『夏の終わり』
魚定にとって、九月は試練の月だ。
なぜか。
生徒が荒れるからである。
理由はいくつかある。
一年生は、入学当時の緊張感などはとうに消え去り、生徒一人一人が本性を出し始める。毎年一定数入ってくる『明らかに勉強になど興味のない生徒』が本領発揮するのがこの時期だ。
二年生も、荒れる。一学期から気の向くままに遅刻欠席を自由に繰り返してきた生徒の中には、九月時点で進級要件にかかるほど欠席日数がかさんでしまう者も多い。そうなると、機嫌がいいときも悪いときも、疲れているときも気が立っているときも、『進級要件』という縄で教室の机にがんじがらめに縛られることになる。本人にとっても周囲にとっても、そして教師にとっても不幸でしかない。実にストレスフルな毎日である。
三年生にもなればしょうもない理由で荒れる生徒は減る。が、一〇月に修学旅行を控えるため、やはりこちらも妙なテンションで非常にふわふわした状態になる。
そして、九月からは就職試験が始まる。在籍者数の約七割が就職を希望者する魚定では、九月以降、四年生がぴりぴりした空気をまとうことになる。
全学年が、同時にトラブル多発状態になるのが、魚定の九月なのである。
翔太の担任する二年生の『赤青コンビ』、赤井亮と青山優作もまた、例に漏れず荒れに荒れていた。二人とも、サボりすぎて出席日数が足りなくなり、休むに休めなくなった口である。ストレスのたまった亮と優作は、そのはけ口を授業に求めた。
非常勤講師いびり、である。
◎
非常勤講師の石坂柚子結(いしざかゆずゆ)は生徒からのセクハラに耐えていた。
「じゃあ、この単語の意味、わかる人」
黒板の英単語を指しながら発問。元気よく手を上げる優作に、石坂はうんざりした顔をする。
「はいはいはーい! 単語の意味は知らないけど、ゆずちゃんのおっぱいの大きさならわかりまーす」
すかさず亮が茶々を入れる。
「何カップ?」
「Aでーす! 正解? ねー正解?」
ぎりぎりBあるっちゅうの、と石坂は思う。
正直、多少のいじりや少々の下ネタで動じるような玉ではない、と自分でも思うが、九月から始まった『バカあほコンビ』の言動は、明らかに容認できるレベルを超えている。しかも、この手の発言が毎時間のように続くのである。授業にならない。
「じゃあさ、経験人数は?」
「うーん。八人、てとこかな」
「お、経験豊富、テクニシャンだね」
「んで、俺が九人目」
「ぎゃはははは」
ぶち。
キレた石坂は、教卓をばんっと両手で叩き、絶叫する。
「いいかげんにしなさい!」
一瞬、教室に静寂が戻る。が、すぐに教室中が爆笑。ちょっとだけすっきりした分、余計に腹が立つ。
「静かにしなさいっ! 黙りなさい! ほんとあんたたち、許さないわよ!」
石坂が怒鳴れば怒鳴るほど、笑いの渦は大きくなっていく。
教室全体に満ちる悪意。
笑っていない生徒もいるのが救いではある。
例えば、最前列の右から二番目、神林(かんばやし)リン。教室中に爆笑が渦巻く中、台風の目のように完全な無表情で座っている。いつでもそうだ。石坂は、四月からこっち、リンの表情が変化しているのを見たことがない。それどころか、声を聞いたことすらなかった。授業中に指名しても黙ってうつむいているだけで、発言しないのだ。しまいには諦めて、こちらから当てることすらしなくなってしまった。透き通るように白い肌、黒目がちで伏し目がちな目、真っ黒な長い髪は、同性の石坂から見ても、はっとするほど美しい。それだけに、表情の欠落が大きく強調されているようだった。
そこから終業までの二〇分、石坂は耐えた。最後の方は、半ば捨て鉢になり、『バカあほコンビ』がどんな発言をしようが一切無視、淡々と授業をした。心がすり切れるようだ。
チャイムが鳴るやいなや、石坂は第二職員室へ駆け戻った。そして浅井教頭を捕まえて、キンキン声で自分がどんな扱いを受けたか、どんな辱めを受けたか、子細に訴える。しばらくして戻った翔太もとっ捕まり、担任としての責任をうるさく問われる。はあ、またあいつらが。それはいくらなんでもひどいですね。どうもご迷惑をおかけしました。よく指導しておきますので、どうか今後ともよろしくお願いします。
ひとしきり文句を言い終えると、石坂は顔中に不満をたたえながらプリプリと帰っていく。
元々、非常勤講師の立場はつらい。
教諭や常勤講師であれば、授業以外のところ、例えば休み時間、LHR(ロングホームルーム)、学校行事などで生徒と関係を構築することができる。その関係性でもって、授業のしんどい局面をなんとか乗り切れることもある。
しかし、非常勤講師は授業だけを教えに来る時間講師である。生徒との関係は授業で一〇〇%完結させなければならず、ときになだめすかし、褒めて叱って、生徒をコントロールするのは非常に困難であり、大変な技量が必要になる。
石坂はまだ若く、教員としての経験も技量もまだまだ未熟である。それに――
「あの格好じゃあなぁ」
ぼそりとつぶやいたのは総務部長、高田である。
「あれじゃ、レイプされても文句は言えんぜ」
「いや、いくらなんでもそこまでは……」
石坂の服装は確かに挑発的である。四月からずっとそうだったが、暑くなってからはさらにひどい。例えば今日は、白のブラウスに、淡い黄色のひらひらしたミニスカート。そしてヒールの長さが一〇センチもある黒のピンヒール。極めつきは、派手なピンクのブラジャーが、しっかりとブラウスにひびいている。
教務部長の東間が賛同する。
「ほんと、あんな格好で魚定で授業するなんて、火薬庫に火のついた手持ち花火を持って入るようなもんですよね」
「『赤青コンビ』が最近ひでぇのは確かだよ」
野太い、よく通る低い声が、ぴしゃりと言う。生徒指導部長、鬼谷。
「九月の頭にいっぺん『授業妨害』で特別指導に入れてんだぜ、あの二人は。全く改善の兆しがねぇってのは、問題だ」
東間が勢いづき、
「そうだぜ、内田先生。一体どんな指導してんだい。九月も半ば過ぎてるのに、そろそろ落ち着かせてくれなくっちゃぁ困るぜ」
夏休みでの会議で言い合いになったことをまだ根に持っているに違いない。
しかし、翔太が言い返すよりも早く、鬼谷が止める。
「誰が持ってもおんなじですよ、東間先生。それとも、あんたが持ったらぴしゃっと言うこと聞くとでも?」
東間は黙る。実際、英語教師である東間は二年生の生徒とは折り合いが悪く、半ば押しつけるようにして非常勤講師の石坂に授業を任せているのである。
黙っていた浅井教頭が立ち上がる。
「生徒帰したら、臨時の職員会議、開きましょか。内田せんっ、他のせんたちにもそう伝えてくれるか」
何かを決意するような、厳しい表情。翔太は嫌な予感を抑えられない。
◎
臨時の職員会議は、ごく短時間で終了した。
浅井教頭が事前に鬼谷はじめ校運メンバーとは話をつけていたらしく、反対意見らしいものも出なかった。
ただ一人、翔太だけが最後まで抵抗した。
翔太自身も、担任という義務感から動いているだけにも感じられた。
むなしい抵抗だった。
赤井亮、青山優作の両名に、自主退学を勧告することが、決まった。
◎
定時棟、生徒指導室。
ほこりっぽい室内は窓を開けても風が通らず、夏の夜の暑気が四角く切り取られてしめっぽく淀んでいる。
ぎし、とパイプ椅子を軋ませて青山優作が座る。
時間的には授業中、である。
ストレスに耐えきれずに授業を飛び出したところを、翔太がタイミングよく見つけて生徒指導室へと誘導した。亮は優作よりもさらに欠席日数が厳しく、教室に残っている。
ちょうどよかった。こんな話、二人まとめてするわけにもいかない。なんとか単独でゆっくりと話をする機会を見つけなければ、と思っていた矢先だった。
「で。話って?」
こちらのただならぬ雰囲気を敏感に感じ取ったのか、優作の物腰もいつもより柔らかい。
翔太は優作の向かいに座り、机の上で手を組む。
沈黙。
手を組み替える。視線を合わせられない。なんと切り出していいかがわからない。
そもそも、『自主退学の勧告』ということ自体に矛盾がある。なぜ『自主』なのに『勧告』されねばならぬのか。普通に『退学処分』にしてくれればいいのだ。なぜ『自主退学』にこだわるのか。
わかりきっている。学校側が責任を負いたくないからだ。処分ではなく、自主退学、ということにしておけば、少なくとも世間に対しては申し開きができるからだ。
しかし当事者にとっては自主退学と退学処分の間にはなんの違いもありはしない。むしろ、担任としては自主退学の方がやりにくい。
長い沈黙の末、翔太は意を決して顔を上げた。
優作は翔太に対して少し斜めに座り、足を組んで携帯電話をいじっていた。
「あのな。青山。……お前の、授業態度のことだけどな」
自然、いつもの説教と同じような切り出し方になった。しかし、いつもの説教と同じような展開にはならなかった。
「もう、無理だと思うんだ」
携帯電話に落としていた優作の視線が、ぱっと上がる。悲壮な表情。
「……どういうこと?」
翔太は諭すように、
「これは一年のときからずっと言ってるけど、学校には授業があって、ルールがあって、それをちゃんとやっていこう、と思う生徒だけが、卒業していけるんだ。青山、お前は特に、九月に入ってから全然まともに授業を受けられてないよな?」
青山が携帯電話をしまい、姿勢を正す。
「ちょっと待ってよ」
翔太は言い淀む。だが、ここまできたらもう止められない。一息に言う。
「もう、無理だよ。続けられない。こちらが、もうこれ以上、面倒を見られない」
青山が、泣きそうな声を出す。
「……翔太、それって俺に学校辞めろ、っていうことかよ……」
初めて目にする表情。悲しみ、絶望、後悔、そしてわずかな怒り。
優作は目の端に涙をためながら翔太にすがりつくように、
「俺、頑張るから、そんなこと言わないでくれよ! もう授業の邪魔もしないし、遅刻もしないし。掃除もちゃんとやるし! なあ、頼むよ。翔太にまで見捨てられたら、俺はもう終わりなんだよ……。もう一回だけ、チャンスくれよ」
翔太はきつく目を閉じる。
「もう、無理だ」
「なんでだよ! なんでそんなこと言うんだよ! 頼むよ! 二度と逆らわないからさ! お願いだよ、お願いします! 俺、頑張ります!」
「じゃあなんで! こんな風になる前に! もっと早くに変われなかったんだよ!」
思わず、大きな声が出た。
「変わるチャンスなんていくらでもあっただろう! 今まで俺が何回言っても言うこと聞かなくって、今更『今度こそ変われます』はないだろ! そんなの信用できるかよ!」
厳しい言葉だった。だが、優作は反発してこなかった。ただ呆然と、翔太の顔を見ていた。
翔太の両目から、止めどもない涙が滂沱と流れていたからだ。
優作も、涙をこぼした。
そこからは、もう、話にならなかった。
ただただ、二人とも、嗚咽を漏らしながら泣いた。
悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか、自分でもよくわからなかった。ただ、どうしようもない感情の奔流に、なすすべもなく打ちひしがれていた。
二〇分ほど経った頃に、優作が赤く腫れた目を翔太に向けた。
その声からは、すっかり感情の色が抜け落ちていた。
「……わかったよ。辞めればいいんだろ」
翔太は、顔を上げることも、頷くこともできない。
机の上に組んだ指から視線を外さずに、
「お家の人には、こっちからも連絡するけど。自分の口でもちゃんと言うんだぜ」
