3-5
『ご乗車ありがとうございます。この電車は、大阪淀屋橋行、特急です。まもなく、四条に到着いたします』
電車は三条駅を出て、鴨川沿いの高架線を走っていく。ちょっと走ったかな、と思ったら四条駅に着いて、三条で乗っていた人と同じくらいの人が乗り込んできた。四条は互い違いにホームが配置されているようで、四条通より北側に三条行のホームが、南側に大阪方面のホームがある。
高千穂先輩と白井先輩は『京阪の鴨川高架化』について話している。
「それにしても、よく鴨川が氾濫したときに高架線が流されたー、みたいな話がないよね」
「意外と鴨川が溢れた時ってそんなにないからじゃないですかね」
「そういえば、鴨川がごうごう流れているときはあっても、溢れているのは見たことないかも」
「戦前に三条大橋が流されるような大水害があった時に、だいぶ対策をしていますからね。この京阪の高架線も、実は高架じゃなくて地下にする予定だったらしいですけど、大水害のときに地下鉄北野線が水浸しになったのを見て、計画が変更されたなんて逸話もありますよね」
電車は七条に止まらず、次は東福寺に停まった。
僕の知っている東福寺とは全く違う駅のようで、駅前に大きなショッピング施設があったり、上の九条通に直接出られる出口があったりするようだ。東福寺を出てオーバークロスした奈良線のような複線の路線をみると、若葉色のE231系のような電車が奈良方面にちょうど走り去っていた。一緒に窓を眺めていた白井先輩が『更新車も随分増えましたね』なんて呟いているあたり、新しい電車なのだろう。
白井先輩は過ぎ去る奈良線を見送ると、並んで座っている僕と高千穂さんに目線を移し、そういえば、なんていう顔をしてこう言った。
「それにしても、二人でランデブーなんて珍しいですね」
言われてみれば、三人で出かけることはあっても、帰りは三人共方向がバラバラだし、交通文化研究会の活動であればたいてい三人揃って活動することになる。白井先輩と高千穂先輩は二人で食事に行ったり、買い物に行ったりすることもあるみたいだけども、僕と白井先輩とか、高千穂先輩の二人で出かけたことはほとんどない。
僕は笑いながら応える。
「『ランデブー』なんてものじゃないですけど、言われてみればそう見えるのかもしれないですね」
この様子を『デート』じゃなくて『ランデブー』なんて回りくどい言い方をするのはいかにも白井先輩らしいな、なんて思う。確かに、高校生の男女が二人、街を並んで歩いていれば『デート』だと思う人も、三人に一人くらいはいそうだ。
ところが、この発言を聞いた高千穂先輩が慌てはじめた。
「いやいや旭君、『そう見えるかもしれないですね』、じゃないよ。ただスマホを買いに行くだけだし、『ランデブー』なんて言われる筋合いはないよ」
先輩が早口で僕の発言を否定する。いつもせっかちな人だけども、ここまで慌てているのはちょっと始めてみたかもしれない。
一方の白井先輩はじっと高千穂と僕の様子を眺めると、なぜか少し僕の方を睨まれて、「ふーん」とお気に召さない様子で腕を組んだ。
「余計な詮索で失礼をしたようですね」
「まったくそうだよ。花音にしてはつまらないことをいうね」
先輩達がそうやりとりすると、高千穂先輩が僕に「私と『ランデブー』なんて、半世紀ほど早いからね」なんて重ねて否定すると、しばらく白井先輩を見つめて、かばんからスマホを取り出し、にらめっこしはじめてしまった。
さっきまで先輩同士の話で絶えなかったボックスシートは、突然静かになった。
先輩同士で話が絶えるなんて、相当珍しい。たいてい、「瑞穂は『ランデブー』の意味を積極的に解釈しすぎなのでは?」みたいな煽りが白井先輩から入るのが常だし、一方の高千穂先輩も「失礼という意思があるだったら、なにかお詫びがほしいね」なんて返すだろうに、それもなく、ふたりとも黙りこくっている。
何か、『あっち』では感じたことのない不穏な雰囲気に、僕はどう振る舞っていいのかわからなくなって、高千穂先輩にも言葉が返せず、「はい」なんて当たり障りのない受け答えをする。
――やっぱり、昨日帰りの電車で思ったみたいに、街の作り方とかじゃなくて、人間同士の間でも、何かが『あっち』とは違うのかもしれない。この高千穂先輩と、白井先輩も、『あっち』の仲良しコンビとは少し違う関係性なのかな、なんて思ってしまう。
車内では自動放送が放送が流れている。
『――乗り換え駅のご案内をいたします。近鉄京都線は、丹波橋で、観月橋、宇治方面と、地下鉄東山線は中書島で、国鉄信楽線は樟葉で、交野、私市方面は枚方市で、渡辺橋、西九条、北港方面と、国鉄城東線、片町線、地下鉄長堀線は京橋で、地下鉄谷町線は天満橋で、地下鉄堺筋線は北浜で、地下鉄御堂筋線は、終着の淀屋橋でお乗り換え願います』
『国鉄城東線』は僕の知っている言い方だと大阪環状線。『国鉄信楽線』は初耳だったが、ここ数日の時刻表学習によるとどうも信楽高原鐵道が計画通り京田辺迄延伸を果たし、さらにそこから樟葉まで伸び、高槻へ渡る路線があるらしい。『どんな車両が走っているんですか』みたいな話を一瞬しそうになったが、白井先輩の存在がある以上、切り出せないことに気づき、ぐっと我慢する。
煮え切らない静かさを乗せた電車は琵琶湖疏水を渡る。ちょうど、水路沿いの桜の木のつぼみが、今にも咲き出しそうに膨らんでいるのが一瞬見えた。今年は暖かいから、桜も1週間と経たずに咲いてしまいそうだ。
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