第150話 雨降らし、材料調達

 夜が開ける前に動き始めるのは何日ぶりかな?

 浮きくらげたちは、すでに畑に向かい始めている。


「おはようメサ」

 ぷるぷる。


「これからしばらくカオルたちを頼みたいんだけど、良いかな?」

 ぷるぷるぷる。


 この程度なら断らないよな。

 お礼にいくつか蓄えていた毒キノコを放出する。

 すると、わらわらと他のくらげたちも集まってきた。


「悪いけど、分配はそっちでやってね。じゃあ、行ってきます」


 くらげたちの揺れる触腕に見送られつつ、近くの山へ向かう。

 師匠くらい仙術が上手ければ、平原でもすぐに雨を降らせることが出来るだろう。だけど、俺がやるなら最低でも高い山の中腹まで行かないと、上手く気流を操作出来ない。


 目的地まで到着すると、見晴らしが良く、瞑想をしたくなる。


「何の仕事もなきゃ、ゆっくり瞑想するんだけどな……」


 それは全部終わった後にやれば良いか。

 近くにいる精霊達を呼び寄せて、自然との調和を開始する。

 体から出ている気を薄く伸ばし、空気に溶け込ませていく。

 徐々に広がる気で世界を感じながら、ゆっくりと時間を掛けて空気を少しずつ動かす。


 3日かけて山の片側の空を掌握すると、強い風が流れてきた。

 その風に気を絡み付かせる。

 がっちりと掴んだことを確認したら、勢い良く上空に打ち上げる。

 俺の前に流れる風は、轟音を上げて噴き上げ続け、時間が経過する程、上空に黒い雲を作り上げていく。

 まだまだ雲は大きくする必要がある。

 敵軍全体に降らせるならあと3倍、この山を覆う程の大きさが欲しい。


 さらに2日かけて雲を大きくした。

 ここで懐から小瓶を取り出し、中の液体を気流に乗せて雲へ届ける。


「無事に紛れ込ませられたかな。さて、雲を流すか」


 山の上空に溜め込んだ雲に、向きを変えた気流をぶつけて押し流す。

 ずっと遠くで、形も見えない敵へ向かわる。


 さらに3日、淀んだ気が漂う一帯に雲が辿り着く。

 目の前の気流に強い気を叩きつけ、雲に向かうのを確認したら、あとは雲に任せるだけだ。


 1時間後、遠くの空に一筋ひとすじの光が見えた。


「はぁぁぁ。疲れた。こんだけ時間かけてあれだけだし、ここらの雨も降りづらくなるから、コスパ最悪だよな」


 途中の池で水でも汲んで帰るか。




 大きなたるを抱えて帰ると、ちょうど3人が飯を食っているところだった。


「実さんおかえりなさい。終わったんですか?」

「なんとかね。2回目はやりたくないなぁ」


 集中して疲れた脳を休ませたい。

 そうだ。明石さんにはお礼を言っておかないとね。


「明石さんの聖水使わせてもらったよ。ありがとう」

「いえいえ。あの程度なら構いませんよ」


 実際、あの聖水の使い勝手は良いと思うんだ。

 聖域を展開するなら明石さん本人が必要だし、ダンピールを巻き込むと弱体化させてしまう。聖水なら選んだ場所と相手に使えるから、兵士たちに持たせておけば、勝手に使ってくれるだろう。


「と思うんだけど、どうかな?」

「確かに、ダンピールたちがいると意識して抑えているでしょうし、良いかもしれませんね。使わないにしても、作っておきましょうか」


 という話になり、大量の樽を買いに行くことになった。




「カオルちゃんに一度だけ連れて行ってもらったんですよ! まさかデパートがあるなんて!」

「ウィンドウショッピングなんて、いつぶりだったんでしょうね? 私も楽しめました」


 かしましい会話をしているが、買うのは樽だぞ?

