第32話 スラム街防衛戦

 日が顔を出す前に動き出し、畑の確認を済ませる。

 メサの生態は謎だが、睡眠に関しては俺と似ていて、寝ているようで意識はある。

 俺と同じように軽い瞑想状態が睡眠の代わりなのだろう。


 早々とメサに挨拶をして、今日の仕事を頼む。

 いつもと変わらない畑と孤児院の守りだ。


「じゃあ、夜に戻ってくるね」


 ここ数日のスラムは、ずっとピリピリした雰囲気が漂う。


「孤児院の兄さんか。早いね」

 と声をかけてくるのは、スラムに住む狼人の老人。


「皆さん、おはようございます」

 そう言って20人程に挨拶した。


「おはよう! 兄さんの爆弾は、ちゃんと渡したよ」

「あれは良いよな。獣人族の俺らにはキツいけどよ」

「最低鼻は隠さないとな」

「1日は近付きたくねー」


 朝から元気に話し合ってる。


「昨日も言いましたけど、逃げる為ですからね」

「皆んなわかってる。じゃあ、今日の対策を伝えよう」


 今日は、スラムに来るならず者が多いので、救助班を設立している。

 元々脛に傷を持つような人が多い為、個人の喧嘩から殺しまで、基本不干渉となっている。

 ただし、スラム存続の危機には、助け合いをすることがある。今までにも、奴隷狩りや異端狩り等、かなり荒らされた時には相互扶助があった。

 ここに来ている人たちは、スラムの中でもかなり強い人達になる。

 俺は会ったことないが、ここの元締めはこの街でも片手に入る強さと言われている。

 そう言うこともあって、普段は手を出されないのだが、定期的にこういうことが起こる。


「孤児院の守りは良いのか?」


 心配されたので答える。


「教会はメサに守らせてるので、基本放置ですよ」

「メサちゃん。そうとう強いでしょー? 返って殺しちゃったりしない?」

「麻痺させるように言いつけてるので……たぶん大丈夫なはず」

「何かあったら近所の見守り隊に連絡するよう伝えておくよ」


 この老人は顔が広いので本当に助かる。

 お礼を言いつつ、もう散開となった。

 俺の担当箇所はスラムの入り口側の一部となっている。

 怪我人の救護や逃走の手伝い、戦闘は非常時のみ。

 さぁ、行こうか。


 


