第105話 危機感なし

今までそれなりに教えてきたと思うけど、一番覚えが悪い。

ちょっと走っただけで座り込むし、それでも楽観的に笑っている。

その様子が、この子達は命の奪い合いが無いところからやってきたんだと再認識させられた。


「ちょっと待って……みんなノールさんみたいに強く無いんですよ」


走ってた足を止めて海野さんが言い出す。

その言葉は正しく無い。


「俺は強く無いよ。チンピラ程度なら追い返せるけど、本当に強い奴に会ったら逃げるしか無い」

「それでもチンピラを倒せるんでしょ?ノールさんがいるなら安全じゃない?」


一番危機感が無いのはトモエだ。

いつまで守ってもらうつもりなのか。

守りたいという意識のある海野さんですら、全然足りないと思えてしまう。

もっと必死になって貰わないと、いくら教えても砂のように溢れてしまう気がした。


昨日ナイトから周ってきた情報を思い出す。

勇者君が変わらず主導権を握り、例の3人も他では好き勝手している。

そして、そろそろ外部への遠征も計画されているらしい。

町へ出てくるのも近いだろうな。


家に戻ると、全員に出かけてくると伝え、レンジャーの元へ向かった。



「ノールか。どうかしたか?」

「頼みがある」


召喚者の現状を伝え、ちょっとした訓練の協力を求めた。


「やっても良いが、その期間だと報酬出さないといけないな」

「わかっている。1人金1で4人分だ」


訓練の合間に取ってきた薬草で稼いだ全額を渡す。

4人には一通り道具も渡したし、金が無くても食料調達は出来る。


「明日の早朝に頼む」


レンジャーが頷くのを見たら歩き出す。

途中で食材を買った帰り、頭の中で声が溢れてくる。

これで良いのか考えたりもするけれど、面倒見る約束しちゃったからな。

ナイトの言葉なんて無視すれば良かったと思うが、昔から変なところで責任感が発動する。

そう言えば、この責任感に縛られるのが嫌で山に籠ったんだっけか。

良くも悪くも、あの子達は記憶を思い出させてくれる。




「ノールさん! みんなも少しずつ単語覚えていますよ」


家に帰ると海野さんが嬉しそうに話しかけてきた。

言う通りに簡単な単語は話せている。


「疲れたー。いつもの気とかいうのやって」

「ちょっとトモエさん。ノールさんは帰ったばかりだよ」


アオイ君は優しいな。


「大丈夫だよ。それと賦活な。お前達も覚えるんだよ」


1人1人頭に手を置いて全身に気を流す。


「あー。いつもながら不思議な感覚」

「頭も体もスッキリしますよね」

「これをやってから覚えが良くなった気がします」

「うん……」


孤児達の相手してた時は、好き勝手に質問して自分たちで色々試していた。

城に残ってたら自覚したかもしれないけど、ヒドイ目にあってたかもしれない。

明日の訓練を考えると億劫と楽しみが半々。

あとはやるだけだ。


みんなに寝る前の挨拶だけすると、1人で町の外の森へ向かう。




一通り作業を終えて戻ると、空が白んでいた。

家の前には覆面の4人がいる。


「レンジャー。お待たせ」

「今はそう呼ぶなよ。全員『顔無し』で良い」

「じゃあ『顔無し』さん達。始めようか」




_______________


肌寒さで目を開けると、私の視界は木と草で埋め尽くされている。

家に居たんじゃなかったの?


「みんなは」


先生、トモエさん、アオイ君は寝ている。

ノールさんはどこ?

