第106話 森林演習

「2日も敵に会わないのは運が良いな」

「覆面もそう思う?でも、今日あたり小さめのが来るよ」


 早朝にそんな話をしていると、見張り以外の3人が起きてきた。

 欠伸をしながら昨日汲んでいたいた水で顔を洗っている。


「あんなのが見張りやってパーティーなら、翌日には抜けてるよ」

「レン……覆面1。それは昨日ノールが言ってただろう。あの子達は初心者なんだよ」

「覆面2は、見張りの子が担当だっけな。相当気に入ったのか優しいじゃないか」

「うっせ」


 朝一にケンカしないで欲しいよ。

 4人が昨日採ってきた野草を食ってるけど、かなり渋い顔をしている。


「ノールはいつまで面倒見るつもりだ?」


 詳しい期間は考えてなかったけど、日本の成人は20歳だったのを基準にすると。


「彼らの国だと成人まで3年かな。俺が耐えられるなら、それから先も面倒見て良い」


 覆面達のスキマから大きく開いた目が見える。

 そこまで驚くことか?


「さすがに長すぎるだろ」

「そうね。知り合いでも無いんでしょ?」

「お前もやりたいことあるだろう」

「人生を削ってまですること?」


 今まで黙ってた覆面34も話に入ってきたよ。

 そうか、ここでも感覚のズレがあったな。

 長命種であることを伝えると、すぐに納得してくれた。


「会ったことは無かったけど、気長だってのは聞いたな」

「私の爺さんがそれらしい人に助けられたって言ってたっけ」


 そろそろ教え子達が動き出すぞ。

 朝一の水汲みが日課になったかな。

 だけど、今日も安全だと思わない方が良いぞ。


 覆面1に目で合図すると、一足先に水場へ向かって行く。

 気配に映る生命の形は、小さな人型。


「あれはゴブリンね。見えるのは1匹だけみたいだけど」


 見えるのは1匹だけど、奥に2体隠れている。


「始めてゴブリン見たけど、想像通りだね。」

「ノールは知らなかったのね。でも厄介よ。話してる時間は無さそうね」


 到着しちゃったな。

 注意して見ているけど、ひょっこり顔出したら意味ないよ。

 ゴブリンは草に隠れていた。


 4人は普通に会話しているし、どうなることか。


「さっさと水を持って帰りましょう」


 たまたま、見つけた壺に水を汲んでいる。


「よしよし。じゃあ行くわよ」

「あっあ。トモエちゃん!」

「危ない!」


 トモエを庇ったあおい君が棍棒で殴られて気絶する。


「あおい君! みんな逃げてください!」


 海野さんが石斧を持って向かい合うが、体が震えている。


「先生! 後ろからも!」

「わ、わたしも戦う!」

「カオルちゃん! 危ないわよ!」


 カオルと海野さんは覚悟を決めた。

 あおい君も動いた。

 あとはトモエだけ。


「私は嫌よ! 逃げるわ!」


 そう言ってゴブリンを抜けようとするが、背中を叩かれて転んでしまう。

 倒れている2人を持ち帰ろうとしているな。


「ここまでかな。一旦止めよう」

「「「「了解」」」」


 木から飛び降りた覆面達が一瞬でゴブリン達を仕留める。

 俺も一緒に降りたけど、こちらに向かって近づく大きな反応を感じた。


「簡単な治療する。ちょっと警戒してて。カオルと海野さんも警戒」

「「は、はい!」」


 あおい君を賦活しつつ、薬草を貼り付けておく。

 ただの脳震盪だね。


「トモエ。やられちゃったね」

「うぅ。嫌な奴だって言うの」


 選択肢としてはありだった。


「逃げろと言ったのは俺だよ。でも、残念ながらトモエが逃げられる相手は、この世界にいないんだよね」

「絶対逃げられるようになる」


 良い答えだが、1個足りない。


「まず見つからない努力からだね」


 唸るだけで返事は無い。


「聞いてたね? あと4日だけど、森の生活は良いよぉ。」

「ノール長すぎだ。来ちまっただろ」


 覆面の指す方に大きめの豚が2足歩行で歩いてくる。


「オークかぁ。脂っこくて俺は苦手だな」

「あたしは好きだよ」


 え?食べるの?

