(6)来弥――黒薔薇の騎士
食事を終えた来弥は、グレイシーに宿泊する部屋を案内された。二人部屋の一室に通される。来弥は酔ってぐでんぐでんになっていたが、グレイシーは流石剣術士といったところだろう。来弥を担いで難なくその部屋まで辿り着いた。
「今日からこの部屋がライヤの部屋よ。相部屋だけれど、ここを使う者は今はいないわ。実質次に加入する人間が現れるまで個室のようなものよ」
説明を受けるも、来弥は上気した顔で、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。グレイシーはそこまで身体を支えると、来弥が、虚ろな目をして、グレイシーの顔に触れた。
「なあ。俺と寝るか?」
言うと、グレイシーはその鋭い眼力で、ぞくりと身体を震わした。その震えは決して嫌悪ではない。寂しさを含んだその目が、母性をくすぐる。グレイシーは、その瞳の奥に鈍く光る貪欲さに溺れてしまってもいいとさえ思うも、ふふ、と妖艶に微笑み、
「ライヤが
言って、来弥に口付けた。それは長いキスだった。来弥はその唇を受け入れるとそのままぐったりと手を落とし、目を閉じた。静かに来弥の呼吸する音が聞こえる。
グレイシーは、再び笑みを零すと、
「まだ子どもね。おやすみなさい、ライヤ」
言うと、扉を閉めて外へ出た。グレイシーは廊下を渡りながら、
「これからどんなショーを見せてくれるのか楽しみね」
言って、ふふふ、と繰り返し妖艶な笑みを絶やさず自室へと戻って行った。まるで来弥を品定めするのが楽しみのような笑みだった。
翌日、来弥は自分が知らないうちに知らない部屋で寝ているのに気が付いた。
「あったまいてえ……」
ズキズキとこめかみが痛み、脳が揺れている感覚がする。しかも物凄く喉が渇く。それに胃が気持ち悪い。来弥はなんとか昨日の記憶を思い起こす。
「飯を食った覚えはあるんだよな。酒も飲んだっけ……。何話したっけか、あの男の名前も忘れちまったな。そしてここはどこだ」
ひとりごちると、周りを見渡す。知らない場所にいることが頻繁にこうも起こると、やはり自分は夢の中を彷徨っているのではないかと思う。
ベッドからのそりと起き上がると、窓があった。自分の寝ている反対側にはもうひとつベッドがある。ベッドサイドには机があり、ドア側に木でできた箪笥がベッド際にひとつずつある。洗面台もドア側にちょこんと付いていた。
来弥は窓から外を眺めると、花壇があるのが見えた。マーガレットが咲いている。いつの間にか花に詳しくなってしまっている自分に嫌気が差す。
来弥は顔を洗うと、蛇口から直接水を大量に飲んだ。それでもまだ喉が渇く。それから机に置いてあったタオルで顔を拭いた。
「さて、どうするか」
言うと、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。来弥は反射的に身を構えた。
「誰だ!」
訝る来弥の声に、カチャリとドアノブを開く音がして、グレイシーが入って来た。
「お寝坊さんはどなたかしら」
言って、手にはブラックジャックと剣が抱えられていた。来弥は、グレイシーだと気付くと、身構えていた身体の力を抜くと、
「それ、俺のやつ」
「そうよ。持ってきたわ。剣の方は手入れもしておいたのよ。あとこの靴下の中のコインはなに?」
言って、ブラックジャックをガサガサと揺らす。来弥は「ああ」と言うと、まだふらつく身体でグレイシーの傍に寄った。それからブラックジャックを手にすると、中から五円玉や十円玉を手に取り、
「日本の小銭だ。どうせこの世界じゃ使えないんだろう」
言うと、グレイシーは「へえ」と興味深そうに、
「やっぱり昨日から思っていたけど、ライヤは異国人なのね。それに魔法まで無効化するなんて。もしかしたらイデア神の化身だったりして」