「ああ」
優作が立ち上がる。
翔太がやっと、のろのろと顔を上げる。
優作は目を赤く腫らしたまま、翔太に笑顔を向けた。
「明日っから、無理に授業受けなくって済むんだな」
翔太は胸に走る痛みに耐えるのに精一杯で、何も答えられない。
◎
放課後、赤井亮にも同じように話をした。
今回も、翔太は同じように泣いてしまった。
亮は泣かなかった。優作のようにすがりつくこともしなかった。目を伏せて、ただ短く、
「そっか」
とだけ言った。
「今からバイトだから」
と、亮が立ち去ったあとも、翔太は生徒指導室のほこりっぽいパイプ椅子から、立ち上がることができなかった。
頭の中をぐるぐると同じ考えばかりが巡っていた。
あの二人のために、もっとやれたことがあったのではないか。担任として、二人が変われるような働きかけが、何かできたのではないか。なぜ、こんな風になる前に、もっと早くに変えてやれなかったのか。
優作に言った言葉は、そのまま真っ直ぐ跳ね返って翔太の胸を刺した。
どれぐらい座っていただろう。
冬眠から起き出す熊のようなのろのろとした動きで立ち上がり、窓を閉めた。涙の痕跡を消すためにトイレで顔を洗う。
職員室に戻ると二三時を回っており、ほとんど人は残っていなかった。教頭の島には誰もおらず、指導部の島に桜井、中村がいるだけだ。
桜井がいつもの調子で声をかけてくれる。
「内田先生。お疲れ様でした」
「ん」
桜井とは、夏休みの会議以降、気まずい関係が続いている。あのとき、体育大会の新案に反対した真意も、聞きそびれたままだ。正直、桜井側からの壁はすでに全く感じないが、翔太の方が色々と考えてしまい、以前のように話ができない状態になってしまっている。
中村がPCをタイプしながら、
「赤井くんと青山くんと話してたんだよね。……ちゃんと結論出た?」
その言葉には、半ば以上、「どうせ無理だったんでしょうけど」という諦めが含まれているような気がした。
「うん。以外に、素直に聞き分けたよ。あの二人」
「へえ」
カタカタ、と中村の指が立てるタイプ音が響く。
翔太は業務日誌を開く。今日のタスクはすでに、全て終了している。
来週に迫った体育大会も、完璧と思えるほどに詰めてある。
でも、心が晴れなかった。
業務日誌を閉じ、ため息。
カタカタカタ。
「ラーメン行きますか」
突然声をかけたのは桜井だった。
翔太はとっさに返事をしかねる。
「お、いいね。行こう行こう」
代わりに答えたのは、中村。
カタカタカタ。
翔太は曖昧な表情で、
「いや、でも、フェリーもう終わっちゃったし……」
中村がカタカタカタ、タンッとひときわ強くエンターキーを押して、手早くPCをシャットダウン。帰り支度を整えながら、
「何言ってんのよ。島にもラーメンがあるじゃない」
「……一角らぁめんのことですか」
「そ。明日は土曜日だから、確か今日は夜中の一時まで開いてるはずよ」
翔太は思う。わかってて言ってるんだろうか。一角らぁめんと言えば、あの『金髪トリオ』や『赤青コンビ』がアルバイトしているラーメン店である。それに、さっき、亮はなんと言って帰っていった? 確か「今からバイトだから」と言ってはいなかったか。
「内田先生、行ったことないんですよね。元気ラーメンもいいスけど、一角もなかなかどうして、うまいですよ。行きましょうよ」
「んじゃ、うち、車出すね」
翔太がなんらかの意思表示をする前に、中村は車のキーをチャラチャラ言わせながら外に出て行く。仕方なく、翔太も帰り支度を始める。桜井と手分けして機械警備をセット。
魚島にはかろうじて繁華街、と呼べるような町並みが二カ所ある。
一カ所目は、言わずと知れた魚鷹フェリー乗り場周辺である。島の南に位置するこの港には、本土から帰るサラリーマンを引っかけるべく昭和からタイムスリップしたようなスナックが軒を連ねており、原色のネオンでケバケバしく彩られた建物の中ではババ寄りのママが酒がれした声で下品な冗談を言う常連客を笑い飛ばしている。
もう一カ所は、フェリーと反対側の島北部の役場周辺である。島内唯一の公共交通機関である島バスの営業所もここにあり、一から十八系統まであるバスのほとんど全てがこの役場を出発点としている。いわゆる交通の要所として発展した町だ。
一角らぁめんがあるのは後者の役場周辺である。車なら、高校から一〇分ほどで着く。
「今一角らぁめんが入ってる店舗って、島の中じゃ立地がいいから、本土のラーメンチェーン店が何度も進出してきたんですけど、そのほとんどが半年もせずに潰れちゃってんですよね。一角らぁめんはチェーンじゃないけど、もう四年になるかな。そう思うとよく健闘してますよ」
よく食べに行くらしい桜井が、車内で島民らしい蘊蓄を披露。
狭苦しい駐車場に軽四を詰め込むと、三人は早速店に入る。
確かに、開業四年とは思えないほど年季の入った建物だった。据え付けのテーブルやカウンターだけではなく、箸立てや調味料入れ、寸胴や中華鍋などの店舗什器も残らず年期が入っている。おそらく、同じラーメン業だった前の店舗から、それらも引き継いだのだろう。しかし、古いは古いものの、店内は明るく、よく清掃が行き届いており、嫌な感じはしなかった。
「らっしゃいっ!」
威勢のいいかけ声が店内のあちこちから上がる。
真っ先に、厨房で鍋を振るう金髪が目に入る。真っ白のコック服に身を包んでいるが、完全にサイズが合っておらず、特に腹がはち切れんばかりで見るからに苦しそうである。
「お、今日は寺西裕樹がいんじゃん」
桜井が口笛を吹く。
翔太はちょっと意外な心持ちがした。飲食店のアルバイトと言えば接客や清掃、皿洗いがせいぜいで、調理に携わっているとは思わなかったのだ。
「そういえば、うちは寺西くんから聞いたことあったな。今度、チャーハンの調理任されることになった、って。嬉しそうに話してたっけ」
中村がつぶやく。
十二時前とは思えないほど店内は混雑しており、決して多いとはいえない店員は注文とりや配膳に忙しく動き回っている。
席まで案内されないまま、翔太、桜井、中村は入り口にぼさっと突っ立っている。
ちゃっちゃ、と麺を湯切りした店長らしき男が、野太い声を響かせる。
「おい、亮! お客さん待たすんじゃねぇや!」
テーブルを布巾で拭き上げていた亮が、さっとこちらにやってきて、
「お待たせ――」
気づく。
「……しました」
無言で席まで案内。翔太も気まずくって、顔を上げることができない。
人数分の水を置いた亮が、そのまま注文をとる。翔太はほとんど何も考えず、半分自動的に店長お勧めの『味玉バター白塩らぁめん』を注文。亮が厨房に引っ込んで、初めて自分が息を止めていたことに気がつく。
コップの水を飲み干してようやく一息ついた翔太は、厨房の中と外を忙しく行き来する亮の動きと、厨房の中で激しく鍋を煽る裕樹を交互に眺める。どちらも真剣に目の前の仕事に打ち込んでいるのがよくわかる。学校では見られない表情だ。
チャーハンも頼めばよかったかな、と思う。裕樹の作るチャーハンがどんな味なのか、気になった。
亮が、ラーメン鉢を二つ持ってこちらに来る。
「味玉バター白塩と味玉塩です。塩バターコーンもすぐお持ちするんで、お待ちください」
早い。接客も丁寧でスムーズだ。
「ご注文は全ておそろいでしょうか」
塩バターコンの鉢を桜井の前に置いた亮が言う。
「あ、あの」
翔太が声を上げる。一瞬、にらまれるかな、と覚悟したが、亮は至って普通の表情でメモを手にする。
「はい」
「チャーハン、一つ追加で……お願いします」
「チャーハン追加ですね」
「あ、うちも欲しい」
「じゃあ、オレも食べようかな」
中村、桜井も手を上げる。亮は注文票を手早く訂正。
「チャーハン三つ追加ですね。こちら、ラーメンとセットにした方がお得なんで、チャーハンセット三つ、にしておきますね」
立ち上がり、
「チャーハンスリーいただきましたっ!」
と厨房に大きな声をかける。すると、厨房の裕樹が威勢よく返事。すぐさま、鍋を振りにかかる。
桜井がしみじみと、
「よく、頑張ってますね。あいつら」
三人は割り箸を割り、黙々とラーメンを食べる。
うまい。
翔太の頼んだ白塩らぁめんは白湯(ぱいたん)スープがベースになっており、白湯のまろやかさと塩のあっさり感、そしてバターのコクが絶妙なバランスで調和している。
「お待ちっ。チャーハンです」
亮が三つのチャーハンを器用に一度で運んでくる。
これも、うまい。
卵が米一粒一粒にしっかりとコーティングされてパラパラに仕上がっているのは、でかい中華鍋がしっかり振れている証拠だ。
「ほんと、よく頑張ってるよ。あいつら」
翔太がつぶやく。もっと早く、働いているところを見に来てやればよかったな、と思う。
思った途端、口の中のチャーハンを飲み込むのが難しくなった。
パタパタ、と涙がテーブルに落ちる。
こらえようとすればするほど、涙と鼻水が止めらなくなった。テーブルに置いてある箱ティッシュを使いながら、なんとか完食。他の二人を待たず、翔太は席を立つ。
「ちょっと、外の空気」
鼻をすする。
「す、吸ってくっ、きます」
伝票をとり、二人の分も会計を済ませてから、外に出た。
背中に亮と裕樹が、
「ありがとうございました!」
む、っと晩夏の夜気が押し寄せる。が、盛夏のそれとは明らかに圧が違う。秋が近づいているのを肌で感じる。
ぐず、と鼻をすする。
頭のどこか冷静な部分が、冷めた目で自分を見ているのを感じる。
そうやって感傷的になって、いい先生ぶるのはやめろよ。どうせ、『赤青コンビ』が追い詰められるまでの間、お前が大した指導をしてこなかったことに変わりはないんだから。今だって、本当はほっとしてる部分がでかいんじゃないのか? ああ、あいつは仕事でちゃんと生きていける。学校がなくったって、ここにちゃんと居場所がある、って。そんなのが、担任としてお前がちゃんとあいつらを見てやれなかったことへの言い訳になるとでも思っているのか。
少し空いた駐車場の車止めに、膝を抱えるように腰掛ける。
空を見上げる。
役場周辺の繁華街の明かりが雲を白く光らせるからか、濁ったような夜空だった。星は一つも見えない。
ふと、来週の体育大会、あいつらにも楽しんでもらいたかったな、と思う。
じわ、と視界がぼやける。駄目だ。完全に涙腺のスイッチが入ってしまっている。
からり、と引き戸の音。元気のいい「ありがとうございましたっ!」の声とともに、桜井と中村が店から出てくる。
「ども。ごちそうさまでした」
「お勘定、ありがとね」
翔太は、ず、と鼻をすすり上げ、ごしごしと顔を袖で拭う。
「いや、こっちこそ。付き合ってもらってありがたかったです。なんかよくわかんないけど、ちょっと、吹っ切れたかも。来てよかった」
あは、と中村が笑顔を見せる。普段がきつい印象だけに、こうして見せる何気ない笑顔が、すごく魅力的に見える。中村が翔太の背中をばしばし叩きながら、
「んじゃ、帰ろっか」
◎
翌週の月曜日、一三時から青山が、一五時から赤井が、それぞれ母親とともに来校。退学届を提出した。
生徒指導部長の鬼谷と担任である翔太で対応。
青山は、やはりここでも泣いた。
赤井は、母親に促されるようにして、最後にこう言った。
「今まで、迷惑かけました。ありがとうございました」
全てが終わってから、翔太は思う。
ひょっとしたら、あの二人は来者だったのかも知れない。
必死で人間社会に溶け込もうと努力したけど、それでもどうしても馴染めなくて、ついに爪弾きにされてしまった異星人だったのかも知れない。