とりあえず、みんなを起こさなきゃ。


体をゆするとすぐに起きた。


「んー。ちょっと寒いです」

「ここどこ?」

「え? 何で外にいるの? カオルちゃんわかる?」


私に聞かないで欲しい。

わかる訳ない。


頭上からガサリという音がすると、体がこわばる。

ゆっくりと上を見るとノールさんが枝に乗っていた。


「みんなには1週間森で過ごしてもらう。この拠点を使っても良いし、他に作っても良い。ちゃんと道具も持ってきた」


各々不満を言うけど、話を聞いてくれる雰囲気じゃない。

いつになく険しい顔。


「危機感が足りない。ここで変わらないと生きていけないよ」


誰も返事しない、出来ない。

それを見てノールさんは話を続ける。


「ここら辺で食べれる食材の資料は置いてある。ルールは一つだけ。4人で生き残る。じゃあね」

「待って!」


トモエさんの声も聞かずに消え去った。

ずっと見てたはずなのに、元々いなかったみたい。


「まずは現状の確認をしましょう」


先生がまとめてくれて良かった。

置いてあったのは、石の斧やナイフ。

少なめにして2食分の食料と大きめの鍋。

2つ組の石が2セット。

石はノールさんに教えてもらった火打ち石だよね。


「最低限の必要な物を互いに言っていきましょう」


出てきたのは、水・寝床・薪・食料だった。

ノールさんが時々言ってたこと森の過ごし方。

少しは覚えられているみたいで良かった。



_______________



「警戒なんて皆無かいむで、まるで赤子じゃないか。ノールはあれの面倒を見てたのか?」

「事情は説明しただろ?あまり悪く言ってやらないでくれ」


俺がそう言うと、覆面ジャーは悪かったと自分の頭を軽く叩く。


「あの巻き髪の子は私が見るよ」

「ピー……じゃなくて、覆面さんお願いします」


言いかけたけど、厳しい視線が飛んできて止められた。

1人ずつマンツーマンでの見守り。

俺は全員の見回りと、少しだけ森で採取。


「しばらくは揃って行動するのかなぁ」


言葉通り、4人で動き出した。

海野さんがまとめ役なのは予想通りだな。

最初は水を探すみたいだけど、水場はそっちじゃない。

枯れ枝も拾わないと夜に間に合わないぞ。




「先生。こっちは坂を登ってますよ。水場なら下りじゃないですか?」


アオイ君良いぞ。


「それなら左手側ですね。けど戻れなくなったらどうしましょう」

「このナイフでしるしを」


口下手だけどカオルも頑張ってるな。

わかりやすい場所にしたおかげか、水場は見つけられたな。

だけど、そういうところには動物が出やすい。


「あったわ!行きましょう!」

「トモエちゃん待ってください!」

「先生なんでよ」

「ノールさんが水場は危ないって言ってました」


ちゃんと聞いてたようだな。





「ノールはそんなことも教えてるのか?」


覆面ジャーが気になってるので、教えていることを一通り伝える。


「そこまで教えるのか!? 役人達が召喚された者達は強いと触れ回ってたが、眉唾物まゆつばものだな」


そんなことを言ってるのか。


「あの子達は弱いスキルみたいだったからね」


よく考えてみるとスキルを使ったことが無かった。

使い方を聞いてみると、念じるだけで使えるらしい。

試しに逃走術を念じると、足に魔力が纏わりついて強化される。

そのまま走ろうとすると消え去ってしまった。


聞いてみると「スキルに沿った使い方以外は出来ない」と言われてしまった。


「これなら、魔力操作で自力強化した方が良いんじゃないか?」

「出来るならその方が良い。実際そうしてる人もいるよ。出来ない奴が多いだけさ」


手っ取り早く使える便利能力という位置付けみたいだ。

たまに、強力なスキルを得た者が出て、そんなスキルは自力で操作出来ないレベルや威力だったりする。

勇者君の能力がそれだろうな。

そんな彼は、城でたまに俺の愚痴を言ってるらしい。

本当に勘弁してくれよ。


「ナイトに言われて安請け合いしちゃったけど、失敗したかなぁ」

「お前の教え方聞くと、言われなくてもやってたと思うぞ」


そうかもしれない。

やらないと後悔するのがわかってたらやる。

それでダメなら逃げるのが基本スタンスだからな。


教えながら逃げるのは骨が折れそうだ。

頼むから、今回の訓練で危機感持ってくれよ。

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