断章 だからわたしは剣を捨てた、のに

第33話 追憶・前編 お前はオレの希望だ、ソフィア

「お前はオレの希望だ、ソフィア。お前には、可能性が、ある……だから、いきな、さい」


 お父様――エドワード・モーニングスター=リゲルはそう言い残して、息を引き取りました。


 わたしは折れた剣を掴み、お父様を殺した犯人を斬りました。

 そうするしかなかったんです。

 あの時のわたしはとても無力で、他の選択ができなかったから。


 そうしてすべてが終わった頃。

 ようやくやってきたお母様――アメリア・モーニングスターは、わたしに言いました。


「立ちなさい、ソフィア。敵地で油断は禁物だ」


 たったそれだけ。


 あの人は、お父様の死を悼みもしなかった。

 誰よりも強い勇者なのに。お父様もわたしも救えたはずなのに。


 任務にかまけて間に合わなかったことを悔やみもしなかった。

 泣くことも、嘆くこともなく。


 だからわたしは騎士が――あの人が嫌いなんです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エドワード・リゲルという人は名門に生まれながらも、決して優秀な騎士ではなかったそうです。

 武芸では劣っていたけれど学問に明るく、好奇心の強い人だったとか。

 わたしにとっては、いつもユーモアいっぱいの楽しいお父様でした。


 ……こんな話を聞いたことがあります。


 遡ること十余年。


 かの名高きアメリア・モーニングスター少佐――古今無双の大英雄、七つのダンジョンを踏破し百万の妖魔ダスクを討滅した最強の勇者にも、いよいよ年貢の納め時がやってきました。


「そろそろ相手を決めよ、アメリア。尊き血統クラスを残すことも、勇者の務めだぞ」

「恐れながら陛下、次なる出征の準備がありますので」

「そなた、前もそう言ってはぐらかしたであろう。往生際の悪いヤツめ」


 本来ならば出征前に済ませておくべきだった結婚を今度こそ済ませよ、と時の皇帝アナスタシア七世からご命令が下ったのです。


 しかしアメリア少佐は、恐れ多くも陛下に申し上げたそうです。


「ならばせめて。私と子を成すのであれば、私より強き者でなければ困ります」


 そうでなければ次代に希望を繋げない――次なる勇者こそ魔王フォルカスを滅ぼさなければ、と。


「ふむ。確かにのう」


 皇帝陛下はアメリア少佐の言葉に頷き、宮廷と騎士団は絶望したそうです。


 一体この地上のどこにアメリア少佐より強い者がいるのか、と。

 たった一人でドラゴンの首を落とし、グレーターデーモンの翼をもぎ取り、ノーライフキングを灰に還す不死身の勇者を超える猛者がいるならば、魔王などとっくに討滅されているはずです。