 数も多めを想定しているので、浮きくらげたちやペロ君も総動員している。

 そんな物々しいメンツを面白がってか、店の前で待たせていると野次馬が増えていく。


「俺が見張ってるから、店員呼んできて」

「はい」


 数分後にやってきた店員もビックリしていたが、すぐに表情を戻してこちらの希望を聞いていた。


「これが今、ウチの出せる在庫すべてです」


 人の身長ほどある大きな樽を合計20。

 思ったより集まったのでホクホク顔になりそう。

 だけど、もう1個の頼み事を言い忘れていたことに気づく。


「ごめん。小瓶も大量に欲しいんだけど、そっちはある?」

「でしたら、希望の数量を後日届けましょうか?」

「おぉ! 助かるよ」


 希望の数を伝えると、一瞬肩が跳ね上がり「うけたまわりました」と言って店の中に引っ込んでいった。


「この人だかりは何にゃぁぁぁ!」


 聞き覚えのある声が近づいてくる。


「副長! ちょっと! 子供じゃないんですから、肩に乗らないで」


 野次馬達の奥から、左右へ大きく揺れる獣耳が見える。


「実さん。あれって」

「あいつしかいないよなぁ」


 見えなくて痺れを切らしたのか、野次馬共を押しのけてやってきた。


「アチキにも見せるにゃ!」

「相変わらず元気だな」

「ん? おっさんにゃ? すごいのは無いのかにゃ?」


 遅れてやってきたのは、コリンだったな。


「ノールさんでしたか。いや、実さんでしたね」

「どっちで呼んでも良いよ」

「では、実さんで。すごい数の樽ですねー」

「ちょっと使い道があってね」


 そこでふと思った。

 聖水を傭兵たちにも配った方が良いなと。


「ノーリって館にいる?」

「師団長は、今城に行ってます。伝言しますか?」

「助かる。明日で良いからウチに来てと伝えてくれ」

「わかりました」


 コリンがメモを書いたのを確認していると、横からミコが掴んで揺らし始める。


「飽きたにゃ! パトロールの続きにゃ!」

「ちょ、ちょっと! パトロールって食べ歩きじゃないですか!?」

「あっちから良い匂いにゃ!」


 コリンが一瞬こちらを向いたが、顔をミコに戻すと遠くにいる。挨拶などする暇も無く走り出し、2人が周囲の視線をかっさらって消えて行った。


「水汲みもあるし、そろそろ戻ろうか。」


 そこで動かない海野さんと明石さん。


「どうかした?」

「「かわいいー」」


 家の場所はわかるんだ。

 放置して帰ろう。

 クネクネと悶える2人を残し、ひと足先に家へ帰る。


「さすがペロちゃんです。1人で6樽は自慢ですね」


 フフンと鼻息強く、ペロ本人も自慢げにしている。

 結構乱雑に巻きつけたつもりだったが、バランス良く持ち運んだねぎらいは必要だよね。


「何か欲しいのある?」


 ペロに聞くと、俺の懐をフンフン押し始める。

 持ってるものに興味があるのかな?

 縮小化していた物品を取り出していくと、いくつか興味を持っていた。


「実さんの服ってどうなってるんですかね?」

「服じゃなくて技だよ。それよりペロはどれが欲しいのさ?」


 ペロの視線は2つを行き来している。

 片方は獣王国の地下で取ってきた遺物のカケラ。

 もう片方は、霊峰に住んでいたロック鳥の羽。

 どちらか決められず、胴体ごと左右に揺れる様子が面白い。


「こんなに迷うペロちゃんも珍しいですね」


 最終的に決められず、カオルを前に立たせて決めてもらおうとしている。


「どっちを選んでも恨まないでくださいよ? うーん。謎金属と大きな羽ですか……」

「金属は世界が融合する以前の物で、こっちの羽はロック鳥の物だな」

「なんですかそれは。どっちも凄すぎて選びづらい」


 散々迷って選んだのは、ロック鳥の羽。


「どうしてそっちにしたんだ?」

「ペロちゃんはファンタジー生物なので、変な金属でお腹壊すかと思いました」

「ぷ。そんな理由か」

「こんな貴重品なら、深く考えたら選べませんよ。そのくらいの理由で良いんです」


 カオルが選んだ羽をペロに渡すと、ムシャムシャと食べ始めた。トカゲで表情が薄いと思ったが、恍惚こうこつとした目を見ると可愛げがあるよな。

 そんな風に眺めていると、食べ終わった瞬間、ペロが光り輝く。

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