十一ページ目:生主を休止した日
VTuberとしてデビューする日が決まった。この先、どうなるかわからないが何かない限り、この先はYoutubeで活動していくつもりだ。そのため、デビューするということはニコ生を休止することでもある。
そのため、2021年1月9日20時にニコ生最終回生放送をした。これはその様子を記録したお話である。
「はーい、皆さんこんばん――セイハロー!」
生放送を開始してすぐにいきなり間違えた。最近の生放送では『セイハロー』に慣れるために最初の挨拶として使っていたのだが、毎回の如く、言うのを忘れてしまうのだ。
「これ、絶対『こんほし』の方が言いやすいんだけど……では、改めまして皆さんこんばんは。ホッシーです」
そう言いながら手動で330分延長する。これで生放送時間は6時間。普段から6時間生放送をちょくちょくしてきた身としてはもう慣れた長さ。しかし、今日ばかりは少しだけ不安だった。
「いやぁ、とうとう来ましたね。最終回! 6時間色々やりますが……正直に言いましょう、何も決めてないです」
一応、最後の2時間は歌って終わるつもりだが、残りの4時間に関しては全くのノープランだったのである。たかが4時間、されど4時間。普段の放送なら適当にソシャゲのデイリーなどで時間を消費できるが、さすがに最終回生放送でそれをやるのは憚れる。
「いやね? 本当はやることあったんですよ? 昨日の生放送でも言ったけど妹様と弾幕ごっこする予定だったんです……だったんですけど、何故か開かなくて……」
そう言って件のゲームが入っているフォルダを開く。昼間、作業の合間にきちんと起動するか試したのだが、何故か『応答なし』。つまり、起動しなかったのである。
「あの、もう一回試してみてもいいですか? もしかしたら妹様の機嫌も治ってるかもしれないですし」
そんな言い訳をしながらゲームをダブルクリック。別ウィンドウが開き、BGMが流れる。本来であればこのままタイトル画面に変わるのだが、一向に変わる気配はない。
「最終回だからさ、最後くらい遊ばせてよ……た“の”む“って”ね“え”え“え”え“え”」
心からの叫びで必死にゲームに訴えるが、残念ながらその結果は『応答なし』。どうやら、妹様は俺とは遊びたくないようである。
「……と、いうことでね? 初っ端から企画倒れなんですよ。なら、もういいかなって」
リスナーさんが多ければ数人で遊べるゲームもネットの世界には存在している。だが、生放送が始まった直前なので人はほとんどいないため、それもできない。
「……あと360分、何すんだよ、俺!」
最終回なのに全くの無計画。本当に何をやろうか悩んでいたが、もうここまで来たら開き直ることにした。
「じゃあ、もうソシャゲやりますか。いつも通りの生放送でいいよね? それで人が集まってきたら皆で遊びましょう」
――すなわち、いつもの放送
「そう、いつもの放送。なんかそれも俺らしいかなって……と、いい感じにいって自分の計画力のなさをカバーしていく」
そんなことを言いながらソシャゲの画面を映してデイリーを消化し始める。
そして、1時間が過ぎた。その間、ソシャゲしかしていない。本当にいつも通りの放送だった。しかし、1時間経つ頃には一緒にゲームをしてくれそうなリスナーさんが来てくれたのでソシャゲはここで終わることにする。
「じゃあ、次は――」
さすがにソシャゲ放送だけで終わるのはまずいので来てくれたリスナーさんに声をかけてネットでできるゲームを始めた。
そんな中、様々なボードゲームができるサイトで『Can’t Stop』というゲームをすることになった。
『Can’t Stop』とは2~12までの数字が書かれた11列のあるボードがあり、自分のコマをマス目に沿って進めていき、3つの頂上を取った人が勝ちのゲームだ。なお、コマを進めるためには自分の手番でサイコロを4つ振り、出た目を組み合わせて2つずつペアを作る。その2つのサイコロの合計の数が自分のコマを進めることのできる列だ。
例えばサイコロの出目が1,2,3,4だった場合、『1と2』、『3と4』のペアに分けると『3』と『7』になるのでその2つの列にコマを置く、もしくはすでにコマを置いていたら1つ進めることが可能だ。
また、組み合わせによっては『1と3』で『4』、『2と4』で『6』。『1と4』で『5』、『2と3』で『5』と言う感じで組み合わせるサイコロによって『4』と『6』を1つずつ進めるパターンと『5』を2つ進めるパターンができる。
