第170話 海への道のり――帰還と神託
妖精達には花畑に配置した花の種類や、オラクルの村に作ったのと同じ拠点の建物などが好評だった。
そして彼らは数時間後、祠を妖精の郷の入り口と決めた。
その報告を受けたレン、クロエは祠の前でアイリーンを始めとする妖精一同と会っていた。
「手直しが必要な場所があったら遠慮しなくていいからね?」
レンの言葉に、ずらりと並ぶ妖精達の前に立ったアイリーンが
「今のところ、それはない。じゃがもしも何かあれば、後日、街に住む人間に声を掛けさせてもらおう」
と答える。
「ああ、そうして貰えれば学園側に伝わるようにしておくよ。ただ、要望は代表者がまとめて伝えるようにして貰えるかな?」
「うむ。ではそのように……さて」
アイリーンは居並ぶ妖精達を引き連れ、祠の前に移動する。
祠の正面の両開きの扉は中が見えるように全開にしてある。
いつになく真剣な表情の妖精達に、今から郷への入り口を開くのか、と気付いたレンは、このまま見ていても良いのかとアイリーンに尋ねる。
「あー、妖精の郷の入り口を開くところって、他の種族が見てて良いものなのか?」
妖精については表面的な事以外はあまり知られていない。
元々この世界では、妖精は好き勝手にあちこち入り込んで好奇心を満たすいたずら者、と認識されていた。
アイリーンの氏族はヒト種と交易を行なっていただけあって話が通じるが、自由すぎて対話すら困難な氏族もそこそこ存在する。
妖精の郷についても、妖精以外は入れない異界。妖精のみがそこへの通路を開くことができる。程度しか伝わっていない。
シナリオを進めていくと妖精の郷の入り口を見る機会はあるし、触れる機会もあるが、妖精のNPC以外に取っては『なんか綺麗なオブジェクト』でしかない。
だから、それを生み出す所を見ていても良いのだろうか、とレンが尋ねると、アイリーンは不思議そうな表情で振り返った。
「うむ? はて、そのような決まりはなかったはずじゃ。そも、見られたところで真似できるモノではないし、仮に真似できたとしても、それは別の場所に繋がるだけじゃ。構わぬ。レンたちはそこで見ておれ」
そう言うと、アイリーンは羽を震わせ、祠の入り口で人の胸ほどの高さで浮かび、両手を空に掲げる。
その動きに続くように、他の妖精達は両手をアイリーンの掲げた手の先に向ける。
全員の羽音が同期し、アイリーンの掲げた手の中に空色の輝きが生まれる。
(見た目はアニメの気弾? に似てるけど、掌サイズだし、圧とかも感じないな)
空色の光の青が濃くなり、青、紺と変じていく。
アイリーンの両手の上で宙に浮かんだ空色の光の珠は、やがて、色合いが変化して暗い紫色になる。
アイリーンはそれを両手でそっと包み込むようにすると、自分の胸の前に持ってくる。
「我が名の下に命ずる。我ら故郷への道を刻みて開け」
そんな短い呪文と共にアイリーンは胸に抱いた光をそっと押し出す。
よろよろ、という体で光が進み、アイリーンが頷いた瞬間、そこに円筒状の光の柱が生まれた。
高さは2メートルに満たない程度で、祠の天井にはぎりぎり届かない程度。
紫色の光からは、眩しさは感じない。
夕暮れの空を、太陽を外して紫色の部分だけ鏡に映したようなそんな風合いである。
暗くはないが、明るくもない。
円筒の輪郭が固まったところでアイリーンは右手を郷の入り口に向けて振り下ろす。
「皆! まずは帰還せよ!」
アイリーンの号令で妖精達が光の柱に飛び込んでいく。
「さて。妾もひとまず郷に帰還する。一両日中には戻る。レン、それに神託の巫女よ、世話になった。感謝を受け取って欲しい」
そう言って、ふわり、と重さを感じさせない動きでアイリーンは妖精の郷の入り口まで飛び、光に触れると同時に、その姿はかき消えるように消え去った。
「何というか、唐突だな。こんな急いで戻る理由があるのか?」
ぽつり、とレンが呟く。
目立たなくても200人が消えたのだ。
レンには、街の中が妙に寒々しく感じられた。
新しい材木の匂いと僅かな塗料の匂いが、それに輪を掛けて空虚さを感じさせる。レンは小さく溜息をつく。そんなレンの袖をクロエが引く。
「レン。神託を伝える。次はもっと大変」
あまりにも曖昧な言葉に、レンは頭痛を堪えるように額に掌を当てた。
「……もう少し具体的に教えて貰えるか?」
