第139話 夜の王の起こし方

「なかなか良い場所ですね」

「一番古い家ですが、大丈夫ですか?」


 石造りで頑丈そうだが、あちこちに蔦は絡まっていて、山賊の住処と言われそうな見た目。

 ただ、庭が広めに作られていて、井戸付きと便利だった。


「掃除すればまだまだ使えますよ」

「そういうことでしたら、あとはお任せいたします」


 新しい住処も決まり、これから掃除したいところ。だけど、城からの使いが今朝やってきた。渡された文書には、昼から予定を開けてるので、本日来てくれと書いてある。

 もっと余裕を持って話がくると思っていたんだが、予想以上に忙しいのかもしれないな。


「さぁ、城の飯を食いに行こうか」





 宿に戻ると若い執事が待っており、せかせかと城へ案内された。

 エリンと俺以外は、服装を気にしていたが、特に気にしない王様だと言う。


 赤い絨毯のフカフカとした感触を楽しみながら歩くと、奥に豪華な扉が見えてくる。

 左右の壺や絵画も煌びやかで、お金持ち感が漂っていた。


「こちらが謁見の広間となっております」


「王様ってすごいんだな」「金ピカいっぱいね」「あの服の作りが」などそれぞれの感想を述べている。その後ろに目が痛くなった俺と、ニヤニヤするエリンが並ぶ。


 一拍置いた後、執事の連れてきたという言葉を扉に掛け、渋い声で「入れ」と返ってきた。

 何の面白みも感じないが、みんなが楽しんでるので口を噤んでいる。


 扉を開けると、黄金の玉座が目に入り、甘い花のような香りが漂っている。

 執事に先導されてしずしずと中に入ると、玉座から10m程で止められ、その場で跪く。


「おぉ! 良くきてくれた! 久しい友よ!」


「おい。エリン呼ばれているぞ」

「いや、お前の知り合いなんだろ?」

「バカが、あんなイケメンの知り合いなんぞおらんわ」

「ぷぷ。ブルンザ王さん? そんなこと言われてますよ」


 顔は下を向いているが、気配でわかる。宿で見た絵画の人だろう。

 予想通り王様は別人だったようだ。

 またドラちゃんを探さないといけないかと思っていると、その王様が笑い出す。


「ははは! やはり騙せぬか」


 騙すって俺たちのこと?

 話についていけないな。


「エリン殿は知っているが、私は宰相にあたる立場だ。影武者もやっている」

「はぁ。そうですか」

「反応薄いな……。そなたの知るかもしれぬ王は、眠りについていて、なかなか目覚めぬのだ。本日の要件は、王が目覚める前に、本人か確認しようと思うて呼んだのだ」


 どうやって確認するのか気になる。思い出話でもするのか?


「服装も風貌も聞いていた通りだ。あとは……血液を1滴もらえるだろうか?」

「そのくらいなら良いですよ」


 執事の持ってきた針で指を刺し、血を皿に落とす。


「うむ。それを罪人に付けろ」


 すると、縄でグルグル巻きにされた男が、兵士に連れられてきた。


「くそぅ! 何をするつもりだ」

「この血を……お前につけてやる」

「やめろー! やめてくれー! やめるんだー!」

「へっへっへ。 犯罪したことを後悔するんだな」


 側から見ても、どちらが悪人か見分けがつかない。というかあの兵士大丈夫か? 痛ぶるのが好きな奴は、あまり増長させちゃいけないと思うんだが。

 罪人らしき奴も、反抗していたものの、血の入った皿を見ると態度を変え始めている。


「へへ。ただの血じゃないか。いくらでもやってみろよ」

「生意気な。これでも喰らえ!」


 兵士がさじで罪人に血を擦り付ける。


「脅かしやがって、何にもおこらないじゃ無いか」

「顔が赤くなってるぞ」

「え? 確かに体が暖かい……いや、かゆい。かゆい! かゆいかゆい!」


 縄ごと地面にこすり付け、全身を掻こうとする。その姿は、ミミズがのたうち回る様子に似ている。

 端で転げまわる罪人を見つつ、宰相が納得したように頷いていた。


「うむうむ。話に聞いていた通りだ。これで本人と確認が取れた」


 俺には、なんでそうなったかわからないが、話が進んだから良いやと思っている。

 ただ、カオル達は理由を知りたかったのか、宰相に質問をする。


「あの。なんで痒がっているんですか? 長生きとは聞いてますが、それでもただの血ですよね?」

「ふむ。私も又聞きなんだが、ミノ殿は様々な毒を克服されてきたゆえ、体の成分がヴァンパイアにまで効果が出るようになった。と言う風に聞いている。詳しくは後ほど王に聞いていただきたい」