『体育大会』
『赤青コンビ』の退学は、多くの者の胸に共通の思いを去来させた。
――あ、あそこまでやると退学になるんだ。
以来、金髪トリオ始め、二年生の面々は人が変わったようにおとなしく授業を受けている。
そして、金曜日。
体育大会当日である。
定時制の体育大会はもちろん、夜に行われる。とはいえ、夏の終わりのこの時期は日の入りもまだまだ遅く、一八時を回ってもまだ照明に明かりは点されていなかった。ちなみに、魚定のグラウンドには夜でも野球ができるほどの本格的なナイター設備が備え付けられている。
まさか翔太の「今回の体育大会の目玉、魚定リレーは盛り上がること間違いなしだぞ!」なんてうたい文句に釣られたわけでもなかろうが、二年生の出席率はなんと一〇〇%だった。これだけでも担任としては鼻高々、というところだが、やはり赤井青山両名がいないことが翔太の心に影を落とした。
一七時過ぎに登校してきた生徒たちはのろのろと体操服に着替え、始業のチャイムには余り頓着せずにバラバラとグラウンドに出て行く。予定より一〇分押して集合点呼完了。開会式、全体体操、徒競走までは例年と全く同じ流れである。
徒競走は男女、五〇、一〇〇、二〇〇メートルの三種目で、各クラス二名ずつが出場しての計八名で予選、その上位四名で決勝が行われる。推定喫煙率八割の連中に二〇〇メートル走はきついのではないか、と思われるがまさにその通りで、二〇〇メートル走にエントリーしている生徒はほとんどがヒエラルキーの最底辺に位置する力のない生徒であり、残念なことに欠席するのも主にその層だった。従って、二〇〇メートル走は予選の時点で四人しかおらず、いきなり決勝という、なんとも盛り上がらない展開となった。もっとも、欠席者ゼロの二年生はその四人のうち二人を占めていたが、三位、四位独占、という結果に終わった。出場した田口純平(たぐちじゆんぺい)と橘隼人(たちばなはやと)に関しては、休まずに登校したことこそを褒めたい、と翔太は思う。
さて、徒競走の決勝が全て終わったら、いよいよ魚定リレーの始まりである。
魚定リレーは各クラス七名の走者が出場、六種目をたすきでつないでいく。
第一走者は金髪トリオの一人、寺西裕樹。一角らぁめんの厨房で中華鍋を振るっていた姿が思い出される。種目はパン食い競争である。中年親父のビール腹のような体型の裕樹は食い意地が張っているイメージがあり、ある意味ぴったりの種目である。
たかがパン食い競争と侮るなかれ。そんじょそこらのぬるいパン食い競争と一緒にしてはいけない。昨今の運動会ではビニールで包装されたままのパンを低い位置に釣るし、なんなら手まで使ってOKなイージーモードが主流かも知れない。しかし、魚定リレーのパン食い競争は違う。ジャンプなしではわずかに届かない絶妙な高さ(もちろん、各走者の身長に合わせてレーンごとに調整してある)に、裸のあんパンがそのままぶら下げてあるのだ。もちろん、手の使用は禁止。これも多くの批判を集めながら、最後まで翔太が譲らなかったラインの一つである。そもそもビニール包装のパンにそのまま食いつくことなどあるものか、と翔太は思う。
鬼谷先生の号砲で各学年の走者四人が一斉にスタート。スタートラインからパンが吊り下げてあるところまでは三〇メートルある。裕樹はその体型から走るのは苦手だと思われることが多いが、その実、走るのは苦手である。五〇メートル走では小学校の頃からずっと尻から数えた方が早い順位だったし、金髪トリオで悪さをして逃げるときにも最初にとっ捕まるのは決まって裕樹である。実際、今回もパンの場所までたどり着いたのは当然のように四学年中四位だった。たった三〇メートル走っただけで、膝に手をついて息を荒げている。
息を整えた裕樹はまず、第二レーンのパンの真下に陣取る。他のレーンでは他学年の三人が、ぴょこぴょこ跳んではパンを咥え損ねるということを繰り返している。正直、翔太はパンの高さの設定をシビアにしすぎたか、と軽く後悔を始めていたくらいだ。
しかし、裕樹は一撃で仕留めた。
軽く膝を曲げ、上半身は脱力。腕を軽く振り、反動をつけてジャンプ。一見無表情に見えるが、それは極度の集中が作り上げる表情で、獲物を狙う肉食動物を思わせる鋭い相貌は確実にあんパンをとらえている。一気にジャンプ、顎が外れたのではないかとこちらが心配になるほどの大口を開けてあんパンに食いつく。そのまま、食いちぎってしまわない程度の絶妙な咬合力で見事にあんパンを紐からむしり取り、片膝立ちで着地を決める。
一瞬あと、二年の応援席から爆発的な歓声が上がった。翔太も思わず叫ぶ。
「よっしゃー! いいぞ裕樹! さすがっ!」
第二走者にたすきを渡そうとする裕樹に、中村が立ちはだかる。
「ふーふーんんーんんー!」
パンを咥えたまま抗議する裕樹に、
「全部食べきってから! そういうルール! 手を使ってもいいから」
裕樹は顔ほどもある大きなあんパンをなんと三口で完食。目を白黒させながら飲み込み、第二走者にたすきを託す。
二年生、第一走者を終えて断然トップ。まだパンのところでジャンプしている選手もいる。
第二走者は田口純平。二〇〇メートル走にも参加していた生徒である。発注できる中でもっとも小さいサイズの体操服を着ているが袖も裾もだぶだぶで、まるで成長することを見越して大きめの服をあてがわれた小学校低学年のようだ。いわゆるゲームオタクで、格闘ゲームに熱を上げているらしい。二〇〇メートル走にともに出場していた橘隼人は同じゲームオタクであり、非常に仲がいい。隼人と話をするときの純平は信じられないくらい饒舌になる。が、人と話すのは元来苦手らしく、純平が隼人以外と話しているところを翔太は見たことがない。
そんな純平が走る第二走の種目は、ぐるぐるバットである。ルールは簡単、バットに額をつけて一〇回まわって三〇メートル走る。走れるならば。
圧倒的なアドバンテージを持ってたすきを受け取った純平は、張り切ってバッドに額をつける。しかし、純平ほどの運動音痴になると『バットを立てて額をつけて一〇回まわる』という単純な動作ですら、正確に行えない。まわっている最中に脚がもつれる、バットが地面から離れてしまう、転ける。二年の応援席からは何やってる早くしろ、と叱責が、他学年の応援席からは何やってる反則だ失格だ、と野次が飛ぶ。純平はさらに焦り、その運動精度は地に落ちる。やっとの思いでまわり終わる頃には他のレーンの選手もぐるぐるとまわり始めており、つまりあれだけあったアドバンテージが早くもなくなりつつある、ということだった。
きっと、純平は根が素直で純粋なのだろう。
裕樹が自分に託してくれたアドバンテージを、少しでも残した状態で第三走者に渡さなければならない。ぐるぐるまわるだけで随分ロスしてしまった。せめて、走るくらいは全力で走って、ロスを取り替えさねば。クラスの期待に応える義務が自分にはある。
そう考えた純平は、一〇回まわった時点でバットを放り出し、第三走者めがけて一目散にダッシュを始め、
全力でカーブを描いて応援席に頭からダイブした。
間の悪いことに、四年生の応援席だった。
いてーなこいつなんなんだよ殺すぞマジで、暴言とともにコースに押し戻される純平。二年の応援席からは、バカ何やってんだ早く戻れ走れ後ろがもう来てんぞ、一年三年の応援席は爆笑の渦。翔太も叫ぶ。
「なんでそうなる――――――! 急げ――――――!」
かくん、かくん、と軌道修正をしながら、もつれる脚で無理矢理第三走者までたどり着いたときには、すでに一年生がたすきを渡し終えてスタートしている。裕樹が作り出したアドバンテージはきっちりなくなった。
純平は必死で謝りながら、第三走者、藤堂仁へたすきを渡す。純平と仁が並ぶと、その身長差と体重差には笑ってしまうほどの差がある。普段、話などしたこともないこの巨漢に、純平がびびり倒していることは明白だった。
しかし、仁は何も言わず黙って純平の肩をぽんぽんと優しく叩いただけで、すぐに競技をスタート。その動作からも表情からも、純平を責める色は一切見えない。純平は安堵の表情を浮かべ、そして聞いたこともない大声で、
「藤堂くん――――――! 頑張れぇえええ――――――!」
翔太は思わず身震いする。普段、隼人以外の人間と関わろうともしないあの純平が、見た目の怖さならクラス一、二位を争う藤堂仁に、応援の声をかけたのである。
第三走者の種目は調理用具のお玉にピンポン球を乗せて走るやつである。ただし、途中に平均台あり。仁よ、その体格でなぜそれを選んだ。
しかし仁は意外な器用さを発揮、一度もピンポン球を落とすことなく平均台も無事クリア。一年とほぼ同着で第四走者へとつないだ。この辺りから、応援席からの声はほとんど絶叫である。翔太も手に汗を握っている。正直、ここまで盛り上がってくれるとは思っていなかった。
第四走者は野田芽衣と関亜香梨。種目は二人三脚である。芽衣と亜香梨は入学からこっち、常にニコイチで行動してきた。二人三脚のペアとしてはこれ以上ないコンビだと翔太は思う。
脚をバンドで固定した二人は、たすきを受け取ると一年生ペアとほぼ同時にスタート。
異変はすぐに起きた。
息が合っていないのである。見ると、芽衣がイチ、ニ、イチ、ニ、と声をかけ、走るペースも自分に合わせている。亜香梨はそれに必死でついていく。が、やはり遅れる。その度に立ち止まり、芽衣が文句を言って亜香梨が謝る、ということが繰り返されているようである。当然ペースは上がらず、一年ペアに水をあけられていく。
その様子を見ながら、翔太はなるほど、と妙に納得。普段の二人の関係もなんとなく、我が強い芽衣と、それに合わせる亜香梨、という構図になっているな、とは感じていたが、それでも二人の息は合っているものと思っていた。こうして改めて競技を通して関係を見てみると、二人の間にはやはり微妙な力の差みたいなものがあるのだと感じられて、興味深かった。
などと感心している場合ではない。すぐ背後には四年生、そして三年生ペアも迫っている。
「頑張れ――――――! 声かけてゆっくりでもいいからちゃんと合わせろ――――――!」
翔太の激励もむなしく、一位の一年生には大きく水をあけられ、三位の四年生とほぼ同着。四位の三年生もすぐ後ろについている、という際どい状況に。
しかし、翔太は知っている。ここまでの順位は、実はあまり大きな意味を持たない。なぜなら、続く第五走者の種目が、借り物競走だからだ。はっきり言って、どのお題を引くか、という運がタイムを大きく左右する。
二年生の第五走者は神林リン。病的に表情を変えない。病的にしゃべらない。それが、外見だけならクラスのヒロインとしてみなの中心にいてもおかしくない容姿を持ちながら、リンが日陰者の扱いを受けるゆえんである。その様子ははっきり言って異常であり、実際、翔太はリンになんらかの疾患や発達障害があるのではないか、と見立てている。
さて、リンは芽衣からたすきを受け取ると、借り物競走のお題の封筒が置かれた机へと走る。
すでに一年生は封筒を開けており、絶叫。
「えー、運動会で誰がこんなん持ってんだよ! ボールペン! ボールペン持ってる人! 先生誰か持ってんだろ! 持ってるヤツ手ぇ上げろよ!」
一年応援席から、桜井持ってるだろ、天ちゃんのとこに行けよ、と声が上がる。
リンは少し悩み、机の右端に置かれた封筒を手に取って中身を確認。