もちろん、コマを置く数には制限があり、一度の手番にコマを置く、もしくはコマを進める列は3つまで。もし、3つ置いた状態でその3つの列の数字になる組み合わせを出せなかった場合、バーストとなり、その手番で進めたコマは全て回収され、おじゃんとなる、一種のチキンレースでもある。更に誰かが頂上を取った列にはもうコマを置けなくなり、ゲームが進めば進むだけバーストしやすくなるのだ。
そのため、このゲームでは『もう少し進みたい』という欲を振り払い、少しずつコマを進めるのが確実に勝つ方法、なのだが――。
「ほい、ほい、ほい……はい、勝ちました」
――実はこのゲーム、俺はめちゃくちゃ強い。おそらく自他共に認める強さだ。
2つのサイコロを振った時、確率的に最も出やすいのは『7』である。そのため、このゲームでは『7』の列が13個と最もマスが多く、『7』から離れる度にマスが2つずつ少なくなっていく仕様になっている。『6』と『8』なら11であり、『5』と『9』は9。最も少ない『2』と『12』はマスが3つしかないため、3回出せば頂上に辿り着く。
そんな中、最初のゲームで俺は『8』を1回もバーストせずに11回出して頂上に到着。その列を獲得した。
「いやぁ、相変わらず、ダイスの女神さまは俺の隣で寝てるわぁ」
どういうわけか、俺のダイス運はそこそこ高いようでサイコロを使用するTRPGでもその真価を発揮し、『出目強者』扱いを受けるのもしばしば。自分的にはそこまで良いとは思っていないのだが、そう言ったらその場にいた全員に怒られたことがあった。
1試合目は普通に3つの列を獲得し、勝利を収め、次の試合へと進む。
そして、最後の試合となり、恒例の地獄を始めようとしていた。
「じゃあ、次は最後なので……『1つの手番で3つの頂上が取れるまで止まれません』をやりまーす」
先ほども言ったが、このゲームのセオリーは少しずつコマを進めることである。
だが、この縛りはそれができない、バーストしまくりの地獄の耐久ゲーム。前にも1度だけやったことがあり、その時は30分ほどで何とか俺が勝利して終わった。放送時間も余裕があるので1時間もあれば終わるだろうと見越しての提案だった。幸い、参加していたリスナーさんも『いいよ』と言ってくれたので早速ゲームを始める。
「あ、俺からですね」
そう言いながらダイスを振ると最初に『7と7』の組み合わせが出た。『7』は最も出やすい数字なのでこれは確実に押さえておきたい列だ。迷わず、その列を獲得する。
更にダイスを振ると『6と4』の組み合わせだった。『6』は『7』の次に出やすく、『4』は出にくいものの、列が少ないので『7』と『6』より優先的に選択すれば頂上を目指せる数字だ。
それからどうせストップしないのでテンポよく、ダイスを振り続ける。コツは3つの列を満遍なく進めること。仮に『7』の頂上に辿り着いてしまった場合、それ以降は『7』を選べなくなってしまうのでバーストしやすくなってしまう。
「はい、はい、はい」
『7』、『6』、『4』と順調にコマを進め――3つの頂上に辿り着いた。
「はい、しゅーりょー!」
まさに瞬殺。ゲーム時間はたったの3分である。時間を潰すための縛りが全く機能しなかった。さすがに自分でも予想外の結果である。
――草
――RTA
「Can’t StopRTAはやばい。いや、今のはすごくない!?」
――奇跡だし、面白かったんだけど、
――見てる側は面白かったけど
俺の言葉に反応したのはゲームに参加していた2人のリスナーさんだった。まぁ、奇跡だったとはいえ最後のゲームだったし、参加している2人からしたら少し不満だったかもしれない。
――途中で『ホッシーさんなら有り得そうだな~』って1発クリア感じてた
――まぁやるときゃやる奴だよなぁ~って
少し不安に思ったが、どうやら杞憂だったらしい。むしろ、今までの俺のダイス運を見ていたリスナーさんなので当たり前のように受け入れられていた。
「これはもう小説に書くしかないわぁ。取れ高あってよかったぁ」
こうして、波乱の『Can’t Stop』が終了し、1時間ほど遊びに来ていた03と明日のライブ配信の準備しながら雑談をしてとうとう最後の2時間になる。
「では、ここからは歌っていきます。正直、下手くそだけど楽しそうに歌うことに関しては負けません」
そう言いながらどんどん曲を選び、歌う。時々、リスナーさんからのリクエストにも応えつつ、ほぼノンストップで歌いまくった。結果的に2時間の間に20曲以上も歌い、最後の5分になる。
「……とうとう終わりですね」
そう言いながらカラオケのためにエコーをかけていたので消し、通常通りの設定に戻す。最後の挨拶は特に決めていなかったが、言葉は自然と出てきた。