いたずらな表情で上目遣いで言う。来弥は大人の女性の色香が漂うその切れ長の目に奪われる。それから、上目遣いにしたときにちらりと覗く胸の谷間に視線がいく。ごくりと唾を飲み込んだのがグレイシーに分かったようで、軽く笑みを零す。唇をそっと手に当てた。
「ねえ、ライヤ。もうお昼なんだけど、街の警備をしがてら食事に行かないかしら」
「警備?」
「そうよ。ここの
「それが俺の仕事か?」
グレイシーがこくりと頷くと、
「まずはそういった雑務から行って貰うわ。あとは剣の修行のために時間を使って」
「分かった。寝床と飯の礼をするぜ。それに剣を振るっていいんだろ?」
ニヤリとほくそ笑む来弥に、グレイシーは口角を上げ、
「勿論。貴方の好きにしたらいいわ」
言うと、来弥は身体中の血液が奮い立つような感覚に包まれた。高揚感が高まる。剣を受け取ると、昨日より美しく刃先が整っているように思えた。これで人肉を切り裂いたらどんな感触なのだろうと、考えるだけでも顔がにやける。
グレイシーが、
「あと、その格好じゃ
来弥は自分の制服姿を改めて見て、少し考えると、
「動きやすいものがいい。そういう鎧のようなものじゃなくても良いから、とにかく重くないものが良い」
「分かったわ」
言われてグレイシーが「着いてきて」と言うと、来弥は剣だけ持って着いて行った。
着いた先は武具が揃った倉庫で、そこで来弥は自分に合いそうなものを物色する。すると、肩と胸当てが一体になった軽装備を見つけた。来弥はそれをグレイシーに見せると、
「これにする。あとは中に着るものはなんでも良い」
「了解よ。じゃあ、中に着るものは適当に持ってくるわ」
言って、グレイシーは倉庫の中から黒い長袖のハイネックの厚手のシャツに、同じく厚手の黒い幅広のズボンを持ってくると来弥に渡した。
「着替えてみて。あと剣を納める鞘もここに」
言われて、来弥はそれ一式を身に付けると、ちょうど身体にフィットした。その場で軽くジャンプしてみると、何も負担を感じることがなかった。
「どう?」
「ああ。ちょうどいい」
言って、グレイシーはその軽装備姿の来弥を見ると、制服姿よりも似合っているのが分かり、目の鋭さと合わせて強そうに思えた。重い鎧で固めるよりも強固に見える。隙がない、とでもいうのか来弥の佇まいが一人前の剣士に思えた。グレイシーはうっとりとした表情を浮かべ、
「良いわ……。とても良い……。ああ、食べてしまいたい……」
はあ、と熱い吐息を漏らすと、来弥は目をふいっと逸らした。この女は学校で見た事のないような人種だ。好きか嫌いの二択なら好きな部類だが、と心の中で呟く。ふと視線を逸らした棚の上に薔薇のブローチがあった。銀細工のようだが、酸化しているようで、くろずんでいる。来弥はそれを手に取ると、
「これ、貰ってもいいか?」
言って、グレイシーに差し出すと、グレイシーは涎まで垂れそうになっていた唇を締めると、それを見た。
「まあ。女剣士の忘れ物かしら。良いわよ。ここにあるってことは大切なものじゃないのでしょうし、使ったら良いわ」
「そうか」
言うと、胸当ては心臓側にしかないから、右胸にそれを止めた。それを見ると自分の存在がより濃くなった気がした。グレイシーはそれを見て、
「まるで黒薔薇の騎士ね。とても似合うわ」
来弥は、その言葉を聞いて満足そうに微笑む。
「じゃあ、飯に連れてってくれ」
「ええ。行きましょう」
言うと、二人は武具倉庫から出て行き、城の外へと向かった。外は太陽の日差しで昨日ここに辿り着いたときにはよく見えなかった美しい草原があった。緑の匂いが清々しく鼻に抜けた。
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