三年生、四年生がすぐに追いつき、各々封筒を確認する。そしてすぐに、それぞれ大声で、
「サンダル! サンダル履いてるヤツ! いやいねーだろ体育大会にサンダルは!」
「ねえ! 誰か、ポケットティッシュ持ってる人いない? 女子力高い人持ってるでしょ! ティッシュ! ティッシュ持ってる人!」
各応援席からは、それらがどこにあるかの予想の声がてんでに上がる。
リンはしばらく動かず、声を上げることもせず、そこに立ち尽くしていた。
じれた二年応援席からは、何やってんだ早く動け、せめて何が必要か言え、と叱責が飛ぶ。
突然、意を決したようにリンは顔を上げ(もちろん無表情で)、走り出した。真っ直ぐに翔太のところへ駆け寄り、
「先生」
と言った。
もしかしたら、リンの肉声を聞くのは本当に初めてかも知れなかった。
しゃべるとしたらきっとこんな声だろうな、と翔太が想像していた通りの、消えてしまいそうにか細い、鈴の音からリズム感を奪ったように平坦で透き通るような声だった。
「ズボンください」
内容が突飛すぎて、一瞬リンがしゃべっているのが日本語だと認識できなくなる。
「ズ、ズボン? えっと、え? それって、お題? どういうこと?」
リンは黙って封筒から取り出した二つ折りのコピー用紙を広げてみせる。
そこにはこう書いてある。
『ナイキのジャージのズボン』
無論、これらのお題は、持っている人が一人もいませんでした、では競技が成立しない。前もって、教員にお題の品を持たせるか、誰かが確実に持っていることを確認してある。もっとも、担任が競技者にリークしては公平性が失われるので、担任はお題の中身も、誰が何を持っているかも知らない。当然、翔太も例外ではなく、競技の企画者ではあるがお題については何も知らされていなかった。
おいおい、こんなお題入れたの誰だ、中村先生か? 確かに俺は今、上下ナイキのジャージを着てはいる、着てはいるが、ズボンを脱いだら当然パンツだ、パンツはさすがに――
応援席から聞こえる、神林、翔太、一体何してんだ早くしやがれ、という怒声が翔太の思考を空回りさせる。
と、そこでリンが動いた。
ぱっと翔太の手をとって、走り始めたのだ。リンについて走りながら、なるほど、と納得。何もズボンを脱がなくったって、はいたまま一緒に行けばいいだけだ。
借りてきたもののチェックをしているのは総務部長、高田修二郎だ。
すでに一年生はチェックを受けているところで、四年生がポケットティッシュを握りしめて順番待ちをしている。
「これはシャーペンだろー。ちゃんとボールペン探して来い。やり直し」
高田は邪魔くさそうな顔をして、シャーペンを一年生に返す。
「だー! くそっばれたー! ボールペンなんかどこにあんだよ!」
ぱっと見で騙し仰せると思っていたのか、一年生が悔しそうに走り去る。
次、四年生。
「ほれ、お題の紙寄越せ。……えーと? ポケットティッシュか。……うん、合格」
四年生はポケットティッシュを握りしめた手でガッツポーズ、たすきを最終走者の生徒会長、矢沢琢磨に渡す。
「サンダル――――――! これ無理だろ――――――!」
どこかで三年生が叫んでいる声がする。
次、リン。
高田は翔太の姿を認め一瞬怪訝な顔をするが、リンがお題を見せると、
「なるほど、そういうことか。確かに。んじゃ、合格」
応援席からは何が起きているかがわからなかったはずだが、チェックを通過したことは伝わったらしい。わっと歓声が上がる。
ちょっとどきどきしながら、翔太は盗み見るようにリンの顔を伺う。ひょっとして、その顔に表情が浮かんでいるのではあるまいか、と期待したのだ。
そこには、いつもの無表情があった。
しかし、毎日毎日その顔を見続けてきた翔太だから気づける雰囲気の変化があった。表情はほとんど、いや、全くと言っていいだろう、変化していない。だが翔太には、リンがほっとしているのが感じられた。確かに、リンが満足感を得ているのがわかったのだ。
翔太は、心底思う。
魚定リレー、やってよかった。
たすきがリンから、最終走者の織田洋介に渡る。スクールカーストの頂点。最終競技の最終走者はオレしかいねぇ、という顔をしているが、最終種目が『小麦粉の中のあめ玉を手を使わずに探すやつ』だとちゃんと認識しているのだろうか。
せっかくレースの真ん中まで連れ出されたんだ、ついでに砂かぶりでゴールまで見学していってやろう、と翔太は洋介を追う。
長机の上に四つ、アルミ製のバットが並べられ、中には小麦粉が満載されている。見ると、琢磨がすでに小麦粉に頭を突っ込んでいる。
ボールペンなんてすぐにみつかるだろうし、先ほど三年生が「あ――! サンダルだ! よおおおしっ!」と叫んでいたので、いずれもすぐに参戦してくるだろう。急がなければ。
「おっし、織田、頼んだぞ!」
翔太が声をかけると、普段は翔太に対して壁を作っているきらいのある洋介が、ぐっ、と親指を立ててみせた。翔太は胸が熱くなる。
魚定リレー、やってよかった。
一年、そして三年の最終走者が長机のところまで到達。四人が腰を折り曲げて顔で小麦粉をかき回す様子は非常に滑稽である。時折、息継ぎのために顔を上げるのだが、その顔は当然真っ白で、その度に観客席がどっかんどっかんウケる。
最初に異変に気がついたのは、やはり四年生だった。
応援席から、おいなんでそんな時間かかんだよどうなってんだ、という声。確かに、琢磨が小麦粉の中のあめ玉を探し始めてから随分時間が経つ。
琢磨が顔を上げ、口から小麦粉を煙のように吐きながら、
「これぜってーおかしいって。入ってねぇだろあめ玉」
他の三人が顔を上げる。
なんか入ってなかったらしいよ、何が、あめ玉だよあめ玉、ええ、そんなのありかよ、どうなんのこれ、聞こえねぇんだけど、何があったんだろ、なんかあめ玉が入ってなかったんだって、ええ、あの小麦粉のやつ、マジかよ。つぶやきの連鎖が瞬く間にグラウンド中に伝播する。
翔太は思わず中村の姿を探す。いた。本部席。向こうも翔太を見ている。中村が小さく首を振る。翔太も首をかしげてみせる。中村が翔太に向かって、行け、と合図を出す。行け、と言われても。
周りを見回す。確かに今、小麦粉に一番近い場所にいる教師は、翔太だった。
仕方なく、長机の前に回り込む。
「ちょっとストップ。確認するから」
各学年の最終走者たちが真っ白な顔で翔太の動きを注視する。特に洋介の視線が痛い。入ってなかったらてめぇ、どうなるかわかってんだろうな、と目が語る。いやいや全然わかってません、と翔太は思う。どうなるかわかっているなら教えて欲しい。もしもあめ玉が入っていなかったら、この場を一体どうやって収めればいいのか。
四年生のアルミ製バットに手を突っ込む。
探る。
祈るような気持ちで、探る。
が、手にあめ玉の感触は当たらない。
探る。探る。探る。が――
ない。
念のため、残りの三つにも手を突っ込むが、翔太の手が白く汚れていくだけである。
「ねぇんだな」
と、洋介。
やっぱりないんだって、マジかよ、どうなるんだろ、いやキレるっしょ、ありえねー、何なになんだって、あーやっぱあめ玉なかったらしいよ、えー意味わかんねー。グラウンド中を伝わっていくざわめきがどんどん大きくなっていく。
「ねぇんだなっ!」
洋介が叫ぶ。
翔太が身の危険を感じて数歩後ずさると、洋介が蹴った長机が狙い澄ましたように空いた空間に倒れる。派手な音とともにアルミ製バットが吹っ飛び、小麦粉が煙幕のようにもうもうと舞い上がる。もろに小麦粉を浴びた翔太は髪まで真っ白に。風下の応援席から悲鳴が上がり、小麦粉から逃れようと軽いパニックが起きる。その騒ぎに便乗した他の応援席もほとんど暴動のような有様である。近くの教員はすでに鎮圧に動き出しているが、焼け石に水だろう。
倒れた長机を踏み越えた洋介が翔太の胸ぐらをつかむのと、駆けつけた中村が制止の声を張り上げるがほとんど同時だった。
「駄目よっ! 手を離しなさい!」
「っざっけんなっ! なんで俺らなんにも入ってねぇ小麦粉に顔面突っ込んで口ぱくぱくしなくちゃなんねぇんだよ! バカにしてんのかおらぁっ!」
周囲に緊張が走るが、翔太は一人、別の意味で緊張する。もし仮に、洋介が来者だったら。この感情の爆発で、暴走事故(TRA)が起きないとも限らない。とはいえ、ここで翔太が何を言おうとも、火に油を注ぐだけだろう。中村の仲裁に期待するしかない。
「私たちが悪かった! 謝るわ! お願いだから手を離して! このままじゃあなたを指導しなきゃならなくなっちゃう!」
「指導でもなんでもしろや、一発殴らなきゃ気が済まねぇよ!」
駄目か――
洋介が拳を振り上げる。翔太は目を堅くつぶり、殴られることと暴走事故(TRA)が起きることへの覚悟を決める。こんな至近距離で暴走事故(TRA)が起きたら、死ぬかも知れない。
が、拳は振り下ろされず、暴走事故(TRA)は起きなかった。
翔太が恐る恐る目を開けると、洋介の拳を四年生の生徒会長、矢沢琢磨がつかんでいるのが見えた。
「……やめとけって。教師殴ったら停学じゃ済まねぇぞ」
さすがの洋介も、あからさまに琢磨に逆らうような愚は犯さない。
琢磨の手を乱暴に振りほどいて怒りに燃える瞳で翔太をにらみつけ、突き放すように翔太の胸ぐらから手を離した。思わず蹈鞴を踏んだ翔太は荒い息をつく。いつの間にか息を詰めていたようだ。全力疾走のあとみたいに心臓がばくばくしている。
洋介は踵を返して転がっていたアルミ製バットの一つを力一杯蹴る。アルミ製バットはパイーン、と間の抜けた音を立てて跳んでいき、底の方に残っていた小麦粉が控えめな煙幕を作る。
「帰るっ!」
大声で宣言した洋介はポケットに両手を突っ込み、もちろん顔面真っ白なまま駐輪場に向かって歩き出す。
金髪トリオの残り二人、魚定リレー第一走者の寺西裕樹と、応援席で盛り上がっていた沢村一樹が慌ててあとを追う。翔太を含め、止める教師はいない。
金髪トリオが見えなくなると、さあ再開だ、とばかりに各応援席の騒ぎが大きくなった。
翔太と中村は無言でアイコンタクト。どうすれば状況が収まるのか、もちろん二人ともわからない。が、とりあえずクラスを抑えに行くしかない。
二人が走り出そうとした、そのとき、
バツンッと回線がつながる音と一瞬のハウリング。翔太が振り返ると、生徒指導部長、鬼谷が「あー、あー」とマイクテストをしながら朝礼台に上がるところだった。
「えー、みなさん」
鬼谷のざらざらした、でもどこか心地よい声がグラウンドに響く。
「今年からの初めての試み、魚定リレーは、楽しめましたか? 私は非常に楽しかった。手に汗握ったし、大いに笑わせてもらった。ただ、残念ながら最後の最後に、小麦粉にあめ玉が入っていないというハプニングがあったため、この競技はここで終了となります。優勝を目指して一生懸命頑張った選手のみなさん、一生懸命応援した生徒のみなさん。本当に、申し訳ない。完全に、我々教師の準備不足です」
グラウンドは静まりかえっている。
「特に、最終走者のみなさんには、本当に申し訳ないことをしたと思っています。ただでさえ、顔を汚すような競技に参加してもらっているというのに……。怒って帰った生徒についても、怒りはもっともだと思います。机を蹴ったことや、内田先生につかみかかったこと、勝手に帰ったことは、不問とします。今回の件に関しては指導は行いません」
おお、と生徒の一部から歓声が上がる。
ふんふん、と聞いていた浅井教頭が、最後の一言を聞いてびっくりした顔をしている。慌てて身振り手振りで鬼谷に抗議をするが、もちろん鬼谷はスルー。
