(5)叶――魔法政府軍《レクイエム》へ

 マギアの後を着いて行くと、そこには立派な城が厳かに建っていた。中世ヨーロッパにあったような宮殿だ。白の壁に赤い紋様の描かれた旗が幟を揚げている。門の前には赤いローブの男が二人、立っていた。


「おかえりなさいませ、マギア様」


 ひとりの男が恭しくお辞儀をする。マギアは、


「ああ、ご苦労」


 言うと、叶の方を見た。未だ目覚めない男を抱えたまま、大仰な城を物珍しそうに眺めているのを、


「中に入れ。デニスを医務室に運ばないといけない」

「あ、はい!」


 言って、ずりずりとなんとか重い身体を動かして城の中へと入って行った。

 中は広く、神々しいとまで云える装飾品に囲まれていた。赤い柔らかな絨毯が敷かれ、それが二階まで続いている。高級ホテルのロビーのようだ。


「ここから右に行くと医務室がある。着いてこい」


 相変わらずロリータ声で言う。それでもマギアは背筋をピンと張り、真っ直ぐ前を見据えて歩いていく。補佐官といっていたな、と叶は思い返した。


 医務室に着くと、ベットがあった。消毒液の匂いがする。叶は空いているベッドに男を横にならすと、そこにいた医者のような真っ白なローブを着た男が、


「これはこれはマギア様。患者ですか」

「そうだ。でも、治療は済んでいる。ここにいるカナウが白魔法で治した」


 言うと、その医者のような男は目を丸くして、


「白魔法が使えるのですか!」


 医者のような男が驚いて叶に訊ねると、叶は顔を掻くと、


「なんか、そうらしいです」

「しかも、かなり深い傷をあっという間にだ。かなりの術者のようでな。それで我が軍の味方だと云うから礼も兼ねてここに呼んだのだ」


 マギアがそれを補うように付け加えると、医者のような男は、


「そうですか。私でさえ、微弱な白魔法しか使えないというのに……。未だ白魔術師が生存していたなんて、大変喜ばしい限りです……」


 うっうっ、と何故か泣き出す始末。叶は、なんだか自分の存在は一体どういう立ち位置なのか全くついていけなかった。ぽかん、としている叶に、マギアは声を掛けた。


「とりあえず、デニスのことは頼んだ。寝かせておけば大丈夫だろう」

「かしこまりました、マギア様」


 言って、男は手を添えてお辞儀をした。

 それから二階へマギアは上がって行った。叶もそれに続く。しかし見れば見るほど大きな城だ。二階に続く壁には大きな肖像画が掛けられていた。髭を蓄えた気難しそうな男の絵だった。それを見ていると、マギアは、


「それは魔法政府軍レクイエムの統領、クロウリー様だ。素晴らしいだろう」

「え、ああ。そうですね……」


 叶は今からこんな人に会うのかと思うと、自分の上司に報告するときの緊張のようなものを感じた。頑固な幹部たちにいつもこき下ろされていることを思い出す。なんだか胃がちくちくしてくる。

 しばらく進むと、三階の扉の前で止まった。マギアはノックをする。


「クロウリー様、マギアです。いらっしゃいますか」


 すると、しばらくして、


「マギアか。中に入れ」

「はっ」


 言うと、扉を開け、中へと進んだ。すると、ここは書斎のようだった。本棚が壁際にぎっしり詰まっていて、窓際に重厚感のある石造りのデスクがある。そこにあの肖像画通りの男が座っていた。おそらく四十代後半と云ったところだろう。赤いローブだが、マントを掛けていた。フェザーの付いた豪華そうなマントだ。金色の刺繍が施してある。横にメイド服を着た女がいた。この世界にもメイドがいるのか、なんてことを叶は思った。