 日が昇り明るくなった頃

 ここはスラム入り口付近に集まる集団がいた。


「今日は獣人共に制裁をあたえるぞー。きばれよー」


 片耳が削れた男が号令をかける。


「「「うっす」」」


 合計で50人を超える集団に、周囲の目は冷たいが、特に何することなく通り過ぎる。


 3人組でいくつかの入り口から入り始めるが、中は迷路のようになっていて、見通しの悪い道と行き止まりが多い。

 それでもズンズン進み住人を襲い始める。


「小僧共がいるぞぉ! おっらぁ!」

「「「にげろー!」」」


 子供たちは、道を知っているので紛れてすぐに見えなくなる。


 ただ、体の弱い子が逃げられずに追い詰められることがある。


「やっと1匹目か……。獣共に制裁をぉ!」


 メイスを振りかぶるチンピラに、目をつぶる子供。

 ここからが俺の仕事。

 屋根から素早く降り、武器の軌道を変えて、目に粉末を投げつける。


「うぎゃ。目が。うううう」

「上から急に!」

「そいつから叩け!」


 チンピラ共が殴りかかってくるところに、辛子爆弾を投下。

 それと同時に子供を抱えて、壁を蹴りつつ登っていく。


「救助者1。連れてってあげてー」

 と同じ屋根待機の人に声をかける。


「次は向こう側3棟あたりにいる」

「了解」


 救助と避難を分け、身軽な俺は救助担当をしている。

 それから何組か救助しているのだが、なかなか帰ってくれない。

 ふと仲間に声かけた。


「いつもこんなに粘られるの?」

「今まではもっと早く帰ってたんだが、人数も当初より増えてきている。1人本部に連絡させよう」

 そう言うと、一人呼び寄せ伝令させる。


 _______________


 スラム街入り口では。


「目がいてぇ」


 と目と鼻を抑えるチンピラが多数いる。


「気合いが足りねえんだよ」


 バルサが足で小突く。


「今回はほとんど収穫無いよ。このままだと俺らが締められるぜ?」

「俺たちが動くかー。増援も頼んでおけよ」


 下っ端が1人走り出すと、バルサ達5人がまとまって動き出した。


_______________


 救助者をまた1人屋根まで連れてくると

「隣の担当に強いのが現れた。こっちは減ってきてるから向こうを手伝ってくれ」

 目的地の方向を指した。



「追い詰めると、仲間が助けに来るのか」

「こりゃあ、雑魚共じゃ厳しいな」


 少しの余裕を持って襲ってきた者達と応戦するバルサ達。

 うーん。知ってる奴が来ちゃったか。と悩むうちにどんどん劣勢になる。


「これで顔を隠せ。あと俺もやる」


 彪人さんが黒いバンダナを渡して来た。

 ありがたい。受け取って目から下を隠すように装着する。


「片耳は対応してやるから、他のは早めに寝かせろ」


 事情を知ってる人がいるのはありがたい。頷いて動き出す。

 彪人さんが大きめの音をたてて降りると、劣勢の人達は逃げ始めてくれた。

 俺は後ろから降りる。


「手間取りそうなのが来やがった」


 彪人さんは声もかけずに攻撃を始める。ナイフと徒手で良い動きだ。


「ぐっ。手貸せ!」

「「「おう」」」


 他が動き出したので、一人の背中にい寄り蔦で首を締める。

 数秒で意識を落とし次へ。

 2人目までは、行けたが2人加勢してしまった。


「ははは! さすがに一人じゃきついだろぅが!」


 彪人さんも3人だと捌くのが精一杯のようだ。

 隙を見て1人は意識を落としたが、そこで気づかれる。


「バルサ! もう1人いるぞ! 警戒!」


 仲間が彪人さんを対応し、バルサが振り返る。


「なんだ? 覆面野郎が……倒されてるじゃねーか!」


 怒鳴りながら攻撃してくる。

 気づかれる前に寝かせたかったのにな。

 直接戦うのは苦手なんだよ。


 まともに組手するのは、昇格試験以来。

 相手の武器は刀剣だな。昔みたシミターというのに似ている。

 思ったより切り返しが早く跳ねるように振り下ろした剣が戻ってくる。かなりまともな流派を収めているらしい。

 歩法でズラし、添えた手で剣の腹を押す。

 彪人さんはそろそろ倒せそうだろうか。


「避けてばかりで、攻撃しねーのか? 逃げ腰のコッコかよ!」


 相変わらずそのニヤけ顔は好きになれんな。

 しかし、対峙たいじすると上手く出来ない。

 師匠との組手でもそうだった。

 下手だとか、攻撃の才能は無いとか、散々言われたな。

 そのせいか、避けるのと奇襲は上手くなったんだっけ。


「くそっ。ぜんぜん当たらねぇ! 避けんじゃねーよ!」

「……」


 バルサの後ろから微かな声が聞こえるが、聞き取れない。


 棒術は面白かった。飛んだり弾いたり。

 無手はどうだったっけ。

 そうだ。

 師匠から気を使わない攻撃を教わったな。


「いつ……まで……、避けてやがるんだ」


 1つ思い出した。

 確かこう。


「回転の力を乗せ」


「へへ。急に何を言ってるんだ」


「腕をしならせ」


 耳に風切り音が聞こえる。


「な、なんだよその音……」


「叩きつけるように」


「おらぁぁぁあ!」


 バルサが剣を振り下ろし……。

 その剣の腹に向かって……。


「振り抜く!」


 高い金属音とともに剣が砕ける。

 少し回転を緩め、放心したバルサに踏み出す。

 今度は弱めた腕のしなりを……。

 バルサの左頬に上腕を当て、巻きつけるように右頬に平手をかます。


 およそ平手としては、似つかわしく無い大きさの破裂音。

 それと同時。

 俺の腹に、頭を擦り付けながら崩れるバルサ。


「ふぅ。なんとかなったか」


 やっと一息ついた俺は、周りを見る。

 彪人さんはすでに倒しているようだ。


「早く終わってるなら、助けてくれても良いんじゃ無いですかぁ?」


 苦手って言ってるんだから、もう少しフォローがあっても良いだろうとむくれていると。


「あんなに振り回してたら無理だろう。怖くて近寄れなかったしな」


 そう言われるとしょうがないと思ってしまう。


「こいつらは、一応返した方が良いですよね?」


 担いで入り口まで返してやることにした。

 一応夜まで見守っていたが、バルサ以来入り込んでくる者もほとんどおらず、楽なものだ。


「みんな今日はお疲れ様。上からの情報で、大元が動かないからもう大丈夫そうだ」

「一日で終わったのは良かったな。明日から通常通りだ」

「「「はぁー。良かったなー」」」


 それぞれ安堵しつつ解散になった。

 帰り直前に彪人さんに声をかけられた。


「片耳にやってた。あの攻撃はなんだ?」

「あれ? 名前は確か……。鞭打だったかな? ちょっとうろ覚えなんだよね」

「どこで覚えたんだ?」

「え? んー!? うーん……。思い出せないんだよね。師匠に教わったことだけは覚えてる」


 師匠の名前やら細かく聞かれたが、答えられなかった。

 ついでに、そういうのを書いた日記を探していることも伝えると、渋々引き下がった。


「じゃあ、彪人さん。またねー」

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