翔太は、へえ、と感心する。てっきり、鬼谷は浅井と話をつけた上で『問題行動を不問とする』という花火を打ち上げたのだと思った。鬼谷の独断だとは、なかなか粋なことをする。まあ、冷静に考えてみれば相談をする時間などなかったはずだし、時間があったとしてもあの堅物の浅井が『問題行動を不問とする』という案に首を縦に振るとも思えないのだが。
ともあれ、鬼谷の『謝罪』と『恩赦』が不満顔の生徒の暴動を抑え込んだのは事実だった。
体育大会はなんとか閉会式を迎えることができた。
◎
生徒を帰し、生徒指導部の鬼谷、鷲尾、翔太、中村でざっとグラウンドを片付けた。本部テントとリレーに使った小道具を引き上げるだけなので割とすぐ終わったが、グラウンドの目立つ場所に盛大にまき散らされた小麦粉だけはいかんともしがたく、トンボでちょっと土をならしてみたが明らかにそこだけ地面が白かった。もちろんグラウンドは全日制と共用である。
「明日、全日からクレームが入らなきゃいいんですけど」
職員室に向かって歩きながら、翔太がつぶやく。
「そうだなぁ」
鬼谷がどっちでもよさそうな調子で答える。
「でもあれ、どう見ても石灰じゃないですか。小麦粉だと思う人いないと思うんですよね」
と中村。
「石灰なら石灰で、な、な、なんであんな風にばらまくんだ、って来るよ。少なくとも、ぼ、ボクならそうクレーム入れるな」
つぶやいたのは鷲尾である。
職員玄関でスリッパに履き替える。
「あーあ。ま、何はともあれ、なんとか終わりましたねぇ」
大きくのびをする翔太の肩を、鬼谷がバンバン叩く。
「いや内田せんせには迷惑かけたな。頭まで真っ白にされた上、胸ぐらつかまれて。すまんかった。勝手に『内田先生の胸ぐらをつかんだ件は不問』なんて宣言しちまってよ」
「確かに災難でしたよ。洗ったけど、髪がぎしぎしです。織田洋介の件もヒヤッとしました。でも、正直どうやって収めたらいいかわかんない状況だったんで。鬼谷先生がうまく収めてくれて、ほんとに助かりましたよ」
髪を手ぐしで整えながら翔太が職員室の戸を開けようとしたとき、中から大声が聞こえた。
「あーあー、どうせおれが悪いですよ! 全部おれの責任ですよ」
何事かと中に入ると、東間が自席で、顔を真っ赤にして立っていた。
「せんっ、あかんでっ。そんな風に大声出したらあかんでっ、ぼくはね、責めてるんちゃうんやで、せんっ」
どうやら浅井教頭と口論していたらしい。
「何言ってるんですか! 教頭はさっき、結局誰が用意するはずやったんや? って言いましたよね。これが犯人捜しじゃなくってなんなんですかっ!」
「違うで、せんっ、こんな失敗が二度と起きへんように、なぜこんなことになったのか、確認しときたかっただけや」
「だからおれが悪かった、って言ってるでしょ!」
誰も口を挟めずにいたが、中村がひょいっと教頭と東間の間に入る。
「ちょっと待ってくださいよ。何をそんなに興奮してるんですか」
ぐ、と黙る浅井と東間。生徒指導部の面々が戻ってきたことに気がついてなかったらしい。
「なんであんなトラブルが起きたか、って話をしよるんやけど、東間せんっが興奮してな。ほれ、直接謝るんなら今やで」
これは浅井が悪い。
ぶち切れるのをなんとかこらえた東間がバン、とPCを乱暴に閉じると、荷物をひっつかんで無言で職員室を出て行く。
一瞬躊躇するが、他の誰も動かないので翔太が東間を追いかける。
職員室を出ると、ガチャンッ、と職員玄関で下駄箱の扉が閉まる音が響いてきた。翔太が小走りであとを追い、早歩きで歩く東間に追いつく。
「ちょっと、待ってください」
東間は止まらない。
「どうせ内田先生も、腹の中では怒ってんだろ、おれに!」
翔太は即答できない。確かに、あめ玉が小麦粉に入ってくれてさえいれば、今日の体育大会は大成功を収めたはずだったのだ。思うところがないはずがない。
ちなみに、体育大会の要項の役割分担表によれば、魚定リレーの長机、アルミ製バット、小麦粉、あめ玉の準備は教務部が担当になっていた。もちろん責任者は部長である東間だ。
東間が遠隔で車のロックを解除。大きな国産四駆がピッピ、と音を立てる。
嘘をついてもしょうがない。翔太は胸のうちを正直に打ち明けることにした。
「正直、腹が立ちましたよ。せっかく成功裏に終われるところだったのに、って。どうしたって考えちゃいます」
東間が四駆のドアを開け、乗り込む。ドアを閉める前に、翔太は急いで言う。
「夏休みの会議の仕返しで嫌がらせなのかな、とも思いましたよ、でも違うんでしょ!」
ドアは、閉まらなかった。
東間はドアの開いた車の運転シートに半分腰掛けたまま、しばらく黙っていた。ぼんやりとメーターパネルの辺りを見つめている。
「……なんで、そう思う……?」
「だって、ほんとに悪意があってわざとミスしたのなら、あんな風にムキになるわけないじゃないですか。さっきの教頭とのやり取りを見て、ああ、故意じゃなかったんだ、ってむしろ俺はすっきりしました」
東間はハンドルにかけた手に頭をもたれかけ、
「……すまん。悪かった。おれのミスなのは本当なんだ」
翔太はなんと答えていいかわからない。
「……言い訳していいか……」
予想外の言葉に翔太は面食らう。
「は、はい」
「……おれは実は、体育大会の要項を細かく読んでなかったんだ。内田先生が一生懸命作ってくれたのはわかってたんだが、文章量が多すぎて……流し読みしただけだった。教務部の準備物に小麦粉とあめ玉が含まれてることを知ったのも昨日、栗林先生に指摘されてだった」
確かに、何を聞かれても『ここに書いてあるでしょう。ちゃんと読んでくださいよ』と言えるように、意図的に全ての情報を要項に盛り込んでいた。そのせいで、精読するには分量が多くなりすぎたな、とは翔太も気にはしていたのだ。
「今日の放課前の準備で山崎先生がアルミ製バットに小麦粉入れてくれてて。五時を回ってたから、おれはよくわかってないまま『あとやっとくから校門立ち番行ってくれていいよ』って言ったんだ。それで、山崎先生はあめ玉を入れるところはおれがやると思ってたみたいだ。でもおれは要項読んでないから、小麦粉とあめ玉は生徒会の連中が入れるもんだと思い込んでた。余った小麦粉の袋とあめ玉を、本部に渡して満足してた。『これ、あとよろしく』なんてな。だから、アルミ製バットには小麦粉は入っているけどあめ玉は入っていなかったのさ」
翔太は聞きながら、思う。それは、東間だけのミスではない。要項を複雑で情報過多の状態にしてしまった翔太の責任でもある。
翔太は東間という男を、自意識過剰で頑固でプライドが高い、一言で言うなら自分のことを賢いと思い込んでいるバカ、だと考えていた。でも、こんな風に自分の過ちを素直に認めることができる一面があるとは。何度か衝突した、というだけで勝手に相手をおとしめるようなイメージを抱いていた自分がむしろ恥ずかしくなる。
東間はドアに手をかけ、
「乗れよ、コンビニ行こう。煙草吸わせてくれ。小麦粉のお詫びにコーヒーくらいおごるし」
猛獣の咆哮のような音を立てて四駆のエンジンに火が入る。
翔太は慌てて助手席に乗り込んでシートベルトを締める。
車が動き出す。
「……すごい高さですね」
「? 何が?」
「いや、この車、座席が。乗る、ってより登る、って感じでびっくりしました。視線もすごく高いです。なんか、トラックに乗ってるみたい。乗ったことないですけど」
東間は微笑む。
「いいだろ。この高さが気持ちいいんだ」
コンビニはフェリー乗り場までの途中にあり、車なら二分くらいで着く。
駐車場に駐まった四駆の助手席からほとんど飛び降りるような感じで降りて、翔太は改めてその車体を見上げた。
東間がピッピ、と鍵をかけて微笑む。
「いいだろ」
翔太は東間を追いかけて店内に入る。
「東間先生って、アウトドアとか好きなんですか?」
「えー、ああ、まあ、アウトドアってか、ウィンタースポーツかな、好きなのは」
東間は買い物カゴを手にして、目につくコーヒーやらジュースやらを手当たり次第放り込んでいく。
「なるほど。だから四駆なんですね。ってか買いすぎじゃないですか?」
「いやぁ、みんなにも迷惑かけたし。職員室に差し入れで持っていこうかな、って。内田先生も好きなの入れてよ」
「あ、ありがとうございます」
翔太はちょっと考えて、めちゃくちゃ甘いコーヒー牛乳を選ぶ。
会計を済ませて表に出ると、東間はピッピと車を開けて飲み物が入ったレジ物袋を後部座席に放り、ダッシュボードから細巻きのケントを取り出してジッポで火をつけた。
「ん」
差し出されたコーヒー牛乳に、翔太は礼を言う。
「ありがとうございます」
東間はぷかりとうまそうに煙草をふかす。
「四駆に乗ってるのは知ってましたけど、先生、煙草吸うんですね。イメージ変わりました」
「ん? ああ。一日に一本とかだけどな。なんかあったときは、特に吸いたくなるんだよな。……ちなみに、どんなイメージ持ってたんだ?」
「……えーと。なんか、インテリな感じです」
「ははは。インテリは四駆にも乗らんし煙草も吸わん、てか」
「なんとなくのイメージ、ですけど。でも、ウィンタースポーツが好き、ってのも意外でした。ボードですか?」
「いや、おれはガキの頃からずーっとスキーだよ」
「へえ。でも、この辺じゃ降らないでしょ?」
「雪? そりゃあな。だからシーズン中はフェリーで本土の方に車運んで、そっちに駐車場借りて置いとくんだ。んで毎週、須藤の方まで通う、と」
「はあー。だから冬は自転車になるんですね! なんで寒いのにわざわざ自転車で通勤するんだろうって不思議に思ってたんです。てか須藤めっちゃ遠いですよね。一〇〇キロくらい?」
「九五キロ、ってとこだな。でも高速使ったらすぐだよ」
「むむむ。その情熱はすごいですね」
コーヒー牛乳を飲む。糖分が疲れた体に染み渡るようだ。
ふー、と長く吐かれた煙が月にかかってたなびいていくのを二人でぼんやりと眺める。
「すまなかった。せっかくの魚定リレーを台無しにしてしまった。許してくれ」
突然の、真っ直ぐな謝罪に翔太はたじろぐ。
「いや、別に、俺にもわかりにくい要項作った責任ありますし……」
上目遣いで東間の様子を伺いながら、コーヒー牛乳のストローを咥える。
「……東間さんのイメージ、ほんとに変わりました。東間さんって、すごいです」
「すごい? 何が?」
「いや……。そういう風に、真っ直ぐ謝るのって、俺、すんげー苦手で。自分が悪い、ってわかってからも、なかなかきちんと言葉にして謝れなくって。親から『ありがとうとごめんなさいはちゃんと言いなさい』ってずーっと言われてて、それで余計に意識しちゃう、ってのもあるんだと思うんですけど。だから、東間先生みたいに真っ直ぐ謝れる人はすごく尊敬します」
「はは。ありがと。でも実は、おれもずーっと苦手でな。いや、今でもだけど。例えば、そうだな。内田先生ならわかると思うけど、議論してるとついつい熱くなっちゃって。いっつも喧嘩みたいになっちゃうんだよな。そんで、最終的におれの主張が間違ってたなぁって思っても、なかなか意見を変えることができなくってさ。ついさっきも、教頭と喧嘩みたいになってたろ?よくないな、と思いながら、頭に血が上ると感情がうまくコントロールできなくなるんだよ。だけど、たまにはこうやって、すごく素直に謝れるときもある。謝れたときは、おれも嬉しいし、これからはもっと素直に謝れるようになろう、って思うんだけど、やっぱりなかなか難しいんだよな」
