(4)来弥――死神軍《カーズ》へ
来弥はグレイシーに着いて行くと、そこには立派な城というよりは、城塞が築かれていた。近くで見るとそこまで大きくない。三階建てのアパートメントくらいの大きさである。それでもどこか、中世を思わせる黒い建物で、来弥は目を見張った。囲う塀は高く、大きな門の前には兵士らしい鎧を纏った男が両端に立っていた。
兵士はグレイシーの姿を捉えると、敬礼し、
「グレイシー補佐官殿、ご帰還お疲れ様です」
言うと、グレイシーは「ありがとう」と微笑み、城塞をじっと見つめていた。
「ライヤ、こちらへどうぞ」
言われて、はっとしてグレイシーに続く。もう一人の兵士が敬礼を解くと、訝るように来弥を見て、
「グレイシー殿、その男は一体……」
言われて、グレイシーは来弥の腕をぐいっと掴むと腕を組む要領で来弥に抱きついた。来弥は豊満な胸に自分の腕が触れるのを感じた。柔らかい。柄にもなくどぎまぎしてしまう来弥だったが、グレイシーは、
「我が軍の救いの戦士ですわ。今日はお礼を兼ねて統領に会わせます」
ふふ、と柔らかく微笑むと、兵士は顔をどこか赤くして、
「そうでありましたか! それは御無礼致しました。どうぞ中へ!」
「ありがとう。ご苦労さま」
言って、来弥にくっついたままグレイシーは城塞の中へと入って行った。
中に入ると敷地はかなり広いようだった。ここに何人の人々がいるのか来弥は辺りを見渡す。
大きな案山子が立っているのが見える。その案山子はズッパリと切られているものもあれば、平然と立っているものもあった。
グレイシーが、
「ここの庭では兵士の訓練も行うのです。体力には
言って、しばらく歩いていると大きな扉が現れた。黒くて重厚感のあるものだった。
「さあ、この先に統領はいます。勿論、ご馳走も致しますね」
ふふ、とまた腹が鳴っていたのを思い出して、笑うかのように言う。来弥は顔をまた赤くして俯いた。大人の女性という感じのグレイシーになかなか慣れない。
中に入ると、そこは外壁と同じように、黒い絨毯に覆われた場所だった。とくに装飾品はない。室内を照らすランタンが飾ってあるだけだ。まるで黒魔術の魔女でも出てきそうな感じである。こざっぱりした室内で、二階に続く階段が目の前にあった。
「三階建てになっています。昔は貴族の家だったそうよ。それを統領が奪ったのです」
「へえ……」
言って、階段を上がっていくと、三階に辿り着いた。そこは今まで通ってきた場所とは少し違って、大きな木の扉がひとつだけあるだけだった。
グレイシーは、その扉の前に立っている兵士に向かい、
「コーラル様はこちらにいらっしゃるの?」
そう訊ねると、兵士は敬礼し、
「はっ、玉座にいらっしゃいます」
「そう。良かったわ。ライヤ入って」
言って扉をノックすると、中から「どうぞ」という男の声が響き、グレイシーは中を開けた。
「コーラル様。今日は私を救って下さった方を紹介したく、お目通り願いましたわ。こちらの方です」
言うと、コーラルと呼ばれた男は玉座にどかりと足を組んで座っていた。手には本持ってそれを読んでいるようだった。コーラルは本を閉じると、
「グレイシーか。お前を助けた者? その後ろにいるやつか」
低い声でそう言った。コーラルは鎧は身に着けておらず、動きやすそうな麻のチュニックとパンツを身に着けていた。グレイシーは来弥を前に押すと、
「そうですわ。彼はライヤと申しますの。かなりの猛者に見えましたわ。それで、私を助けてくれたお礼に食事に誘いましたの」
コーラルは黒い髪をポニーテールのように結び、これまた黒い瞳で、じろじろと来弥を舐めるように見ると、
「しかし、猛者に見えないが、そんな細っこい腕でよく戦えるものだな」
言われて、来弥はどきりとする。コーラルは二十代後半といったところだろう。眼力が鋭い。しかし、その声は優しいものだった。来弥はどうしたものかと思案していると、コーラルの方が、
「ライヤと言ったな。まあ、グレイシーが世話になったのなら、こちらとしても歓迎しないわけにはいかないしな。良かったら、俺も同席するとしようか。なんだか珍妙な格好をしているし、独特の剣術があるのだろうな」
持っている剣を見てそう言ったのか、来弥はほっとすると、
「ど、どうも」
と、たどたどしく言った。ここで陰キャなのが如実に現れてしまっていた。急にこんな見たことのない城に来て、年上の人間に囲まれる。来弥は年上の人間が苦手だった。同じ学年の友人と呼べる者もほとんどいなかったが、同学年の人間にはしれっと自分を包み隠さずいればそれ以上は踏み込んで来ない。でも、大人は違う。親を幼くして亡くした過去を持つ〝可哀想〟な人間として踏み込んでくるからだ。その性質がどうにも苦手意識を植え付けてしまっていた。
コーラルがよいしょと、玉座を降りると、
「ちょうど飯の支度も終わっている頃だろう。一人増えたところで問題はない。着いて来い」
言って、入口の扉を開けると、二階へ降りて行った。来弥もそれに続く。
二階には色んな部屋があるようだった。そこの一室を開けると、中は賑わっていた。色んな兵士がテーブルに盛られた食べ物を皿に取り分けて、各々自由に食べている。
コーラルが登場すると、周りの兵士が、
