異なる世界の近代戦争記

1-23 敵の策

「おい、あれっ！」

「黒い煙だ！ あっちは確か……」

「本陣からだ‼︎」

　兵士達がざわついた事により、本陣から黒い煙が上がっている事に気付いた赤髪の兵士は、苦々しい顔をしながら、そう呟いた。

　中年の兵士も、赤髪の兵士の表情で只事ではないことを察し、直ぐに、一部の兵士を第１大隊兵士達の治療に残し、兵を纏（まと）めると、第２、第３大隊は急ぎ本陣へと向かった。

「敵の意図がわかったのか？」

　移動中、中年の兵士は赤髪の兵士に問いを投げかけ、それに赤髪の兵士は顔をしかめながら答えた。

「敵が放った［ファイヤーレイン］の目的は、共和国兵を全滅させる為でも、一点に集結させる為でも無い……」

「じゃあ、何だと言うんだ？」

「魔法の絶え間ない応酬により、共和国兵に混乱を与え、戦意を折り、第１大隊の陣形を崩すこと、それが目的です。そして、第１大隊がまともな反撃が出来ない所を、悠々と突破し、攻撃目標を攻撃する、それが敵の作戦でしょう」

「戦意を折る⁈ そんな事が可能なのか？」

「少佐も見たでしょう？ 恐怖で震えながら、何も出来なかった兵士達を……」

　味方が撃たれて殺される光景より、焼き殺される光景の方が遥かに精神的ダメージは大きく、結果として多くの共和国兵の戦意を折る事は可能である。

　実際、多くの兵が武器を捨て、仲間の戦闘を聞きながら何もせずにいた。

　敵の策は理にかなっており、中年の兵士も赤髪の兵士の考えに理解を示す事が出来た。

　しかし、ある疑問が頭をよぎる。

「悠々とと言うが……明らかに死者が多い、激戦が行われた証拠だ。戦意を折る事に敵は失敗した、という事では無いか？」

「それが敵の予想外だった。［ファイヤーボム］を撃った後、第１大隊は恐怖による戦意喪失と大量の負傷者で動きが止まる筈だった。しかし、連隊長が兵士達を叱咤し、全軍に突撃を命じた」

「それなら、帝国軍のほうが被害がでかい筈だ！ その時点で第１大隊の方が、戦力は上の筈だからな」

「それは単純、度重なる敵の魔法攻撃で、連隊長は冷静さを失いながら、万全な突撃態勢を取らずに敵に突撃した」

「なるほど……各自バラバラに突撃したところを、敵が万全の態勢で迎え撃ち、各個撃破されたということか……」

　今回の兵士の大量死が、味方の指揮の所為だと分かると、中年の兵士は頭を抱えた。

「で、敵の攻撃目標とは何だ？ もしや我々か？」

「それなら、我々が味方を救出している間に攻撃した筈ですよ」

「ならば何処だ？」

「本（・）陣（・）です」

「なにぃ⁈」

　中年の兵士は、赤髪の兵士の予想外の答えに、思わず声をあげた。

「本陣を攻撃？ 何故、本陣を攻撃する？ 部隊がほとんど出払っているところを襲っても、なんの成果も得られないだろう！ ……まぁ、負傷兵や後方専門などの、多少の兵士はいるが……」

「あるでしょう？ 攻撃するにたる目標が、攻撃されたら困る目標が」

　中年の兵士は眉をひそませ、考え込み、頭を捻った。そして、気付いた。

「兵糧かっ！」

　中年の兵士が敵の意図に気付いた時、２人は本陣に到着する。

　そして、そこには敵の姿は既に無く、辛（から）くも赤髪の兵士の予想通り、本陣の兵糧庫は焼かれ、その飛び火で本陣が炎に包まれており、本陣の兵士達は、その消火作業に追われていた。

　このことを想定していた赤髪の兵士、中年の兵士以外の者達は、その光景を見て言葉を失い、だだ、唖然と立ち尽くした。

「総員ボサッとするなっ！ 本陣の消火作業に協力しろっ！」

　中年の兵士の叱咤（しった）により、兵士達は咄嗟に動き出し、消火を始める。

　しかし、暫くして、炎が手のつけられない勢いだと分かると、本陣を捨てざるを得ず、本陣から持てる物を持って味方を撤収させた。

　そして、燃え行く本陣を、中年の兵士は只眺める事しかで出来ず、苦い表情を浮かべるのだった。

　一方、赤髪の兵士は、さらなる事態の悪化を防ぐ為、本陣に残留していた兵士から敵の様子を聞いた。

　それによると、敵は本陣の兵糧庫に魔法で火を放つと、直ぐにその場から離れ、即座に森の中に消えたらしい。

　その後の敵の動向は、兵士にも流石に分からなかった。

　しかし、赤髪の兵士は、敵のこの後の行動を既にあらかた予測していた。

「敵の次の目標は第２、もしくは第３大隊の兵糧だ……」

　赤髪の兵士の予測はまたしても、敵に対し１歩遅れてしまった。

　またもや、味方陣地から黒い煙が上がったのだ。

「クソッ！ 俺の陣からだっ！」

　中年の兵士の顔は、さらに苦い表情を示した。

　燃えていたのは彼の陣だったのだ。

　そして、直ぐに中年の兵士は、自分の部隊を纏（まと）めると、陣に急行し、赤髪の兵士も、中年の兵士と別れると、兵糧を出来るだけ確保する為、麾下（きか）の部隊と共に自分の陣へと戻った。

　この時、赤髪の兵士は自分達が敗北したことを悟っていた。

　本陣、それに中年の兵士の陣、両陣の兵糧が失われた今、赤髪の兵士の陣にある兵糧だけで、第２、第３大隊、そして、第１大隊の残存兵を賄うことは不可能だったからだ。

　敵はそれを見越して共和国陣地を急襲し、兵糧を焼いたのである。

　赤髪の兵士には敗北感はあった。しかし、それ以上に、別の感情が赤髪の兵士の心を満たしていた。

　赤髪の兵士は自分の陣に到着すると、無事な兵糧を抱え、陣を引き払った。そして、ある程度、炎の勢いが落ちた本陣へと戻り、中年の兵士の部隊と合流した。

「やはり、こっちの兵糧はもうダメだった」

「こっちの兵糧は無事ですが、残っている兵士全員を賄うには足りない」

「悔しいが、撤退しかあるまい……」

　 中年の兵士はこの時、やっと、自分達が敗北したことに気付き、そして、それが余程、悔しいらしく、憤りを露（あら）わにしていた。

　そして、２人は部隊を再度纏（まと）めると、共和国方面への撤退を部下達に命じるのだった。