 宰相がおもむろに立ち上がり、着いてこいと指示してきた。

 その後を着いていくと、道幅が狭くなり、徐々に暗くなっていく。

 一番嫌だったのは、歩きながらマントや冠をポロポロ落としていくこと。あんだけ煌びやかにしてるんだから、ちょっとは大事に扱えよ!

 床は絨毯で柔らかく綺麗だと言っても、投げ方は雑だし、心底嫌そうに落としていた。


「まったく、変な各式なんて作ったせいで面倒な飾りだらけ、王も早くアホな奴らなど消して仕舞えば良いのに」


 強烈な殺気が混じっていて、背筋がゾクリとした。若い3人は冷や汗までかいている。


「あぁ、すまんすまん。君達のことではないんだ。それより、もうすぐ着くぞ」


 案内されて、辿り着いたのは、洞窟の壁剥き出しで作られた寝室。中心に棺桶が置かれ、その上に天蓋が着いている。


「あの棺桶で眠られている。我々では起こせないが、ミノ殿なら起こせると聞いている。どうだ?」

「なんだそれ。寝起き悪いから俺も嫌なんだけど」

「我々だと。それすらも出来ないのでなぁ」


 仕方ないと棺桶に近付くと、確かに知っている気配。かすかに漏れる程度だが、強烈な力を感じる。


「この棺桶も昔と同じ構造か?」


 コンコンとノックしつつ、仕掛けを探ると、サイド部分に極小の穴を見つけた。

 そこに気を流し込み、第一の鍵を開ける。

 反対側に周り、今度は同じような穴を吸引する。

 穴が塞がったのを確認。


「ここからどうするんだっけ……えっと。あれだ」


 次々とギミックを解除していき、10個目を外し終わると、ようやく蓋が空いた。


「ノールも良くやるねぇ。こんな細工誰がやったんだい?」

「王が昔から持ってたみたいで、私も知りませんな。歴代の宰相も教えてもらえてないことです。」


 俺もはっきり覚えてないけど、何人かで考えながら作ったんだっけ。


「あとは本人を起こすだけなんだけど……」


 宰相の顔を見ると、すごいキラキラした目で見てくる。正直言うと、彼の前で起こすのは気が引ける。


「本当に起こして良いの?」

「どうぞどうぞ!」

「それなら、えい!」

 パシン!


 部屋中に弾ける音が響く。

 周りの全員が唖然とした表情でこちらを見ている。


 パシン! パシンパシン! バシィ! ドンドン! ドコドコ!

 右左右左。時々アッパーからのボディ。


「ちょちょっと! 何をされるのです!?」

「いや、起こしてるんです」

「起こすって、殴ってるようにしか見えませんが……」

「こいつ殴らないと起きないですよ。あ、やば!」


 不穏な気配を感じたので、宰相を引きずって離れる。


「人が寝てるのにバシバシドコドコ叩きやがって……どいつだ!」

「俺だよ」

「んー? 誰だぁ? んー……スー」

「寝るな!」


 置いてあった杖を投げつけると綺麗にキャッチされる。


「んー。なんか懐かしいような……お? おぉ?」

「やぁ」

「ミノちゃん! 久しぶりー! 起こしたのミノちゃん?」

「そうだよ。相変わらず寝起き悪いねー」

「これだけは変わらないんだよね。でも、叩かなくても出来たんじゃ無いの?」

「だって、あとは目にレモン汁入れるくらいしか効果無いでしょ……」


 レモン汁は相当嫌だったのか、眉間と鼻に無数の谷間が出来ていた。

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