「コーラル様! お疲れ様です!」
と口々に敬礼すると、コーラルは軽く手を上げ、
「おう、お前らもお疲れ様な」
言うと、コーラル様、コーラル様と口々に崇めるように兵士は口にする。どうやらかなり慕われているようだった。
コーラルは適当な席に着くと、来弥を手招きした。
「お前も適当にここにあるもの食べてくれ。酒もあるぞ。グレイシー、俺にも何か取り分けてくれ」
「かしこまりましたわ」
言って、所謂ビュッフェ形式のような食事の場で、来弥もコーラルの対面に座座り、剣とブラックジャックを置くと立ち上がった。食べ物の旨そうな匂いが部屋中立ち込めている。
来弥は皿を手に取ると、フライドチキンのようなものや、ポテトサラダのようなもの、それから適当に見た事のないような料理を次々と皿にこんもり盛ると、テーブルに戻った。
「お、これでもかってくらい持ってきたな」
がはは、とコーラルが笑うと、テーブルに置いてあった瓶を木製のコップに注いだ。それを自分の分と、来弥の分とに分けると、一方を来弥に勧めた。
「これも飲め! 祝杯といこうか!」
そのとき、グレイシーも、自分の皿とコーラル用の皿を持参し、テーブルに置いて、コーラルの横に座った。
「私も頂こうかしら」
言って、同じく木製のコップに酒を注ぐと、にこりと微笑み、
「ライヤ、助けてくれてありがとう」
言うと、コーラルも、頷き、コップを掲げた。来弥もそれに倣うと、
「イデア神の祝福あれ!」
「祝福あれ!」
と、コーラルの声に続き、グレイシーも唱える。来弥はそれを聞くと、酒を飲んだことが無いし、未成年だが、どうせ人を殺しまくって罪を犯しているわけだし、いいか、と思うと、ぐいっと一気にそれを飲んだ。ツンとしたアルコールの匂いが鼻に抜ける。喉をごくごくと鳴らすと喉が焼けるようだった。かなりのアルコール度数のようだ。液体の色は茶色をしていた。
「お、いい飲みっぷりだな! ライヤ!」
コーラルは嬉しそうににやにやする。それから来弥の無くなった酒をまた注いでやると、来弥はそれをまたぐいっと飲み干した。
来弥は、ぷはっと言って、グラスを置くと、
「もう一杯!」
言って、虚ろになり始めた目でコップを差し出す。
「おうおう、飲め飲め!」
コーラルは上機嫌に勧めると、来弥はそれもまた一気に飲み干してしまった。来弥は目の前がモヤがかかったように視点が定まらなくなっていたが、腹が減っているのを思い出し、目の前の食事を思い切りかきこんだ。ガツガツという音が聞こえてきそうだ。
それから食べ物を全て食べると、酒が身体にしっかり染み渡ったようで、途端、饒舌になり始めた。
「あんた、コーラルって言ったっけ? 俺は、なんでこんな場所にいるか全くわかんねえんだよ。でも、人を殺しまくって礼をして貰えるなんて思ってもなかったから、俺はこのまま生きていきたいって思わないでもないわけだ」
ひっく、と上気させた顔で言う。コーラルはそのよれた姿を見て、グレイシーの方を向くと、
「ライヤはどこの所属の者なんだ? 剣を持っているし、
「そうですわね。私と会ったときも、記憶が混濁しているようでしたわ。でも、彼の戦い方を見ていたら、
「それって、魔法無効化体質ということか!? 伝説にあるおとぎ話のようなものだと思っていたが、そんなことが出来る人間がこの大陸にいたとは……」
コーラルが、顎に手を添えて考える形になる。二人が真剣な話をしているのも構わず、来弥は今にも踊りだしそうに身体を左右に揺らし、
「でっさあ! もしかしたら俺は夢でも見てるのかなとか思ったわけよ。でも、夢ならそれで上等。人を今まで屠ってきた数は元の世界ではなかなかの数だったんだぜ! シリアルキラーとして世界に名を残せるくらいにさ。すげえだろ!?」
言って、あはは、と上機嫌に笑う。コーラルはそれを見て、
「そんな猛者なのか、ライヤは。そうだ。いい考えがある」
ポンと、手を打つと、にんまり笑い、
「ライヤをうちの軍の兵士にする! しかも、グレイシーを補佐に付けてやろう! どうだ、大盤振る舞いだぞ! もし、
言われて、来弥は「領地半分」と呟くと、ブイサインをして、
「おーけー、おーけー! 俺がそのレクイエムってのの領地を奪えばいいんだな? 殺しまくっていいのか?」
「ああ、ぜひ、殺しまくってくれ!」
ぴゅー、と来弥は口笛を吹くと、じゅるりと舌なめずりをして、
「殺しが堂々と出来るなんてここは楽園か! 誰も俺を咎める者はいねえ! あっはっは!」
狂気に満ちた顔をして雄叫びを上げる来弥。それを見ていたグレイシーはうっとりした表情で、
「戦いを恐れない戦士……。なんて気高いのでしょう……」
ほう、と頬を赤らめて目を輝かす。コーラルも、来弥の言動を見て、また酒を勧めた。
「今日は宴だ! ようこそ我が
言うと会場からはどっと声援が響いた。来弥はまた酒を飲むと、
「殺す! 殺す! 殺して俺は自由になる!」
言って、その場で立ち上がると、珍妙な踊りを披露した。グレイシーはそれをうっとりと眺め続けていた。
宴は深夜までに及んだ。来弥はすっかり酔いつぶれてしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます