第33話 スラム街攻防戦(裏)

 ここは長命会の会議室。


「ノールさんからの情報ですが、明日本格的に動き出すらしいわ」


 ペトラが切り出す。


「最悪うちの兄貴が何とかするって言ってたよ?」


 そう言うのはアルゲン。


「イーゲルが出るまでも無いじゃろう。一応伝手のある中級も配備しておる」

 


 イーゲルという者がアルゲンの実の兄で、今はスラムの元締めをやっている。

 本日は、サグとエリンはいない。もともとあの2人はこの街が拠点では無い。

 それぞれ別の街に拠点を持ち、その街の亜人達を管理する側だ。

 この街ではペトラがそれをになっている。


「こっちの問題ですけれど、今回は騎士団を出すことにしました」

「よく許可が降りたの? 呑気な男だったが中立をやめたか?」

「陳情が多かったのですよ。獣人だけでなく人族もかなり被害が増えてるの」

「大義名分を自分たちで崩しちゃったのか。私は途中を聞いてなかったんだけど、どこまでやるの?」


「『ヒューダス』を半分減らします」


 その言葉に2人は呆れる。

 というのも、この『ヒューダス』という組織はこの街の人族主義ではトップ組織だからだ。このトップ組織を上界と言って、その下に中界、さらに下界と俗称がついている。主義ごとにそれぞれ3界を持ち、上界は1つずつしかない。

 亜人主義はイーゲルが持つ『ケルベロス』。

 調和派は、この『長命会』。


「実は『ヒューダス』から打診があったのですよ」

「それは……。良く無い話じゃ」

「一部の者が勝手に増長して、動き出しているのですが、本国が望んでいないと」

「いやーな対応だね。それで協力するから減らせと」

「そういうことです」


 顔全体にシワを寄せ、嫌だというのを隠さないダイン。


「それだけでは無いじゃろう。何を強請ねだられたんじゃ?」

「浄化の杖のレプリカを」

「意地汚い奴らだねー。自分たちの不始末じゃーん」

「まぁまぁ。代わりに精霊教の邪魔をしない承諾をさせましたよ」


 ゆったりと話してると、時折伝令がやってくる。

 スラムは、午前中に落ち着いて安泰だという。

『ヒューダス』の暴走者達は、あっけなく捕縛され尋問中。

 中界と下界は、後日の対応となるが、時間がかかりそうだ。


 そんな時、扉が開く。


 _______________


『獣士隊』の集う宿。


「ケインは良いわよねー。伝令で色んなところ行って。仲介役の私は居残りで飽きちゃうわ」

「うまい役割分担だと思うけどね。ルインの騎士団とオーバのスラム。全部に出向く伝令、代わってみる?」

「遠慮しとくわ。どこも面倒そう」


 苦笑いしている。


「スラムは終わったぞ」

「オーバ! おかえり。早速伝令に行くか」


 オーバがすかさず声を掛ける。


「俺も行くぞ」

「ん? 何かあったか?」

「ダイン様に聞きたいことがある。案内頼む。ついでに直接報告しておく」

「また居残りかー。帰りにペタペタ焼き買ってきてよね!」


 そう言われながらケインとオーバは歩き出す。




 2人が下町にある会議室の扉を叩くと声がかかる。


「「失礼します」」

「伝令にきました。スラムの報告はオーバが致します。私はこれで。」


 そう言うとケインが部屋から出ていく。


「どうぞお座りなさい」


 オーバが指示された席に座る。

 被害者も少なく、相手に死者を出すことなく終えることが出来た。今回のことを知る者は、しばらくスラムに入りづらくなる印象も与えられた。

 そんな内容の報告を済ませる。


「次に、頼まれていた人物のことですが」


 その言葉に引っ掛かりを覚えたアルゲンがいぶかしむ。


「ん? そんな話は聞いたこと無いけど?」

「儂が頼んだ。まずは聞いてくれ。オーバ、隠さず話していいぞ」


「では、探索者ノールについて」


 スラムでの身軽な機動力。跳ねるように壁を駆け上がり、微かな気配を感じとる能力。オーバ自身でも辿り着けていない斥候能力があるという。

 少し高級だが、森の香辛料を使った粉末で戦闘不能に出来たこと。


「そして最後にバルサという探索者と戦闘しました」

「なんじゃ? 結局戦ったのかい」

「圧勝です。特殊な回避と攻撃の技術を習得しているようでした」


 敵の剣線をギリギリで避け、軌道をずらす技術がことのほか高い。そして最後に見せた、鞭のようにしなる打撃。


「本人に確認しましたが、ベンダという技のようです。その技で敵の剣を砕き、顔を腫れ上がらせていました。師匠に教わったが、名前と場所も忘れてしまったとか。記憶が書いてあるだろう日記を探しているとも聞きました」

「そういう人に教わっておったのか。記憶と日記の話は、儂も聞いておる。話は以上か?」

「はい」

「よし。ノールへの連絡は増えるかもしれんが頼むな」

「はい。では失礼します」


 オーバは帰っていく。


「何かの時には様子を見るよう言っておいたんじゃ」

「害は無いって話だったんじゃないの?」

「そういう観察じゃないわい。記憶の日記も探しておるが、一向に見つからん。だから、本人の小さい話から探るのも重要だと思ってな」

「なーるほど」

「師匠がいたという話も聞けましたしね」

「しかし、鞭のようにしならせる打撃か。儂は知らんな」

「この大陸では無いかもしれませんね。そのうちエリンかサグにも聞いてみましょう」





 _______________


 ニールセン駐屯基地


 本日出動した騎士と兵士達が戻り慰労会を行っている。


「しかし、ヒューダスを捕縛とは」

「楽勝だったな」

「あそこまで簡単だと拍子抜けだよな」


 兵士達の様子を遠巻きに見る大柄な男と、顔の似た男がいる。


「あいつら気づいてないのか?」

「兄さん何かあったの?」

 トーマスが話しかける。


「お前は外の見張りだけだもんな。中に入ったら無防備な首謀者が集まってるんだぜ。あれは仕組まれたもんだな」

「ヒューダスって上界じゃなかったっけ? 下部組織ならイメージあるけど」

「本国の怒りでも買ったのか。暴走した奴を粛清でもしたかったんだろう」

「ほぼその通りだろうな。ちゃんと食ってるか?」


 身の丈もある大剣を担ぐ男が現れた。

 この男が騎士団の隊長だ。


「「父さん」」

「今は団長だ。中下界に資金集めさせてたのが、獣人だけじゃなく人族も襲っていたんだよ。人族まで被害が出ちまったら、神人教会も黙っちゃいられないよな」

「内部支援の理由がわかりました」

「これ以上は首を突っ込むなよ。団長の息子が派閥に組み込まれたら、目も当てられん」


 心外だという顔でトーマスが答える。


「そんな信心深く無いですけどね」

「わかってる。同じ中立の長命会は共感しやすいんだ。騎士団はそこの派閥すら入らない。ところでトーマス。探索者の方はどうだ?」

「少しずつ進んでるかな。昇級の時に面白そうなのとも知り合ったし」

「俺は団長の下で続けるけど、お前は20歳超えたら、王都の選抜受けるんだろ?  その練習は良いのか?」

「それもあるんだけど、昇級で知り合った奴の中に、探索のうまいのがいるんだ。そいつに、教えてもらったら役に立つかと思ってね」


 団長が顎に手を当てながら提案する。


「ここの騎士団にもうまいのはいる。紹介するぞ?」

「まぁ、前から一度組んでみたかったんだよ」

「そうか。こっちはいつでも良いからな」


 そんな団欒を続き、捕縛にかこつけた慰労会は、ゆるゆると流れる。

 特別疲れも無かった騎士兵士達は、解散後に通常業務へ戻っていった。

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