「……わかります」
「先生は怒るかも知れないけど、おれと内田先生はすごく似てるな、と思うときがあるよ」
翔太は少し面食らう。が、
「……そうかも知れないです」
東間は煙草をスタンド灰皿にぎゅっと押しつける。
「戻るか。もうみんな帰っちゃってるかも知れないけど。ちゃんと素直に、みんなに謝るよ」
「そうですね」
「……ありがとう。おれ、内田先生のこと、もっと嫌なヤツだと勘違いしてたよ」
こっちもそうだ、とはちょっと言いにくい。
「また衝突することもあるかも知れないけど、ひとつ似たもの同士、仲良くやっていこうぜ」
東間が右手を差し出す。
翔太は胸のうちで喜びが大きく膨らむのを感じる。人とわかり合えた、と感じるときに、強い喜びを感じる。教師という、とことん人間を相手にする仕事をしていて、最も気持ちよくなる瞬間だ。この仕事を選んでよかった、と心から思う。
「……はいっ、よろしくお願いします!」
翔太は力強く東間の手を握った。
◎
職員室に戻ると、全員帰らずに残っており、深刻な顔で話し込んでいた。戻ってきた東間の顔を見て、一様に驚く。
東間は宣言通り、浅井教頭、生徒指導部の鬼谷、鷲尾、中村に対して、素直に謝罪した。
東間の買った飲み物を受け取り、みんな照れくさそうな、でも嬉しそうな顔をしてみせた。
「ほな、みんなもう帰ろうか!」
飲み物を飲み終わった頃合いに、浅井教頭の宣言で、各々が帰路についた。
「俺歩きなんで、正門閉めますよ。みんな出てください」
徒歩で帰る翔太が戸締まりを買って出た。
「お、悪いね。お疲れ様」
「お疲れ様です」
翔太はみんなの車や自転車を見送りながら、のんびりと校門まで歩く。校門を半分閉めて、残っている車はないかな、と駐車場の方を伺う。しばらく待ったが、気配がないので、門を閉めようとしたとき、エンジン音が聞こえてきた。セルの回る音が聞こえなかった。キックスターターのSR400、桜井だ。
果たして、駐車場の方からライトが一つやってくる。どっどっどっど、と単気筒特有の歯切れのよい排気音が腹に響く。
翔太のすぐ脇で駐まったバイクから、桜井が排気音に負けない大きな声を出す。
「すみません。お待たせしちゃって!」
「いやいや。お疲れさん」
翔太はまだ桜井に対して、以前のように接することができない。一角らぁめんを食べに行って以来、かなり自然に話せるようにはなったのだが、夏の会議の多数決でどうして魚定リレー反対の方に票を入れたのか、それがどうしたって気にかかってしまうのだ。
門を出たところで、SRのエンジンがストップ。クラッチの操作ミスでエンストしたのか、と翔太は一瞬思うが、どうやらわざと停止したらしい。ジェットヘルのバブルシールドをぐいっと持ち上げながら桜井がバイクを降りる。
「内田先生、明日暇ですか」
明日は土曜日。しかし、夏以降翔太はすっかり休日出勤せずに済むようになっていた。もちろん、明日も予定はない。釣りかキャンプにでも行くか、と無計画に考えていた。
「や、別に」
「だったら、一緒にツーリングでも、行きませんか?」
予想外の誘いに、翔太はびっくりする。
「ええ? でも俺、バイクも免許も持ってねぇよ」
「大丈夫。オレの原付貸しますよ」
確かに車の免許は持っているので、原付は乗れるが……。ただでさえ気まずい関係が解消されていないのに、休日に二人きりで遊ぶなんてハードルが高すぎる。翔太は適切な断り方を頭の中で模索する。
バイク乗ったことないから。……教えます、で終わりか。
キャンプに行こうと思ってて。……一緒に行きましょうなんて言われたら目も当てられない。
あ、そうだ。
「うーん。じゃあさ、松田先生も誘っていい? あの人もバイク乗りだからさ」
会ったことのない年配の先生といきなり一緒に、と言われたら、普通尻込みするだろう。そこに他の理由をくっつけて、断ることにしよう。
「いいですよ」
「……。……いいんかいっ」
「内田先生からお話伺って、前から一度お目にかかりたいな、と思ってたんですよ」
桜井先生のコミュニケーション能力の高さを見くびっていたようだ。
「お、おう。じゃあ、ちょっと誘ってみるわ」
ただ、三人で会うということになれば、気まずさは随分薄れる。
翔太はその場で松田に電話をする。
『んなもん行くに決まってんじゃねぇか。集合場所と時間教えろ』
松田はもちろん、二つ返事でOKである。この人も、コミュニケーション能力のお化けだ。
電話を手で押さえて、翔太は桜井に問う。
「集合場所と時間聞かれたんだけど。どうする? どこ走る?」
「そうですね。どこでもいいですけど、内田先生、バイク初めてならあんまし距離走らない方が安全なんで、無難に魚島一周なんてどうです?」
「いいね、了解。んじゃ、朝一〇時にフェリー集合でいいな」
「待ってください。松田先生の集合はそこでいいですけど、内田さんは直接オレんとこに来てもらわないと。オレ、フェリー乗り場にバイク二台も運べませんよ」
「あ、そっか」
とりあえず、松田に集合場所と時間を伝えて電話を切る。
「先生、オレん家の場所知ってましたよね?」
「いやぁ、あんましちゃんと覚えてねぇな。どこだっけ?」
「あ、いいですいいです。それならオレ、バイクで迎えに行きますから」
「そう? ありがと。俺の家の場所、わかる?」
「確か、高瀬荘でしたよね?」
「うん」
翔太の複雑な心中を知ってかしらでか、桜井は満面の笑みで言う。
「わかります、小学校のときの友達が住んでました。じゃあ、明日、九時半に行きますね」
◎
翌朝、翔太は迎えに来たSRの後ろに乗り、桜井の実家に向かった。ヘルメットも桜井が用意してくれた白いフルフェイスを借りた。桜井のSRは一人乗り用に改造されているため、シングルシートのカウル部分に無理矢理尻を乗せる。
桜井の実家は築年数は古いがデザイナーズハウスのようなモダンな外観で、控えめな看板には『エンジニアリングセンター桜井』との表示がある。桜井の父親は工作機械の設計事務所を営んでいるらしい。
一階部分の前半分が六台は楽に駐車できるガレージになっており、その奥が事務所、二階が居住スペース。駐車場には年代物の国産セダンが一台駐まっている。聞けば、桜井の父親の車らしい。横には普段SRを駐めている場所、そしてその奥に、原付が一台駐められていた。
ヤマハ、YB―1。
原付とはいうもののスクータータイプではなく、サイズは小さいが『いかにもバイク』というデザインのクラシカルなミニバイクである。ちゃんとクラッチも変速機もついている、れっきとしたMT車である。
一通りの操作方法を教わり、フェリー乗り場へ向かう。両手両足全てに役割があることに驚く。が、よく考えれば右手と右足はどちらもブレーキ、左手と左足はどちらも変速と、一応左右で役割が綺麗に分かれている。走り出してすぐはギクシャクしていたし、何度かエンストもしたが、五分も走ればスムーズに運転できるようになった。
フェリー乗り場ではすでに松田が愛車にキャンプ荷物を満載して待っていた。どうやら、今日のツーリングのあとそのまま島内でキャンプをするもくろみらしい。
翔太は意外にも松田のバイクを見るのが初めてであることに気がつく。
「おはようございます。これが先生のバイクですか。でっかいっスねー」
「おうよ。BMW、R1200GSってんだ。いいだろ」
翔太が借りたYBと比べると、生後一ヶ月のニホンザルと成熟したオスのニシローランドゴリラくらいの開きがある。バイクに無知な人が『このバイクは五人乗りです』と言われたら騙されそうなくらい大きい。翔太にとっては、大きさもさることながら、そのヘッドライト周りの独特なデザインも気になる。なんだか鳥みたい。
「GSですかぁ。ボクサーツイン、いいっすね。桜井天真です。初めまして」
おっと、紹介するのを忘れていた。翔太は慌てて、
「同僚の桜井先生です。こちら、俺の指導教員だった松田先生。今は退職して無職です」
「無職たぁひでえなぁ。おれぁ今、『自由人』って肩書きを名乗ることにしてんだ」
松田はがはは、と豪快に笑う。
もっとも、桜井は松田の、松田は桜井の話を、それぞれ翔太から随分聞かされているため、お互いに初対面という感じは薄い。
「なんだよ、このSRもまた、随分いじってあんなぁ」
「SRでカフェレーサーとか、ベタなんですけど。このスタイルが好きなんスよ。SR500のエンジンを540CCまでスープアップして積んであるんで、スタートダッシュはかなり速いっスよ。実はフレームとスイングアームにも手を入れてあります」
「スイングアームはわかっけど、フレームまで加工するっつうのは気合い入ってんな」
「まあ、フレーム加工っても、シートフレームのラインを修正しただけですけどね」
「このシートは自作か?」
「流用です。モンキー用をシングルシートに加工しました。サイズ感ばっちりでしょう?」
などと、翔太を置いてけぼりにしてバイク談義に花を咲かせている。
翔太は思わず空を見上げる。入道雲こそあまり見かけなくなってきたが、まだまだ夏の空だ。
「さて、今日はどっち周りでいきますか?」
「そりゃあおめぇ、島ったら右回りだろう」
魚島はほぼ全周に渡って海岸沿いにぐるっと道路が走っているため、右回りに走ればずーっと海のすぐ近くを走ることができる、ということらしい。ちなみに、湖の周りを回るときは左回りである。これはバイク乗りの基本、とのこと。
というわけで、三台のバイクは右回りでツーリングをスタートした。
走り出してすぐに、翔太がよくキャンプをする東岸壁に行き着く。ここからは海岸線から少し離れ、山の中をくねくねと進む峠道になる。対向車こそほとんどないが、道幅は狭く、路面は荒れ気味で気をつけないといけない。
YBは非力な原付なので、坂道やカーブの出口では適切なギアを選択してやらないと、まともに加速しない。翔太は手探りで、気持ちいい走らせ方を学んでいく。一方、大型二台はそのエンジンパワーでぐいぐいと翔太を引き離していく。二人で走るのがすっかり楽しくなっているに違いない。このままでは翔太は置いていかれてしまうが、島のぐるりをまわる道はほとんど一本道だから、迷子になる心配はないし休憩ポイントでは必ず追いつける。
前の二台に追いつくことは早々に諦め、翔太はYBの操作に集中。小さいなりにエンジンがうなりを上げてパワーを絞り出す様子が大変健気であり、うまくパワーを使い切れた、という感覚が得られたときには非常に気持ちがいい、ということに気がついた。
――ああ、楽しい。
俺もバイク買おうかな、と思う。松田を見るにつけ、どうやら釣りやキャンプとの相性も非常にいい趣味らしいし。
魚島の海岸線長は四二キロである。最初の休憩ポイントは、フェリー乗り場から一〇キロほどのところにある展望スペースだった。
松田と桜井はすでにヘルメットとジャケットを脱ぎ、海を眺めながら休憩している。
「お、来たか」
松田が煙草を吹かしながらにやりと笑う。
「内田、初バイクだったよな、どうだい」
翔太はヘルメットを脱ぎ、口をとがらせる。
「どうだい、じゃないですよ。バイク初心者を置いて、何、二人で突っ走ってんスか」
桜井が頭をかきながら、
「どうもすみません。松田先生がいいペースで走ってくれるんで、楽しくなっちゃって」
「むしろ一人でゆっくり走った方が、おもしれぇんだよ、原付は。原付には原付にしかねぇ楽しさがあるからな」
