3-9
難波の地下街は家路を急ぐ人でいっぱい、さすが首都圏のラッシュといった混雑を見せていた。
「ここから、どうやって京都に帰るんですか?」
「阪和快速線で帰るよ」
何故大阪から京都に帰るのに和歌山と大阪を結ぶ阪和線に乗ることになるのだろう。どうも僕は不服そうな顔をしていたようで、高千穂先輩が言い改める。
「厳密な表現をお好みでしたら、『湖西・阪和快速線』とでも申しましょうか?」
そういえば、ここ数日眺めていた時刻表には、大阪と京都を結ぶ国鉄の路線は東海道本線の他にもう一本あって、『横須賀線みたいな路線があるんだろうか』と疑問を持ったのを思い出す。総武快速線と横須賀線が東京駅で接続されて直通運転をしているような感じなのだろうか。
たぶん、そうなのだろうけど、あえて僕は冗談めかしてこう言った。
「先輩、阪和線って和歌山を経由して帰るんですか?」
すると、高千穂先輩も笑った。
「そうだねえ。今から和歌山まで出て、和歌山線に乗って…… ってやってると今日のうちには京都には帰れないだろうね」
「なんなら、一泊してもいいですよ」
「とんでもない話をするね。――お泊りなんて三世紀は早……」
先輩はそう言いかけると、フッっと我に返ったような顔をして、「いやいや、そうじゃなくて」と否定する。
「えっと、君の知っている阪和線ってどこからどこまで?」
先輩はここ数日の会話のすれ違いに慣れてきたようで、こういうときは必ず「君の知っている◯◯はどんなの?」みたいな聞き方をしてくれるようになった。
「和歌山駅から天王寺駅までです」
「あー、緩行線しかない世界か。えっとね、阪和線は鳳まで複々線になっていて、快速線、緩行線とそれぞれあるの。で、緩行線は天王寺までなんだけども、快速線は天王寺から地下に入って、湊町、西本町、中之島、大阪と駅があるのよ」
「僕の知っている計画だとなにわ筋線とか言う計画線にあたりますね」
「ほう、確かになにわ筋の下を走っているから、君たちの世界のも悪くないネーミングセンスだね」
「で、それに乗って大阪駅に着いたら、東海道線に乗り換えるんですか?」
「ちがうちがう、阪和快速線はそのまま京都まで続いているんだよ。新大阪からは新幹線に沿っていたり、東海道線に沿っていたりとまあぐちゃぐちゃはしているんだけども、西大路で東海道線と別れて二条駅までつながっているんだよ」
終点が二条駅というのは予想外だったけども、やっぱり、予想通りだった。そこからは湖西線と相互直通運転をしていて、北大路通りに沿って修学院、そこからなんと「叡山トンネル」という全長数キロに及ぶ長大トンネルを抜けて、堅田に至るらしい。湖西線の複々線区間は堅田までらしく、そこからは阪和線からえっちらおっちらやってきた快速電車が各駅停車として運転される、みたいな話をしていると、湊町の駅もほど近いところになっていた。
湊町というと、僕たちの世代の人には聞き慣れない駅名だけども、何のことはない、JR難波の駅のことだ。まだ国鉄があった頃は「湊町」駅だった、というのは何かの本で読んだことがある。
白を基調とした壁が特徴的な西地下改札をくぐると、右に「阪和・湖西快速線 大阪・高槻・京都方面」のホームに降りる階段が、左には「阪和・湖西快速線 天王寺・鳳・和歌山方面」の階段がある。列車の発車案内には「新快速 和歌山」「グリーン車はありません」や「特急くろしお 新宮」、「快速 二条経由敦賀」「グリーン車は6号車」などの文字が躍っている。
「関西本線のホームはどこにあるんですか?」
「地上階だよ。ほら、あっちに地上に出る階段があるよ」
高千穂先輩の指す方には、確かに「関西本線」と書かれた看板が吊り下っていて、関西線のターミナルとしても機能しているようだ。僕と先輩は早速ホームへ降りる。
「混んでいますね」
「うん、ものの見事に夕方の通勤ラッシュに巻き込まれてしまったね」