 ともあれ騎士団は自らの誇りと存在意義をかけて、一大イベントを催しました。

 その名も『アメリア少佐の夫にふさわしい騎士を選ぼう大会』。


 ……実際にはもうちょっと形式張った名前だったと思いますが、まあとにかくそんな感じのイベントです。

 過酷な予選を経て選びぬかれた十二人の騎士達がトーナメント形式で戦い、優勝した者が晴れてアメリア少佐に求婚する権利を得るのです。


「――という訳で、予選、本選と二段階での選別を行いつつ、決勝戦は皇帝陛下にもご観覧をいただけるよう調整を行っている。貴君は本戦から観戦するように」


 ルドラン中将――わかりし頃は智将ルドランと称された重鎮のご説明に、アメリア少佐は一つ頷くと、


「そこまでお手間を取らせては申し訳ありません、中将殿。ふさわしい相手かどうかは、私自身が見極めれば済む話ではありませんか」


 中将閣下はアメリア少佐の言葉に頷くしかなく、騎士団はみな恐怖に震えたそうです。


 そもそも最終的にパートナー候補となる騎士――彼女と剣を交える者――つまり生贄は一人で済めばいい、というのが騎士団の目論見だったのですから。


 それを知ってか知らずか。

 アメリア少佐は全騎士の名簿に一夜で目を通すと、見込みありと判断した騎士全員――数百名の精鋭を訓練場に集めました。


「さて。それでは諸君には、これより私と一対一の試合を行ってもらう。勝者は私の夫となり、モーニングスター家の後継を成してもらうよ」


 少佐は一同を見下ろすと女神のような微笑みとともに、


「さあ。帝国騎士の誇りにかけて本気で向かってきたまえ。少なくとも、私は本気だぞ・・・・・・


 告げたそうです。


 ……それから数時間が過ぎ。

 広大な騎士団訓練場を見渡すと、二本の脚で立っているのは二人しかいませんでした。


「君で最後だな。名は、確か――」

「エドワード・リゲル少尉であります。アメリア少佐殿」


 アメリア少佐はお世辞にも強そうには見えないエドワード少尉――どこか儚げな痩せぎすの青年――をしげしげと眺めると、


「リゲル家の四男だね。母君のジャネット中尉には女学院時代にお世話になった。よく話していたよ、私と同じ年頃の息子がいると」

「母はことあるごとに家で自慢していますよ。最強のお姫様はアタシが育てたんだ、って」

「ご健勝なようで何より。ご子息を叩き伏せて、お怒りになられないとよいけれど」


 エドワード少尉は高らかに笑い、


「では、ご提案です。こんな戦いはやめにしませんか、少佐殿。できればオレも怪我をしたくない」


 手にしていた剣を放り捨てました。


 ……流石のアメリア少佐も呆気にとられたそうです。


「君は……それでも帝国騎士なのか? 敵を前にして武器を手放すよう母君に教わったのか」

「流石は勇者サマ、オレ達のようなヒラ騎士をノセるのが上手でいらっしゃる」


 まだ意識があった周囲の騎士達は、全員が青褪めたそうです。

 最強の勇者をからかうなんて、どれだけ命知らずな男だ、と。


「アメリア少佐殿。血統スキルしか取り柄のない新米の身で、この場に招いていただいたこと、オレは誇りに思います。何しろオレの初恋は、母の話に登場するあなたでしたからね」


 にわかに動揺するアメリア少佐に、エドワード少尉はウインクを一つ飛ばしてから、


「だから、腕っぷし比べであなたに敵わないのはよく知ってます。そこで張り合いたいと思ったことは一度もないんですよ」


 気負った様子もなく続けます。


「理術研究院に入ったのも自分の長所を活かせると思ったからなんです。つまりオレの一番の武器は、この頭とペンを持つ右手って訳で――これを折られてしまうと、明日からの書き物仕事に差し障りがあるんですよ」


 ぶらぶらと見せつけたのは、ペンダコとインクのシミが目立つ骨張った右手。


「自分の任務に忠実たれ。オレは、それも帝国騎士の誇りであり務めだと思っていますが」


 破顔するエドワード少尉と、表情を失ったアメリア少佐。


「それとも腕を折った後、少佐の権限で代筆官を付けてもらえますか? オレの字はどうも読みづらいと不評なもんで、それならいいかもしれない」


 ……しばらくの間、訓練場を沈黙が支配しました。

 周囲の騎士達には、死刑執行までのカウントダウンを始めた者もいたそうです。


 やがて。

 アメリア少佐はくつくつと笑い――ついには訓練場の隅々まで笑い声を響き渡らせると、


「すまなかった。どうやら君の方が、私よりも任務に忠実なようだね」


 なんと、ついに剣を鞘に収めました。

 周囲の騎士達は大地に伏せたまま、みなガッツポーズを決めたそうです。


「明日、君のオフィスに代筆官を派遣するよ。私の身内だから、こき使ってもらって構わない」

「マジですか!? やったーっ、いやあ、流石は天下の大英雄殿! 何でも言ってみるもんだなぁ」


 エドワード少尉は小躍りしながら喜んだそうですが。


 翌日、愛用のペンと結婚誓約書を持参してきたアメリア少佐を見て、絶句したそうです。


「……えっと。ちょっと説明してもらっていいですか、少佐殿」

「もちろん構わないが、先に君のサインをもらってもいいかな?」


 ……こうしてエドワード・リゲルとアメリア・モーニングスターは結婚し、間もなく女の子を授かりました。

 それがこの私、ソフィア・モーニングスターです。


 自分で言うのもなんですが、とても恵まれた環境で育ったと思います。

 苦労したことと言えば、側仕えの方の目を盗んで娯楽小説を手に入れること、屋敷の食料庫に忍び込んで苦手なトマトを丸ごと盗み出すこと、お父様の仕事を見てみたくて理術研究院へ潜入したこと――


 それから、友達づくりぐらいでしょうか。

 モーニングスターという家名はあまりにも重く大きく、言葉を交わしてくれる相手はいても、気心が知れた友人はなかなか出来ませんでした。


 そんなわたしにもようやく友人が出来る日が来ました。

 彼女の名は、イヴリナ。


 イヴリナと出会ったとき、わたしは想像もしていませんでした。

 まさか彼女がお父様を殺すなんて。

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