3-7
日本橋は、僕の知っているとおり、オタクの欲望を煮詰めたような街だった。
「さーて、模型屋さんを片っ端からめぐりますか!」
「先輩、今日は携帯電話を買いに来たんですよ」
模型屋めぐりをしたがる先輩をなだめながら、ソフマップを目指す。中古のお店もいっぱいあるようだけど、封筒に入っているお金からして、そのお世話にはならずに済みそうだ。
『こっち』の日本橋のソフマップは僕の知っているものと一切変わらず、一階には最近流行りのゲーミンググッズを売っていて、上の階に携帯電話や、パソコンを売る売り場があるらしい―― と思ったのだが。
「あれ、携帯電話は多分この建物じゃないよ」
高千穂先輩が、エスカレータの乗り口に貼られているフロアマップを見ながら僕に話しかける。僕も確認すると、たしかに看板の中に『スマホ』とか『携帯電話』の文字が見当たらない。
ちょうど、通りかかった店員さんを呼び止める。
「すみません、スマホを買いに来たんですけど、このお店では扱っていないんですか?」
「あー、携帯電話はモバイル館になりますね」
「えっ、ソフマップってここだけじゃないんですか?」
「はい、こちらはパソコン館となりますので、モバイル館は堺筋の――」
そう言いながら、店員さんはお店の案内チラシをくれた。さすが日本一の大都会、ソフマップも一つでは足りずにパソコン館・モバイル館・カメラ館・Apple館・エンタメ館と5つもあるらしく、それぞれ堺筋から南海なんば駅の間に散らばっているらしい。
仕方がないので、店を出てその『モバイル館』とやらをめざすことになった。
「私、日本橋で電気モノを買うの初めてだけど、売り場に行くだけでも一苦労だね」
「本当ですよ。僕の知っている日本橋はまだコンパクトでしたよ」
堺筋を歩いている人もずいぶん多い。まだ平日の15時だと言うのに、おそらく我々と同じ終業式終わりであろう高校生や、平日が休みなのであろう大人たちでいっぱいだ。
「これだと、休日は歩道も歩けなくなりますよね」
「え、知らないの? ……ってそりゃそうか、お休みの日は堺筋が歩行者天国になるから、車道を歩くことが出来るんだよ」
「あー、東京の秋葉原みたいですね」
「秋葉原って総武本線の?…… あ、そうだね。あそこも電気街なんだっけ」
「『あっち』では、全国的に知られている電気街といえば秋葉原でしたよ。いわゆるアニメ的なサブカルのことを『アキバ系』とか言うこともありますね。ちょっと古い言い回しですけど」
「それを言うなら多分『ポンバシ系』だね。まあ、同じくして最近は聞かなくなったね」
それから、日本橋で有名な鉄道模型やさんとか、レイアウトのあるカフェの話なんかをしていると、程なくして『モバイル館』にたどり着いた。
これまでアイフォーンを使っていたから、まあアイフォーンがいいよね、ということで売り場に行った。どうも、電子情報技術の進歩の度合いは殆ど変わっていないようで、僕は見たことのある機種をお店で売っていた。なんなら、名前まで一緒だ。
まだ、困ったことに普通の家電製品のように値段が書いてあるだけで、どのプランにすれば月々いくらになるとか、そういう情報が書いていない。
「先輩、これ、回線の契約はどうするんですか?」
「えっ、電話局に行って契約をすれば――」
そんな話をしていると、後ろからススッ、っと店員さんが近づいてきた。
「携帯のご購入は初めてですか?」
もちろん初めてではないのだが、うまく話を合わせる方便を使おう。
「前に持っていた機種が故障してしまったんですが、前に買ったときは親が全部やってくれていて……」
「左様ですか、でしたらご説明いたしましょう」
お店の人はiPadと思しき道具で説明をしてくれた。まず、ここで携帯電話を買う。これは『お家の電話のように』電電公社からのレンタル扱いにすることも出来て、それを希望する場合は機種が限られるとのこと。
その後、その買った電話と例の証明書を持って、電話局に行くと、開通手続きをしてくれる。僕はここでおしまいだと思っていたのだが、あくまで電電公社は電話機能が使えるようにしてくれるだけらしく、例えばLINEとかホームページが見たい場合は、別途インターネットの契約が必要らしい。
「ただ、おそらく、故障の買い替えであれば以前から入っていらっしゃるでしょうから、電話局で再開通の手続きをすればそのままインターネットにも繋がるかと存じます。ひょっとすると、お家の方から渡された加入債券一式の中にインターネットの契約書も入ってらっしゃいませんか?」
封筒をごそごそすると、「京都電灯のモバイルインターネット」と書かれた封筒が入っていて、たしかにそこには設定に必要なのであろうパスワードやらが記載されていた。
「それですね。でしたら契約は不要――なんですが、今お店でキャンペーンをやっておりまして――」
なんだなんだ、『こっち』でもどうも携帯電話の加入者獲得競争は厳しいらしく、一〇分ほど「こっちのほうが安い」「入ったらキャラクターのぬいぐるみをあげる」というセールストークを聞かされた。もっとも、僕にこの契約を変更する権利はないので、やんわりと断りつつ、他の色の服を着た店員にまた話しかけられたら面倒だな、と思い、
「ありがとうございました。じゃあ、これください」
と、僕が持っていた機種より、一つ新しいやつを購入してしまうことにした。
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