「あ、それはわかります。めちゃくちゃ楽しかったです。正直、思ってたよりずっと面白い」
転けたときのことを考えて長袖を着てきたが、バイクを降りるとさすがに暑い。上着を脱ぎながら、翔太は展望スペースの手すりから海を見下ろした。
今日の海はとても穏やかで白波はほとんど見えず、まるで湖のように静かな水面が眼前いっぱいに広がっている。遠くの方はもやがかかったように白く霞んでいて、そのまま空ににじむ薄い雲につながっているので、まるで空と海がくっついているようだ。めちゃくちゃ遠くに積載量が何十万トンもあるような巨大なタンカーがちっぽけな木の葉のように浮いていて、なお遠近感を狂わせる。
「はあー。いい景色」
軽い海風が汗ばんだ体を吹き抜ける。
「気持ちいいっスねぇ」
桜井がつぶやく。
松田が新たな煙草に火をつけながら、
「車乗りがよく言うんだよ。『バイクなんて、冬寒くて夏暑いじゃん、何がいいの』ってな。そういうヤツは、キャンプも楽しめねぇだろうな、とわしはよく思う。『キャンプなんて、不便じゃん、雨降ったらどうすんの』なんてな。ばっかじゃなかろうか」
翔太もキャンプの楽しみは十二分に知っているので、よくわかる。
「そういう人が、何万も払ってグランピングとか行くんでしょうか。あれこそ、ホテルでいいじゃん、って思っちゃいますけど。キャンプなんて道具やスペースの制限を楽しむもんでしょ。つまり、不便さを楽しむものなのに。釣りもそうですよね。『魚なんて、スーパーで安く売ってるよ』なんて言う人いますけど。プロセスが大事なんですよ、プロセスが」
桜井は松田と翔太の顔を交互に見ながら、
「ふーん、そんなもんですか。オレ、キャンプも釣りもやらんので、わからんのですよ。でもバイクなら、わかります。車より楽しい、車より速い、車より安い。オレからしたら、乗らない理由がないですもん。そりゃ、車の利便性は認めますよ。でも、車があるからバイクに乗る必要がない、なんてのは、カップラーメンがあるから寿司は食べない、ってくらいナンセンスな話だと思います」
翔太は思わず吹き出す。
「いや、その例え全然わかんねーよ」
「いやいや、わしにはわかる、ぴーんときたぜ」
「やっぱり! バイク乗りにはわかるんですよ」
「いやいやいや! 何通じ合ってんすか、わかんないですって」
松田が携帯灰皿に吸い殻をねじ込み、ジャケットを手にとる。
「さて、そろそろ行くか」
「はい!」
桜井がヘルメットのあごひもを留めながら、
「次の休憩場所は、三〇分くらい走ったとこでいいスか? ちょっとお勧めのマル秘スポットがあるんですよね」
松田が目を輝かせる。
「いいじゃねぇかいいじゃねぇか。マル秘スポット、そういうのわし大好きだよ」
◎
島を約半周してたどり着いたマル秘スポットは、ぱっと見、展望スペースですらない道路脇の空き地だった。
バイクを駐めた桜井は、怪訝な顔をする松田と翔太に、
「こっちです」
と声をかけてすたすたと歩き始めた。
道路を渡り、海側へ。白いガードレールがあり、その先は崖になっている。
桜井はひょい、とガードレールを跨ぎ越え、ぴょん、と崖下に飛び降りた。
「うごぉ!?」
思わずおかしな声が出てしまう。翔太は慌ててガードレールに駆け寄り下を見る。と――
「……驚きました?」
道路からは崖になっているように見えたが、一メートルほど下にちょっとしたテラスのようなスペースが隠れていた。桜井はそこに飛び降り、さも崖から落ちたかのように見せたのだ。
「おいおい、心臓に悪いぜ」
全然驚いてなさそうな松田がのんびりした口調で言う。
「ここから、下に降りられるようになってるんです。道路からは見えないから、多分ほとんどの人が気づいてないはず。マル秘スポットです」
海までは二十メートルほどの高さがある。しかし、岩肌が海岸線と並行にスロープ状になっており、大した苦労もなく下まで降りることができた。
降りた先には軽トラックほどもある大岩がごろごろしている。上からは、下がこんな風になっているとはわからなかった。
スロープの下を回り込むように移動して、翔太は息をのんだ。
岩々が折り重なるように巨大なオブジェを作り上げている。砕ける波が白く泡立ち、波音は岩の間に残響を残す。スケールはずっと小さいが、福井の東尋坊や和歌山の三段壁を彷彿とさせるような、立派な景勝だった。
「こりゃあ、大したもんだ。まるで武漢の赤壁だぜ」
岸壁を見上げながら松田が言う。
「こっちに、ちょっと休憩できるお気に入りの場所があるんです」
桜井が歩いていく先に、洞窟というには浅すぎるが、雨風を防ぐには十分な窪みがあった。
「こいつぁ具合がいいじゃねぇか」
松田の声に頷きつつ、翔太も興奮する。
「いいですねぇ。夏なら、大雨でも降らない限りコット一つで野営できるじゃないですか」
桜井が怪訝な顔をする。
「こっと、ってなんですか?」
「キャンプ用の折りたたみベッドのことさ。そうだ。ちょっと早いが、昼飯にしよう。米とラーメンは持ってきてんだ、取ってくっから待ってろ」
松田が道路脇に駐めたバイクへ荷物を取りに上がる。
翔太は、岩の椅子に腰を下ろしてしばらく反響する波音に耳を澄ませていた。が、意を決したように口を開く。
「今日、チャンスがあれば聞こう、と思ってたんだけど」
桜井が顔を上げる。
「オレに、ですか? 何をです?」
そこで、翔太は少しためらう。だが、ぐずぐずしていると松田が帰ってきてしまう。聞くなら、二人になれた、今だ。
「夏休みの終わりにさ。職員会議があっただろ」
ここまでで、桜井はすでに質問内容を察したようだった。が、翔太は一息に言ってしまう。
「最後の票決、反対に入れたよな。その理由を聞いても、いいか? ずーっと気になってて、でもなかなか聞く機会がなくってさ」
「わかります。オレも、ずーっと内田先生に話したいな、と思ってたんですけど、結局体育大会が終わるまでチャンスがなくって」
翔太は無言で先を促す。
「反対に票を投じた理由は二つあります。一つは、高田先生と東間先生を孤立させないため。もう一つは、反対派のロジックをちゃんと聞いときたいな、と思って」
「ちょっと待って、その理由、どっちも理解できないんだけど。つまり、どういうこと?」
桜井はちょっと考える。
「えっとですね。まず、オレは内田先生や中村先生の頑張ってるところをよーく見てたし、魚定リレーの内容もよくできてたと思ったので、基本的には大賛成でした。これを前提にして、話を聞いてくださいね」
「……ん、わかった」
ならなんで反対するんだ、と感情的になりそうになる。が、とりあえず話を聞こう。
「まず、あのとき最初に思ったのは、このままじゃ、高田先生と東間先生が決定的に孤立してしまう、ということでした。魚定リレーはいいアイデアでしたし、例年の体育大会がちょっとマンネリ化してる、ってのはみんな感じてたことなので、基本的に、あの場で指導部の提案に否定的だったのってあの二人だけだったじゃないですか。その主張もなんだかナンセンスだったし。いい歳したベテラン教師が、若手の新しい発想を潰しにかかってる、という構図ができあがってましたよね。あのまま採決されて、二人以外が全員賛成、という状況が生まれると、まずいと思ったんです。実際は、鷲尾先生も反対派でしたけど」
翔太はちょっと不満顔。
「なんでまずいんだよ。あの二人が孤立するようなことするから悪いんだろ」
桜井はちょっと困った顔をする。
「もちろん、孤立するようなことをしたのはあの二人なのかも知れません。でも、孤立するようなことをする、というのと孤立させて構わない、というのの間には、かなり差があると、オレは思うんです」
む。翔太はちょっと考える。ちょっと自信なさげに、
「……いじめられっ子にいじめられるような要因があるにしても、いじめを肯定する理由にはならない、ってのと似てる?」
「うーん……どうでしょう。パワーバランスを考えると、あの二人はいじめられっ子、という柄ではないと思いますが……でも、近いと思います。要は、あの二人を孤立させてしまうことで、今後魚定の職員室で仕事がうまく回らないことが増えるんじゃないかな、って直感したんです。何より、総務部長と教務部長ですから。あの二人が何に対しても非協力体勢を決め込んだら、若手はものすごく苦労するでしょ」
「……それは状況としては最悪だな」
でも、職員会議のあの瞬間、その最悪の状況にあと一歩のところまで迫っていたのだ。
「それはまずい、と思って反対票を入れたんです」
桜井がその機転で、ギリギリのところで危機を回避した、と。
「なるほどな。確かに、若手の中にも自分たちと同じ考えのヤツがいる、というのがあるのとないのじゃあの二人にとっては全然違うわな」
そのとき、バイクに満載していた荷物を両手に抱えた松田が戻ってきた。
「真剣な顔で、なんの話をしてんだい」
どかっ、と荷物を地面に放り、手近な岩に腰を下ろして松田が聞く。
桜井が一瞬翔太の顔を伺う。翔太は首をすくめて、自ら説明。
「仕事の話ですよ。こないだの体育大会、新しい種目をやることにした、って話はしたじゃないですか」
「おうよ。魚定リレーな」
「そう、それです。あれをやるとき、ベテランの先生が二人、猛反対したんですよ。結局多数決をとってやることになったんですけど」
「当ててやろう、高田と東間、だろう」
「ずばり、正解です」
「相変わらずだな、あんにゃろう。んで?」
「その票決のときに、桜井先生があの二人以外では唯一、反対に手を上げたんです。その理由を聞いてたんですよ」
「なるほどな。いやぁ、首突っ込んで悪かったな。まだ話は終わってねぇんだろ? わしは飯を作っとくから、続きを話してくれや」
そういうと、松田は荷物から手早く食材と調理器具を取り出して、海の方へ降りていった。
桜井が頭をかきながら、
「気を遣わせてしまいましたね」
「まあな。でもせっかくだから、続き聞かせてくれよ。二つ目の理由はなんだっけ?」
「ええと、二つ目は、反対派のロジックをちゃんと聞いとこう、ってことです」
「うーん。それがわからん。会議で十分話は聞いたじゃんか。意味不明な理論だったけど」
「……あのときって内田先生も東間先生も、きっと高田先生も、結構感情的になってたじゃないですか。売り言葉に買い言葉、みたいな。結局、なんで反対してるのかってのがいまいち見えなかったんですよね。だから会議のあとにでもこっそり話が聞けるように、味方のふりをしておこうかな、と」
言われてみれば、会議のあとすぐに桜井は高田と東間に捕まって長時間話をしていた。あそこまで計算していた、というのか。
「そうならそうで、あとで俺にも報告してくれりゃぁよかったのによ」
翔太は口をとがらす。あのあと、随分気まずい思いをしたのだ。
「すみませんでした。でも、なんか、オレが直接橋渡しをすると、返って関係がこじれそうに思えたんですよ。おおっぴらにスパイみたいなことすると、両方から信頼をなくしそうで。それで、高田先生と東間先生には、愚痴を十分聞いて発散してもらった上で、できるだけ協力体制を引き出せるような方向に話を持っていきました。んで、内田先生には、今までみたいに仲良くしてもらえるように、努力しました」
「それでラーメン、誘ってくれたりしたんだな」
「やっぱり、職場で人間関係悪くなるのって、仕事をする上でものすごくマイナスじゃないですか。ちょっとでも防げたらな、と思って、オレにやれることは全部やろう、って。でも、内田先生に対するフォローはうまくいってないな、と自分でも思ってました。ごめんなさい」