「妖精が帰って来る。この街なら問題はない、けど。対応するのに少し人数が必要。神殿にも手伝って貰うけど、サンテール家の使用人も借りて。あと、作り置いた資材を運び入れて」
「対応って、何が起きるんだ?」
「妖精から要望の聞き取り?」
自信なさげに首を傾げつつ、クロエはそう答えた。
作った施設の不備についての指摘だろうか、とレンは頷く。
「要望がたくさんって事なら、聞き取って記述する人間が必要ってことでいいかな?」
「そんなところ。30人は集めて。神殿でも20人は手配する」
それを聞き、レンは引っ掛かるものを感じたが、神託である以上、細かな部分を聞いてもクロエは答えを持ち合わせていないだろう、と曖昧に頷くのだった。
◆◇◆◇◆
翌日。
レンは祠の妖精の郷の入り口を確認し、やや魔力が薄まっていると感じるが、詳細が分からないまま手を出すのは危険だと見守ることとした。
その足で神殿に向うと、神殿の庭にはかき集められた人々が集まっていた。
クロエの依頼で神殿の庭に生徒達が土魔法でテーブルを作られ、見る間に聞き取りに向けた体勢が整えられていく。
テーブルの上には天幕が張られ、神殿から来た神官達は、なぜか投網のようなモノを広げて点検していた。
「苦情の聞き取りの準備にしては、ちょっと物騒じゃないか?」
レンに声を掛けられ、網を点検していた神官は、気を付け、の姿勢を取る。
「使徒殿! こ、これはエミリアからの指示でして、沢山の妖精が野放図、縦横無尽に飛び回ると使徒殿や神託の巫女様に危険があるかも知れないと……」
レンは溜息をつくと、
「俺はレンです。公式には『使徒』ではありませんし、個人としてもその呼ばれ方は嬉しくありませんので、レンと呼んでくださいね」
とお願いする。
神官は、コクコクと頷きながら、投網を丁寧にたたみ始める。
「それで、妖精に投網を掛けるつもりですか? 燃やされますよ?」
「そうなのですか?」
「妖精はなりは小さいですけど、魔法に長けた人間です。不当に拘束されれば反撃程度はするでしょうね」
魔術師を網で捕獲すれば、そうなりますよね、とレンが問うと、神官は神妙な顔つきで頷いた。
「それと、妖精の中には虫扱いされたら宣戦布告とみなす氏族もいたほどなので、網を使うなら投網としてじゃなく、仕切りとして、自由に飛び回れる範囲を予め制限するようにしてください。妖精に対してはサイズが小さいだけで普通の人間に対応するようにお願いします。まあ、小さい子供が走り回るのと同じ調子で飛び回ったりしますけど、エルフが保守的だったりするのと同じで、妖精はそういう種族です」
「承知しました。対応についてはエミリアに再度確認します」
ヒト種の公式の記録では、妖精が最後に確認されたのは80年ほど前の話である。
長命種を除けば実際に妖精を知る者は少ない。
だから普通の人間を相手にする以上に慎重に対処して欲しい、と付け加え、レンは他のテーブルに向った。
◆◇◆◇◆
アイリーン達が戻ってくる時間は分かっていない。
姿を消したのが前日の昼頃で、アイリーンは一両日中と言っていたことから、早ければそろそろ戻ってくる。
クレームを聞く用意をする。それだけの為の準備が淡々と進められていく。
それを眺めていたレンは、あれ、と首を傾げ、クロエたちを探す。
クロエとエミリアたちは、妖精の郷への入り口の近くで、郷の入り口を眺めていた。
「クロエさん、神託の内容を再確認したいんだけど」
「妖精が戻ってくる。この街なら受入れに問題はないが、対応するのに少し人数が必要となる。備えよ。サンテールの使用人、神殿の者を呼び寄せろ、みたいな?」
「……人数はどこから出た数字?」
「人数? 具体的な数字は聞いていない。強いて言えばイメージ?」
神託は夢の中の対話という形を取るが、言葉以外にも風景などが伝えられることもある。
その風景で、50人ほどのヒトが、この街の中で沢山の妖精に囲まれている風景を見たのだ、とクロエは答えた。
「全然人手が足りてないように見えたけど、それで構わないって」
「……50人のヒトが妖精に囲まれていて、人手が足りない?」
レンは準備を整えて、一休みしている皆に視線を向ける。
そこに妖精がいる風景を想像してみる。
強い違和感を感じたレンは、その正体に首を捻った。
「……あれ? いや……でもなんでそうなるんだ?」
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