「何度も言っていますが、明日の2021年1月10日の21時からデビュー配信をしたいと思います。時間は1時間くらいかな」
――もう6時間経つんですね
「早いですねぇ。で、VTuberになるにあたって事実上、ニコ生は休止。今日で最後の放送となります」
本当に色々あった9年間だった。様々な話をしたし、ゲームもした。たくさん、とは言えないかもしれないが、色々な人が来てくれたし、常連にまでなってくれた。
「でも、やっぱり、VTuber活動をし始めてすごく思ったのが、9年間生放送をしていなければVTuberになろうとは思いませんでした」
特にアバターを作ってくれたママ。ライブ配信の背景を描いてくれたリスナーさん。また、M〇NECRAFT用のスキンを作ってくれたリスナーさんもいた。
「もちろん、VTuber活動を手伝ってくれた人だけじゃないです。ずっと遊びにきてくれている常連さんも、相方になってくれた03も、俺がニコ生をしてなければ出会っていません」
話しながらこれまでのことやこれからのことが脳裏を過ぎる。本当にVTuberとしてやっていけるのか、どんな結果になるのか。もしかしたら、配信そのものを辞めてしまう日がくるかもしれない。
「でもね、はっきり言わせてください……どうせ、バズらねぇ!」
ああ、そうだ。活動場所を変えただけでバズるのなら俺よりも先にVTuberになった先駆者たちはもっと活躍しているだろう。そんな甘い世界ではないことぐらい最初から知っていた。
――草
「9年間やってきてコミュニティーの人数400人だよ! そんな奴がVTuberとなって、相方を手に入れて、『さぁ、バズろうか』なんてできるわけがない!」
前、VTuberになると言った時、リスナーさんの一人が俺の放送が変わってしまうとコメントしたことがあった。それがずっと気がかりだったのである。
でも、活動場所を変えただけでバズらないのと同じように9年間も続けてきた雰囲気がそう簡単に変わるわけがなかった。
「だから、また来て。『またやってるよ、ホッシー』、『あんなにVTuberになるってイキってたのに誰もいねぇじゃねぇか!』と。そう言って俺を支えてください。そう簡単に変わらないからさ」
一番悲しいことは『あいつ、変わったな』と思われることだった。ずっと前に『ホッシーさんの放送はほのぼのしててずっと聞いていられる』と言われたことがある。その言葉を聞いて初めて俺の配信でも誰かに影響を与えられるのかもしれないと思った。
「もし、万が一にもバズったらさ。『おいおい、知ってるか? あいつ、コミュ人数400人しかいなかったクソザコ生主だったんだぞ』と初期勢面してくださいよ」
そんな雰囲気を壊したくない。だから、ずっと遊びに来てくれていた常連さんの協力が必要だと思った。
「初期勢だと言えるのはきっとここに遊びに来てくれているあなたたちです。これからも仲良くしましょう。また、遊びに来てね。『お、また来たのか。こんなクソみたいなライブ配信に来て』って言わせてください」
残り時間が1分を切った。もう終わる。9年間続けていたものが終わりを迎える。それは、初めての経験だった。
「最後に、放送タグを見てください」
俺のニコ生タグはどんな放送でも必ず付けているタグが3つある。
1つは『雑談』。
2つ目は前に話した『自由奔放生放送』。
最後は――。
「――『いつまでもあなたを待つ程度の能力』」
それはずっと昔、俺が生放送を始めた頃に『待つことが苦ではない』と話した時にリスナーさんから貰った能力名だった。能力、というと中二病臭いけれど、俺はこのタグが気に入っていた。
「この能力がある限り、俺はいつまでもあなたたちをお待ちしております。活動場所は変わりますが、変わらずわいわいがやがやとやっていますので応援よろしくお願いします」
残り30秒を切った。そろそろ締めの挨拶をしなければならない。
「では、最後はこの挨拶で締めましょうか。明日、俺は星になるからさ。あの――」
――この放送は終了しました。
ラグのことを忘れており、締めの挨拶すらできずに放送が終了する。まぁ、それも俺らしいと笑えた。
こうして、9年にも及ぶ生主活動は終わりを迎え――次のステージへと進む。
さぁ、2021年1月10日、俺はとうとうVTuberとしてデビューする。
それがどのようなスタートになるか、それは俺すらもわからない。今回と同じようにこうやって小説に書けるほどの取れ高があることを祈るばかりである。
それでは、皆様、また、次のお話でお会いしましょう。
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