ホームは例の地下鉄五条坂駅にも負けず劣らじといった混雑で、列に並ぶにも一苦労しそうな状態だった。
『まもなく、六番線に、快速、二条経由の、敦賀行が参ります……』
滑り込んできた電車は213系とも313系ともつかない、正面の真ん中にドアの付いた、白地にスカイブルーの帯の電車が滑りこんできた。すでに車内は結構な混雑で、恐らく京都まで座れないんじゃないだろうか。
「京都までどれくらいかかるんですか?」
「一時間はかからないはずだから、五〇分くらいかな…… うーん、今日は疲れちゃったし、座って帰りたいところだよね」
その時、僕達の前に2階建ての、四つ葉マークの付いた車両がやってきた。ほう、僕の知っている東京近郊みたいに快速電車でもグリーン車がついているのか。多分、追加料金を払えば乗れるのだろう。
僕は封筒の中に残されたお金を思いだす。たしか、3000円は確実に残っていたはずだ。
「先輩、グリーン車で帰りません?」
「えっ、私お財布の中2000円しか残っていないんだけど……」
「今日はお付き合いいただきましたし、そのお礼に僕が払いますよ。ちょうど、携帯代も余りましたし」
「いやいや、そのお金は大切に残しておきなよ」
「どうせ何かジュースを買ったりとかに消えるのがオチですから、こういう機会に使う方が有意義ですよ。なんなら、僕も一回グリーン車に乗ってみたいですし」
実際、普通車に乗る機会はいつでもありそうだけども、グリーン車となると、こういうお小遣いに余裕があるときにしか乗れないから、絶好のチャンスであることは間違いない。
「うーん、乗ってみたいなら仕方ないね。お付き合いするよ」
ちょっと悪い顔をした先輩と僕はその電車を見送って、ホーム中ほどにある『当日の特急・急行券・快速列車グリーン券売り場』と掲げられた窓口に並んで、グリーン券を買った。
「紙のグリーン券をホーム上で売っているんですね」
前、東京駅でグリーン券を買った時、「Suicaが無いと購入できない」券売機しかホーム上になくて、大慌てで改札の券売機に急いだことを思い出す。
それを聞いた高千穂先輩は笑い出した。
「逆に、紙じゃないグリーン券って何でできているの?」
「ICカードに書き込んで、それを車内の席についているカードリーダに読み取らせるんです。ちゃんときっぷを持っている人の座席は赤色のランプが、持っていない人の座席には緑色のランプが光るので、改札する手間が省かれるんですよ。 ……ひょっとして、この人数、停車時間の間に全員改札するんですか?」
グリーン車の列にはすでに一〇人くらい並んでいる。ドアは二箇所あるはずだから、グリーン車の車掌はここから乗ってきた二〇人を改札しないといけない。
一方、高千穂先輩は僕の話に感心する。
「なるほど、『座席に改札させる』のか。それは賢いアイディアだね」
「逆に、これを全部車掌さんが捌けるんですか?」
「ほら、そこに駅員さん――厳密にはグリーン車改札掛のアルバイトの人だけど――がいるでしょ。この人と、専務車掌、あとパーサさんの3人で改札するんだよ」
ほどなくして、電車が滑り込んで来た。近江今津行の快速電車だ。グリーン車の車両は二階建てになっていて、車両の端と端にドアがある。
「グリーン券を拝見します」
ドアが開くと、「旅客専務」の腕章を付けた車掌さんがドアに立って改札をする。ホームではすでに発車メロディが鳴り始めていて、車掌さんもバスの定期よろしく、乗客から見せられたきっぷをパッと見て、日付のスタンプを入れているだけらしい――と思ったら、車掌さんが僕の前の人を止める。
「あ、お客さん、このグリーン定期の日付ちゃんと見せてください」
どうも、割とちゃんと見てはいるようだ。僕と先輩は「どうせなら二階席がいいね」と階段を登ると、ちょうど二人掛けの席が一つ空いていた。
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