「いやいや、何言ってんだよ。そんなこと全然ねぇし。ほんと、いつも助かってるよ」
翔太は、はっとして手を打つ。
「そうそう、一角らぁめんのことは、ほんとに感謝してんだ。あのとき、ラーメンを食いに行ったおかげで、亮や裕樹の違う一面を見られてさ。あれから何回か一人でも行ってみてるんだけど、学校でのあいつらの反応がまるで違うんだよ。距離が近くなったというか、壁がなくなったというか。別に、そんな打算的な理由でラーメン食いに行ってるわけじゃないんだけどな。それ以来、一角らぁめん以外にも生徒がバイトしてるとこをちょこちょこ覗くようにしてんだ」
桜井が照れたように頭をかく。
「いや、本当によかったです。オレ、生徒がバイトしてるとこ見に行くの、結構好きなんですよね。一角らぁめんも前から結構通ってて。それで、あ――『金髪トリオ』なんかと、ある程度コミュニケーションとれてるのかなっていう思いがあったんで。いつか内田先生も連れて行きたいなって思ってたんです」
あ――というのは、『赤青コンビ』と言おうとしたのだろう。翔太は胸がきゅっと締め付けられるのを感じる。
「でもさ。東間先生とのことも、放っておいてもらえて、よかったのかも。ほら、体育大会のあとに、教頭と東間先生が派手にバチバチやったじゃんか。あのあと、東間先生とゆっくり話する機会があってさ」
「あ、東間さんがジュース差し入れてくれたときですよね」
「そうそう。あのジュース、一緒に買いに行ったんだわ。んで、思ってたよりずっと素直に話をしてくれてな。お互い、『なんだ、意外にいいヤツじゃん』って思えたんだよ。いや、東間さんめちゃめちゃ年上なのに俺すげぇ生意気言ってるけどさ」
「いえ、わかりますよ」
「……変にスパイ活動の報告とかされてたら、あんな風に話なんてできなかったろうな、と思うから。ありがとう」
「……はい」
そのとき、両手にどんぶりを器用に三つ持った松田が戻ってきた。
「ほぉれ、チキンラーメンだぜ」
「わお」
「今、米炊いてるからよ。あと二〇分くらい待てよな」
「ありがとうございます」
松田からどんぶりと、割り箸を受け取る。割り箸を割り、
「いただきます」
三人で黙々とラーメンをすする。
桜井が汁まで飲み干し、
「はあ~、うまかった。チキンラーメンって、外で食うだけでこんなうまいんスね」
「ああ、たまんねぇよな」
「ちょっと、キャンプのよさがわかったかも知れません。これからオレも、ここにくるときはカセットコンロとチキンラーメン、持ってこようかな」
「おお、いいじゃねぇか。こんないい環境の近くに住んでんのに、キャンプしねぇなんてもったいねぇよな」
翔太も松田も汁を飲み干し、完食。食器を三つ重ねながら、
「そういや、体育大会はどうだったんだよ。うまくいったのか?」
言葉に詰まる翔太と桜井。あれをどう説明すべきか。
「いやぁ、なんというか……。途中まではすごくいい感じだったんですが。最後の最後に準備ミスで、競技が途中で止まっちゃいまして。一部の生徒が怒って帰っちゃう、というハプニングがあったんですよ」
「へぇ。その止まったっちゅう競技は、例の魚定リレーか?」
「そうなんです」
「そりゃあ残念だったな。でもハプニングさえなけりゃ、大成功だったんだろ?」
「……そりゃあ、まあ。去年までの、何も変わり映えしない体育大会よりは随分よくなったと自分では思います。でも、問題点は山積してますよ」
「例えば?」
「……うーん。要項が複雑すぎて、結局役に立ってない、とか」
「あー、陥りがちなミスだな。完璧なマニュアルを、と思って電話帳みたいな分厚いマニュアル作ったもののだぁれも読みゃしねぇ、っていう」
「う……まさに。電話帳、とまではいきませんが」
「他には?」
翔太は少し迷う。これは感じていながら、まだ誰にも言ったことのない感想だった。桜井はどう思うだろう? チラリと、と桜井の顔を見る。
「……基本的に、教員も生徒も『お客さん』になってしまってる、とか」
桜井の表情の変化を見て、翔太は思う。桜井も同じ感想を抱いていたに違いない。
「もしかして、桜井先生も思ってた?」
「……少し。生徒を見ていたら確かに盛り上がってはいるけれど、自分たちが主体となって楽しむという意識は正直欠けていたかなぁ、って。教員にしても、どこか他人事のような空気はみんな感じてたように思います。それこそ、生徒指導部とそれ以外で随分温度差があるな、とは感じてました」
「なるほどなぁ。そりゃおめぇ、分厚いマニュアルと根っこのとこはおんなじだな」
「? どういう意味です?」
「マニュアルがどんどん分厚くなるのは、なんでだ?」
「……わからないことがないように、読めば誰でもわかるように、ですね」
「つまり、バカでもわかるように、だな」
「………………」
「確かに、周りはバカばっかに見えるよなぁ、内田くらい優秀だと。まあ、正直わしもそうだったから、よーくわかる。その気持ちがどこから来るかわかるか」
一瞬の間も開けず、松田は答えを自分で言う。
「相手を思い通りにコントロールしたい、という願望からだ。コントロールしたいのに、相手が思い通りの動きをしない。なら、指示を細かくしてみる。でも、駄目。もっともっと細かい指示を出す。でも、思い通りにならない。なぜか。あいつらがバカだからに決まっている。とまあ、こういう風に考えるわけだ。……でもな。そういう思いはやっぱり、態度や仕事の端々に出るもんだ。考えても見ろ。どうやらあいつはこちらのことをバカだと思ってるらしい。そして、こちらの行動をコントロールしようと微に入り細に入り、がんじがらめの指示を出してきやがる。こんな風に感じてる人が、自主的に、のびのび楽しんで仕事ができると思うか?」
図星だった。マニュアルがついつい細かくなってしまうのも、相手をバカだと思ってしまうのも、周りに『やらされてる感』を与えてしまうのも、松田の指摘した通りに違いなかった。
でも、だからどうすればいいのかが、翔太にはわからない。
「……難しいです。だからといって、何も指示を出さなければ、本当に何もしないんですよ、あの人たちは。いつ見たってパソコンでトランプゲームをしてやがんだから」
「いい言葉を教えてやるよ。わしも昔、周りがみんなバカに見えて、衝突ばっかして人間関係に悩んでたんだよ。そんなときに読んだ本に載ってたんだ」
少しもったいぶって、松田は言った。
「それはな、『主観的合理性』って言葉だ。」
桜井がつぶやくように復唱する。
「主観的……合理性」
「そうだ。説明するとな、端から見てるとどんなに意味不明に見える言動でも、当の本人には合理的な理由がある、って考え方だよ。つまり、他人のどんな行動にも主観的には合理性がある、ってことだ。わかるか?」
「……わかんないです。バカみたいに変化を恐れて例年通りって主張するとか、忙しい若手を尻目にゲームで暇つぶしするベテランの気持ちなんて。そこに合理性なんて、ないでしょ!」
翔太は少し感情的になってしまったことを恥じる。
「……すみません」
松田はあごひげをごしごしとなでながら、
「わかるぜ。いきなりは難しいだろう。コツを教えてやるよ。今、わしが言った言葉こそが、主観的合理性を考えに入れる、魔法の言葉よ」
「……今言った言葉……?」
「『わかるぜ』、だ」
桜井が小さく、なるほど、とつぶやく。翔太は何がなるほどなのかわからない。
「なぜ、『わかる』、が魔法の言葉なんです?」
「相手の言動を評価するときに、頭に必ず『わかる』とつけるんだ。そしたら、脳みそが自然に『なぜわかるのか』、その言動の主観的合理性を探しだすのさ。やってみな。変化を恐れて例年通りを主張する。その理由は?」
「……わかります。……そりゃ、去年通りでいけば、大きな失敗はないですから。要項だって使い回せるし、ベテランは積み上げたノウハウがそのまま活用できます。道具類も全部そろっているし、生徒も勝手がわかっているからトラブルも起こりづらい。なるほど」
やってみたら、すとん、と腑に落ちた。確かに『わかる』という肯定から入っていくと、敵対心を持っている状態よりもずっと柔軟に、相手の気持ちや考えを想像できる気がする。
「んじゃ、勤務時間中にパソコンゲームをするのは?」
「……わかります……。えーと。これは難しいな」
桜井が横から、
「オレにもやらせてくださいよ」
「お、いいじゃねぇか、やってみろ。ベテランがゲームすんのはなんでだ?」
「わかります。だって、ほんとに暇なんですもん。確かに若手は忙しそうにしてるけど、あれは仕事のやり方がまずかったり、こっちの忠告を無視して新しいことを始めたりするからであって、こちらが手伝う義理はないです。やるべきことは済まして、その上で暇な時間を、ちょっとゲームしてるだけです。文句を言われる筋合いはありません」
おー、と翔太と松田が拍手をする。ぱちぱち。まるで高田や東間がしゃべっているように感じた。よく想像できていると思う。
「なるほど。なんとなく、わかってきました、主観的合理性」
「……もちろん、想像の及ばない部分はある、って謙虚さは常に持っとかないといけねぇぞ。人間の考えなんて、そう簡単に読めるもんでもなし。でも、まずは想像してみる、ってのが大事なんだ。相手に一歩、歩み寄るって行為が、交渉の最重要ポイントだ。わしらが仕事で目指すのはいつだって相手との協働であって、議論で相手を論破することじゃない。敵対からは協力を引き出せない。二人とも、経験から、わかるだろ?」
よーく、わかる。痛いほど、わかる。翔太も桜井もぶんぶん頷いている。
翔太は思わず、ため息をつく。自分の過去の過ちに思い至ったからだ。
「生徒指導にしても、そうだったんですね。俺の指導が反発を招く本当の理由は、『わかる』が足りなかったからなんだ。俺、ずっと生徒に嫌われてるからだ、って思ってました」
「よく『頭ごなしの指導は駄目』なんていうけど、あれはつまり、生徒の主観的合理性を認めない指導は駄目、ってことだ。もちろん、悪いことをしているときは思い切り叱ってやらなきゃいけない。でも、生徒の気持ちが『わかる』っていう前提から話を聞いてやらないと、伝わるものも伝わらなくなる。説教が嫌われるのは、それが情報として無価値だからじゃねぇ。相手が誰でもおんなじ口調でおんなじように伝えるから駄目なんさ。『説教』という差し出し方が駄目なんだな。これに気がつくまでは、わしも随分苦労したぜぇ~。って、結局、説教臭くしゃべっちまってるから、あんまし説得力ねぇかも知れねぇが……」
「いえ。いつも思いますが、松田先生の話はものすごく、すとん、と入ってくるんです。なんでだろう、っていつも考えてるんですけど。今日、なんとなくわかりました。松田先生は、いつもまず、俺の話をしっかり聞いてくれるんです。そして、それに『わかる』って言ってくれる。それから、話を聞かせてくれるので、しみ込むように聞けるんですよね」
松田は照れたように頭をかく。
「わしの場合は……おめぇそりゃ、職業病みたいなもんだよ。何年教師やったと思ってんさ」
松田が立ち上がり、腰を伸ばす。
「さ、米が蒸らし終わる頃だわ。おかずは塩昆布しかねぇけど、うめぇぞ。白米と塩昆布」
桜井がいい顔で笑う。
「ありがとうございます。いただきます!」
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