『兄と友』


 十分にスナップを効かせたサイドスローで投げられた花束は狙い通りに墓石に当たる。こめられた悲憤とは裏腹に、くしゃりと軽い音を立ててた。うずたかく積まれた純白の花束の山に落ちて、その山をほんの少し崩した。



「精々喜べよ、おめえの大事な大事なカイトが摘んだ弔花だ」片頬を歪めて言う。


はな啜って、歯ァ喰い縛ってよォ。『レイ兄さまみたいに強くなります』つってよォ。

 わかるか? だ。

 顔くっしゃくしゃにしてレイ兄ぃレイ兄ぃって笑ってたアイツは、もうおめえの弟のカイトじゃ居られねえのさ。

 カイトはな、〝自身おめえが斃れた後、平和を恒久的なものにせんが為に遺した忘れ形見〟なのさ。

 危ねえトコだったよ。

 十も離れた弟残して逝っちまうような大馬鹿野郎が、何処の誰に聴いても勇者さま万歳だの、世界を救った大英雄だのと。

 まったく大したもんだよ。気ィ抜いたら笑っちまいそうでよ、必死にこらえたさ」



 きつく噛み締めたらんくいから無理矢理に押し出したようなそのさびごえは、激情にきしるようで。漏れ出たマナに花束の山が完全に崩れた。




「なんてザマだよ。なあ」



 らしくないと思う程に今日は舌が回る。怒りも過ぎれば、饒舌になるってのはおめえの言ったとおりだったな。




「レイ。わらえ。さかなにしろ。

 おめえを今すぐ棺から引きり出して、死霊術師ネクロマンサーの前に連れて行きてえ。

 知ってるかよ? おめえが家を出てから、アイツは一回も泣いてねえ。空の上から強くなったなって褒めるか? 泣き虫カイトだぞ? 胸貸して背中叩いてやんのは兄貴テメェの役目だろうが。

 何度でも言ってやる。

 カイトはな、もうカイトのままじゃ生きられねえんだ。

 〝身命をなげうち、世界に平和をもたらした亡き兄勇者の遺志を継ぐ次代の希望〟だと。

 ワケわかんねえ理屈でがんがらめだ。

 聴いてんのかよ、なァ─────ッ!!!」


 こたえは無い。


 風も、草木も、虫も、空も、花も。眠る朋友ともも。


 こたえは無い。


「─────」


 溢れ荒ぶるマナが、花束が崩れた拍子に散った花弁を舞い上げる。


 高く。応えのない静寂しじまの丘に、花弁が渦を巻く。



「───翼果よ、運べ。花信よ、届け。しずよ、舞え。朋友ともが虹の橋を渡る。私は此処よりさんの唄を送ろう。旅路の果て、虹のふもとあまねめいよ在れ。どうか廻るイーサの輪環へ還らんことを」



 小さな花の嵐のただなかで立ち尽くす勇者の朋友ともが、弔いの魔法を唱えた。




ざいてんの霊よ、聞こし召せ。

 どれだけ掛かろうが、必ず虹を掛ける。虹が掛かったら、カイトを連れて会いに行く。

 だから、レイ。絶対くすんじゃねえぞ──」



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