 食べれるの?


「オークって豚なのね。豚肉が懐かしい」

「カオル君。君は今何と言ったかね?」

「え? 豚のこと? ノールさんどうしたの」


 なんという幸運。

 君に感謝しなければいけないな。


 オモムロに近づく俺がムカつくのか、手に持った巨大な斧を振りかざしてきた。


「ブォォォォ!」


 斧を避けて懐に入ると、腹の肉質を確認する。

 1たぷ。


「なかなか良いじゃないか」

「ブフォオ!」


 何度も何度も斧を叩きつけてくるが、右へ左へ背中に回ったり。


「あぁ。待ってたんだよ。ずっと完成しなかった一品がようやく作れる。」


 覆面達が遠巻きに俺を見守っている。


「なんか、あいつ雰囲気が変わって無いか?」

「ちょっと近寄りたく無い」


 腕をしならせ、勢いを殺さないように体も回転する。


「手先の動きが見えない」

「風音が……」


 起きてる3人も似たような反応。


「ノールさんて一体」

「回りながら全部避けてます」

「ちょっと。マジでヤバい音してるわよ」


 外野が煩いけど、今だけは許してやろう。

 無駄な殺生は良く無いんだが、これは必要なことなんだ。


「師匠! 今だけはご勘弁を! これが私の行く道なんです!」


 腕からブォンブォン風切り音が聞こえてくると、ちょっと前のことを思い出す。

 前にも、やったことあったな。

 まずは、回転と気の勢いを斧に直撃させると、バキッと壊れる音と共に飛んでいく。


「ねぇ。今の斧壊れたわよね!」

「た、たぶん」


 スラム街の時は、倒さないように気をつけた。

 だけど今回は止めない。

 返って苦しめてしまうかもしれないからね。


 背後から飛び上がって、使ってない腕を頭に絡ませる。

 腕の初めは鈍く重い音。

 最後の手のひらが顎下に触れた瞬間、パーンと破裂する音がした。


「うっわ。なんてもん見せやがるんだ」

「げぇ。あれなら剣で切った方がマシじゃない」

「本人の言う通り、避けは一級品だったがな。」

「いや。それでも最後が悪すぎよ」


 覆面達は各々批評するけど、剣の適正は皆無かいむなんですわ。

 生徒達は嗚咽おえつするだけで何も言わない。


「すまんなチャーシュー君。君の命は無駄にしないよ」


 すぐに血抜きして解体。

 保存と縮小化で帰るまでは持つだろう。

 あおい君が目を覚ましたようだ。


「あおい君も起きたね。大丈夫?」

「うーん。ノールさん? 敵は!? みんな大丈夫?」


 あおい君が全員を見つけると肩を撫で下ろしていた。


「良かった」

「全然良く無いわ。見てなくて良かったわね」

「「うんうん」」

「え? どういうこと?」


 訳がわからないという表情のあおい君と青ざめた顔の3人。


「じゃあ、俺たちは行くね。あと4日頑張ってくれ」

「待って!」


 木の飛び乗ってから言い忘れたことを伝える。


「次も助けが間に合うと良いね」


 それだけ言ってまた隠れる生活。


「「「「え」」」」


 さぁ、これからが本番だぞ。

 しんばらくすると、慌てていていた子達が拠点へ戻って行った。


「ねぇ。」

「覆面2さん。何か?」

「その名前……良いわ。それよりさっきの技『鞭打』ってやつでしょ?」


 使う人が増えたのかな?


「よく知ってますね」

「昔爺さんが言ってたの、大陸の西端に居た時に見たことあるって。それを最初に教えた人が恩人だと言ってたわ」

「ほー。そんなことがあったんですね」


 その先も何か言いたいのか、口元がモゴモゴしている。


「あの子達のお守り手伝ってあげるから、『鞭打』を教えて欲しいの」


『鞭打』を?

 立派な剣を使えば良いじゃん。


「必要ないでしょ?」

「爺さんは亡くなったけど、婆さんに見せてあげたいのよ」


 そういう理由なら教えても良いかな。

 人手も増えて、ちょっと余裕できるかも。


「良いよ。じゃあ、演習が終わったら、暇な時に家に来て」

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