第162話 最後の徳

「カオルちゃん! ペロさん!」


 海野さんの声が震えている。

 俺のいた場所には、真っ二つになったペロと、腹の奥まで切り裂かれたカオルがいる。

 ペロは一瞬だけ視線をこちらに向けて、カオルに残っていた気を流すと息を引き取った。カオルは海野さんと明石さんの治療を受けているが、助かるかわからない。


「ちっ。別のやつを切っちゃったじゃ無い。せっかくワイト様の転移で不意打ちできたってのに」


 王女がそう言いながら睨みつけて来た。


「あんた弱いくせに、一番厄介で嫌い。あんたから洗脳しておけば良かったわ」

「俺もお前が嫌いだよ」

「減らず口もこれで終わり。すぐに後を追わせてあげるわ」


 倒れている俺に鎌を振り下ろそうとしていたが、上空から王女目掛けて飛来する音が聞こえる。


「邪魔ばっかり。そっちも切り裂いてあげる」


 落ちてくる物体に、上手く鎌をぶち当てるが、切り裂くことは出来ずに押しつぶされてしまった。

 その衝撃で穴が出来、俺も弾き飛ばされる。


 土煙が落ち着いて、穴から出て来たのは手足の生えた金属の塊。そいつが右手で頭だけになった王女を掴んでいる。


「残念! ヴァンパイアだけじゃなくて機人がいたら勝てないわね。先に行ってるわ。バイバーイ!」


 その機人に穴へ放り込まれ、火炎放射器で燃やされると、灰になってようやく魔力も消え去った。


「カオルは!?」

「ダメです! 回復できません!」


 切り裂かれた場所も再生する気配が無い。変な魔力が取り憑いているせいかと思ったが、そこだけ弾き飛ばしても、魔力が全身から湧き出るように傷口を塞ぎ直す。


「マスター。少し延命します」


 機人がカオルの前にくると、その体からチューブを出し、カオルの傷口に取り付ける。


「おい。助かるか?」

「助かりません。数分話せるようにしただけです」


 わかっていたことだが、事実を言われると悔しい。


「仙術では治せないんですか!?」

「無理だ。明石さんの回復のほうが効果が強い」


 そんな問答をしていると、カオルが声を出した。


「まだ、みんながいる」

「カオル」「カオルちゃん」「カオルさん」


 機人は「マスター。あまり時間無いです」と教えてくる。


「カオル! 言いたいことを言え。全部聞いてやる」

「さすがは師匠です。言いつけ通り、立花君を助けてやりました。最高の嫌がらせになりましたか?」

「なった!」

「ふふ。あとは……死んだ後過去に戻れますか?」


 戻れると言いたいが、わからない。もたついていると、機人が答えてしまった。


「同じ世界は、ほぼ不可能です」

「おい!」


 さすがに怒ってしまう。


「良いんです。違う過去へ行ってみたい。記憶は無くても見てみたい」

「……本当に良いのか?」

「はい」

「任せろ!」


 カオルが見える位置に陣取り、他の奴らと話させる。それはほんの2、3分。


「短い間だったけど、楽しかったー」


 息を引き取った後、すぐに全身を気で覆う。


「ゴン! 保存だ!」

「承諾しました」


 俺たちの行動に周囲の人は驚くが、そんなのに構う暇は無い。


「海野さん。ドラちゃん呼んできて」

「え?」

「挨拶したいって言えば来るはずだ」

「わ、わかりました!」


 他の人たちもここから先は危険だと言って、遠く離れてもらうことにした。

 最大限の力でカオルに気を送り込む。安定し始めたところで、やっと会話する余裕が出て来た。


「ドラちゃんから聞いたぞ。宇宙に行きたいんだって?」

「先に言われてましたか」

「2つだけ命令する。それが終わったら俺の権限を解除する」

「えぇ!? 良いんですか?」


 なんでこんな人間臭くなってしまったのか。とりつけパーツは正規品だったと思うんだけどな。


「良いぞ!」

「やったー。それで命令は?」

「1つ目は、カオルを西暦2150年に送る時、時間の調整をやってくれ。」

「エネルギーは?」

「俺が出す」


 こうやって黙るところも人間臭い。


「2つ目は」


 ふところから日記帳を取り出して投げ渡した。


「その日記の最後をゴンが書いてくれ。読み取れるだろ?」

「わかりました」

「抜けてるところは、補足もしておいてくれ」

「わかりました」


 そこでドラちゃんがやってきた。


「ゴンも居たのか」

「先に来て、もう色々話した。それにしても、お互いボロボロだね」

「後手に回りすぎちゃった。この子にも可哀想なことを……」

「たぶん気にして無いよ」


 ドラちゃんがカオルの様子を見て怪訝な表情になった。


「挨拶がしたいって聞いたけど?」

「まぁ、聞いてくれ。カオルが最後に、違う世界でも過去に行きたいと願ったんだ」

「でも、そんなエネルギー無いでしょ」

「色々落としたり無くしたり、取られたりしてるんだろうけど、これだけは全部残ってた」


 左手で懐の一番隅っこに隠していた物を取り出す。金色に光る粒が数十個。それをカオルの胸の上に置くと、体に溶け込んでいった。

 これで大体の準備は終わった。


「おい! ノールの様子が変だって呼ばれたぞ」

「ノーリも来たか」

「そこの奴は! ……残念だったな」

「気にするな。それより面白いものを見せてあげるよ」


 腰の枝が震え出したので、存在を思い出した。こいつにも何度か助けられたな。ここの土地もその内元気になるだろう。横に植え付けて聖水を与えておく。


「2人には悪いけど先に行くね」

「ミノちゃんにそういう言葉は合わないぞ?」

「そうか。そうだな! 俺は寿命から逃げ切ってやったぞ!」

「それでこそだ!」


 ノーリも呆れた表情になっている。


 最後のひと仕事だ。

 カオルの体に纏わせた気で、体の中心部にある小さな灯りを包み込む。

 その浮かび上がった灯りを左手で掴み取った。


 自分の体に流れる時間をさかのぼって行くと、あるタイミングで硬い物体に肩を叩かれる。

 そこに溜め込んだ気を放出していく。

 体から力が抜けて行く感覚と強烈な眠気におそわれた。


「おやすみ」

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