 マギアはクロウリーと呼ばれた男の前で跪くと、


「本日、死神軍カーズとの戦闘を終え、負傷者を抱え歩いている途中に、白魔術師に助けられました。それがこの男です。カナウ」


 呼ばれて、叶は一礼した。


「挨拶をしろ!」


 マギアに言われて、叶は警察手帳を取り出すと、


「糸屋叶です。警視庁捜査一課の刑事です」

「けいしちょう、そうさいっか?」


 クロウリーが訝るように鋭い眼力で叶を睨みつける。叶は「ひっ」と声を小さく上げた。マギアが、


「どうやら記憶が混乱しているようで……。ですが、我が軍の味方だ、と言ってました。それに魔術師です。今や白魔術師は特に貴重な存在。カナウを我が軍に入れるのはどうかと思いまして、連れて参りした」


 言うと、クロウリーはふむ、と考える形になり、


死神軍カーズの間者ということは考えられないと申すのか?」

「はい。もし、間者であるなら、白魔術師は死神軍カーズにとっても欲しい存在。それをわざわざ間者にする意図はないかと」


 クロウリーはギシっと椅子の背もたれにもたれると、重い低い声を響かせ、


「たしかに。白魔術師は身体能力に乏しいという面を抱えておる。同じ魔術師をもし死神軍カーズが秘密裏に抱えているとしたら闇魔術師のほうを寄越すだろうな」

「仰る通りかと存じます」


 跪いた姿勢を解かないマギアに、二人が話している内容をなんとか聞いて理解しようと叶は努めた。理解したのは、魔法政府軍レクイエムという組織と、死神軍カーズが対立していること。魔法政府軍レクイエムは魔法を使う人間がいること。死神軍カーズはその反対だということ。なにか手帳にメモしたかったがそんなことをさせてくれそうな雰囲気ではなかった。


 マギアが、


「それで、我が同胞を助けてくれた礼をしようと思っています。クロウリー様がもし、このカナウを我が軍に加入させても良いと仰って頂けるのなら、私が責任を持って監視、監督致します」


 言うと、クロウリーは、手を擦り合わせると、


「そこまでお前が言うのならば良いだろう。カナウと云ったな」

「あ、は、はい」

「我が軍に入るからには、この国の平和のために尽力してくれ。万が一、なにか謀反を起こすようなことがあれば、我が右腕のマギアがお前を殺すということだけは理解しておくんだな」

「は、はい。僕は人を守ることが仕事ですから、ご迷惑にならないようにはします……」

「よい、下がれ」

「はっ」


 マギアはすくっと立ち上がると、叶を連れて外へ出た。叶は、あの鋭い目付きに何度も値踏みされるように見られたことが、異様に心地悪かった。あの目は、取り調べ室でよく見ていたような気がする。犯罪者の目に似ている。こんな知らない場所に来てしまって、どうやって帰ればいいのかも分からない。

 この世界をもう少し楽しみたいと思っていたが、前言撤回。早く帰りたかった。

 マギアは一階まで降りると、


「良かったな、クロウリー様に認めて貰えたようで」

「え? あれ、認めてたんですか? かなり不審がっていたようにしか見えませんでしたが」

「まあ、クロウリー様は人を疑うことを続けて今の地位に登り詰めた方だからな」

「疑うことでですか」

「うむ。もともとこの城には国王が住んでいた。その国王がアルドナン大陸を治めていたのだ。クロウリー様はその国王のご子息だった。しかし、国王は剣術に秀でた方で、血縁で、魔術師がいるということを毛嫌いしていた。クロウリー様は城から追放され、魔術師の軍勢。所謂今の魔法政府軍レクイエムの元となる軍を率いて、国王の首をとった。そして今の魔法政府軍レクイエムの地盤を作ったのだ」


 そこまで聞いていると、叶は、日本で首相が変わるよりも血なまぐさい政治のことなのか、となんとなく理解した。日本の政治は別の血生臭はあるけども、と心の中で皮肉った。

 そんな長話をしていると、マギアは扉を開けた。一階の奥の部屋だった。


「入れ。食堂だ」


 言われて入ると、そこは長い机が並んでいて、白い綺麗なテーブルクロスがかかっていた。その上に燭台が立っている。マギアは適当な場所に座ると、叶を手招きした。


「ここで良いだろう。隣に座れ」

「は、はい」


 言って、隣に座ると、その椅子もふかふかしていた。高級そうな布地で出来ているのはよくわかる。メイドがマギアの方に近づくと、メニュー表のようなものを差し出した。


「今日のオススメは肉料理となっております」

「じゃあそれを二人分」

「かしこまりました」


 恭しくお辞儀をして、メニュー表を抱えて奥の部屋へとメイドが入って行った。テーブルにはナイフとフォークを別のメイドが持ってきて、テーブルに置いてあった水差しでマギアと叶のグラスに注いだ。叶はそれを見て、まるでフレンチレストランで給仕して貰ったことを思い出していた。あのときは付き合ってた彼女の誕生日だったかな、とふと苦い思い出が過ぎっていた。


「あの。みんなここで食事をするんですか?」


 叶は落ち着かないのをなんとか和らげようと、マギアに話し掛けた。マギアはかぶりを振ると、


「いや、上層部だけだな。クロウリー様は自室で食事されるし、幹部だけが使える食堂だ。一般の兵士はもっと普通の食堂で食べる」

「へえ。マギアさんって子どもなのに、本当に偉い人なんですね」


 それを聞いてマギアは顔を真っ赤にして、


「私は子どもではない! 今年で十八になったのだ。もう立派な女性だ!」

「いや、子どもですよね。小さいですし」


 言って、無意識にマギアの胸のあたりに視線を落としてしまった。マギアはカッと更に顔を上気させ、パシンと叶の頬を叩いた。


「いた!」

「見たな!? 見ただろ! ここはまだ成長期なんだ! それに私は魔術師としては本当にすごいんだ。風神のマギアと呼ばれているんだからな!」

「風神……」


 叶は叩かれた頬に手を当てながら呟く。うむ、とマギアが言うと、


「私は最強の風魔術師と言われている。私に切れぬものはない。風を自在に操ることは朝飯前だ。そこら辺の魔術師の能力と同じにしてもらっては困る」

「そうなんですね。なんか、僕、どうしてこんなとこにいるのかまだ分からないですけど。元の世界に帰れるまではお世話になると思います」


 ぺこり、と頭を下げると、マギアは、不思議そうな顔をして、


「その、元の世界っていうのはなんだ? さっきからこの世界がおかしいようなことばかり言っているが、お前はこの世界の住人ではないと云うのか?」


 真剣な眼差しを受けて、叶はどう言えばいいのか迷った結果、


「僕はこの世界の人間ではありません。黒い薔薇に包まれてこの世界に来ました。痛みも継続してあるし、多分ここは僕の世界とは違うとはっきり言えます」


 すると、マギアは「なんてことだ……」と俯いて呟くと、急にぶつぶつ何かを言ったかと思うと立ち上がった。


「もしや、カナウはイデア神の化身か!? そうなのか!? まさかとは思うが……。いやでも、イデア神の言い伝えではたしかそんな逸話があった。そうか、お前はイデア神の使いか!? そうなのか!?」

「は、はい? いや、なんのことだか……」


 気圧されて叶は慄くも、目を輝かせてマギアは詰め寄る。


「まあ、そうだよな! 本当に化身や使いだとしたら簡単に正体は明かさないよな! よし、カナウ、イデア神が我が軍の味方なら心強い! これもイデア神のお導き故……! ああ、なんていい日なんだ!」


 ひとり恍惚の表情を浮かべるマギア。叶は一体なんのことやらと、苦笑いをただ浮かべるしかなかった。

 そんな中、ジューシーな肉汁の香りが鼻に抜けた。大きな皿で出されたのは肉厚なステーキだった。


「鹿肉のローストでございます」


 メイドが丁寧に配膳すると、マギアは、


「よし、食おう! カナウも遠慮するなよ。なんていっても、イデア神のお導きだからな!」

「あ、はい!」


 言って、叶は料理を丁寧に切り分け口に入れた。甘くて香ばしい。ソースも濃厚で昔の彼女と行ったレストランで食べたものより美味しく感じた。

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