の兵士は肩を回しつつ、堅苦しさから解放された喜びを味わっていた。



「階級は同じでも、歳上にはそれなりの敬意を払わなければならない。まったく、人間関係とは窮屈で仕方ない」


「そうは言いましても、それが人間社会というものですから……特に、上下関係に厳しい軍隊という所では」



 赤髪の兵士の愚痴を聞き、副隊長のサルセル大尉は皮肉を述べた。



「最もだが……やはり、窮屈な事に変わりねぇ。戦いに興じしていた方が気楽で良い」


「今回、我々の本領を発揮出来なかったので、鬱憤が溜まっているんじゃないですか?」


「そりゃそうだ! ヴァランス大佐の作戦に合わせるため大剣を振り回せず、ちまちまとした銃の撃ち合いだったのだぞ⁈ 白兵戦を得意とする我等"魔術歩兵大隊"がだ! 話しているだけで、戦いたくてウズウズしてきた……」



 赤髪の兵士は武者震いが止まらず、戦う様子を想像する事によって衝動を抑えていた。



「本当に戦いがお好きですね……第2大隊隊長のトゥールのおっさんとは大違いだ。流石、"武神"と呼ばれるだけありますね"ラヴァル大隊長"」



 ラヴァル少佐の本気で戦いたいという願望を感じながら、サルセル大尉は慣れた様子で言葉を返していた。そして、大尉は、ラヴァル少佐の戦意が、"ある理由"から発生している事にも気付いていた。



「今回の敵は、どうやら少佐の御眼鏡にかなったそうですね」



 そう聞かれたラヴァル少佐は、まるで新たな玩具を与えられた子供のように、嬉しそうに、楽しそうな笑みを浮かべた。



「今回、敵の指揮をとった指揮官は間違いなく有能だ! 正面切った戦闘を避け、戦いの意思その物を折にくる。そうそうできる発想じゃ無い。……実際、ヴァランス大佐が冷静に対処し、迎撃態勢を整えたとしても、混乱した兵士達をまとめるのは至難の業だ! どのみち態勢が整う前に壊滅されていただろう」



 敵について話す内に、ラヴァル少佐の瞳はギラギラと輝き始めていた。



「次、り会うのが楽しみだ! 今度は、俺の本気でな!」



 ラヴァル少佐は笑いながら帰路を進んでいった。


 新たな強敵との再戦の日に、心震わせながら。




 この、ヴァルト村の戦いは帝国、共和国共に、只の辺境の小競り合いの1つとして処理される。

 この時、エルヴィンは貴族であったが、只の1士官に過ぎず、彼の名を知る者は僅かであった。


 そう、この時、誰も、本人すらも予想だにしていなかったのだ。


 前世の記憶を持ったまま転生した青年、エルヴィン・フライブルク。

 彼が、後の"帝国最高の知将"、"連邦建国の英雄"、"不戦運動の父"様々な肩書きを持ち、後世に名を残す存在となることを。


 エルヴィン・フライブルク、彼は少しずつ、だが確実に、英雄への階段を上っていくことになるのである。

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