3-4

 マクドナルドは駅地下の地下街のようなところにあった。


 やはり、外の混雑から容易に予想されるように、マクドナルドも外周りのサラリーマンや、大学生っぽい人たちでとても賑わっていた。注文も数分ほど待たされ、おそらく百席はあるであろう広い店内でも、席を探すのは一苦労しそうだ。


 先輩とバリューセットの乗ったトレイ――ちなみに、物価は変わっていないようで、五百円ちょっとで買うことができた――を持ちながら店内を右往左往していると、先輩は何かを見つけたようで、片手を大きく振った。


「あ、花音じゃない!」


 カウンター席のところに白井先輩が席に腰掛けているのを発見したのだ。


 早速、白井先輩の席へ二人で押し掛ける。

「花音が一人でマクドナルドなんて珍しいね」

「いや、割と予備校の前とか、一人できていますよ」


 名門女子高の制服を着て、一人でマクドナルド、とは割と度胸があるというか、随分注目を集める行為だと思うのだけども、それを安々とやり遂げるのはさすが白井先輩だ。


 白井先輩の目は、僕たちのまだ手つかずのトレーに行っている。

「あら、ふたりとも席がないんですか?」

「そうなんです。注文はできたんですけど」


 ジュースがグラグラしてこぼしたりしないか不安だし、そろそろどこかに腰掛けたいが、残念ながら先輩の席もカウンターの1人席、ここに三人が座るのは物理的に不可能だ。


 一方の白井先輩は、周りを見渡して、ふむふむ、と頷く。

「多分あそこの席がそろそろ空きますから、座れますよ。そうだ、私もご同席させてもらっていいですか?」

「もちろん。だけど、花音の言う通り本当に開くかな?」


 確かにもう食べ終わった感じの、奥様というのには少し若そうな女性3人組が掛けている席がある。でも、食後にお話とかしていて、なかなか開かないパターンなんじゃないだろうか。どうにせよ座れないので、白井先輩の言うとおりにその席に向かうことにした。


 すると、ちょうど僕たちが席の前にたどり着いたくらいに、その3人組の女性は席を外し、首尾よくやってきた僕たちはそこの席に座ることができたのだ。


 高千穂先輩と僕は、その手品のような出来事に興奮した。


「座れたよ!」

「本当ですよ、白井先輩、賄賂でも渡したんですか」

「それこそあの席からいきなり賄賂を渡す方が難易度が高いと思いますけど……」

 白井先輩はそう言うと、涼しい顔をしてシェークをすする。


「かんたんな話ですよ。今、ちょうど十二時四十八分。さっきまで席に座られていた方は『信楽観光案内』みたいなパンフを持っていらっしゃったので、多分信楽に遊びに行くんじゃないのかなと。すると三条のバスセンターから信楽行の急行バスが出るのは13時ちょうどですから、そろそろお店をでないと間に合わないでしょう。最も、バスのりばに直行するとは限らないのですが、次の1時間後のバスまでここで待つとは思えませんでしたし」


 なるほど、聞いてみればシンプルなロジックだ。だが、数学の証明の回答を聞いたときのようで、それをあの光景から組み立てろ、といわれたら僕には絶対無理だ。


「花音の賢さって、『知っていること』から『仮定を作る』までの速さにあると思うんだよね」

 高千穂先輩が、フィレオフィッシュを食べながら話す。

 僕も、ビックマックを頬張りながら、頷く。

「僕も理屈には納得できるんですけど、そんな知識もないし、ましてやそんな思いつきもできないですよ」


 一方の白井先輩は、「そんなに、難しいことではないですよ」と得意げな顔もせずに、ポテトをもぐもぐと食べている。


「それにしてもお二人でお出かけなんて珍しいですね」

「事故で壊れちゃったスマホを買いに、大阪の日本橋に行くんです。先輩もどうですか?」

「残念ですけど、えーっと、今日は親と買い物に行くことになっているので……」


 白井先輩は最後のポテトを食べ終えると、「じゃ、何分の電車に乗りますか?」と聞かれ、僕たちも長くこのマクドナルドにいる用事もなかったから、さっさと食べることにした。


 三条の駅は高架になっていて、僕の知る限りだと相鉄の横浜とか、まだ地上だった頃の東急東横線の渋谷駅みたいな作りだった。

 僕の知っている京阪電車は出町柳まで伸びていたけれども、どうも先輩の話を総合すると、こちらの世界では『叡山電車の起点の出町柳まで京阪電車が伸びた』ではなく、『京阪電車の起点の三条まで叡山電車が伸びた』らしく、この三条が京都側の終点になっているらしい。


 ホームからはちょうど、直前の特急が出ていったあとのようで、一番端のホームに普通電車が止まっている以外、ガラガラだった。


「思ったより、空いている駅ですね」

「まあ、見た目の本数はもっとありますけど、この時間は三分の一の電車は東山線に直通していますからね。三条に来るのは10分毎の特急と各駅停車だけですから、こんなものですよ」


 なるほど、地下鉄と相互直通をしているなら、現実の京阪電車みたいに京都に来た電車が全部三条駅に来るわけではないのか。


 しばらくして来た京阪特急は、色こそ僕の知っているものだったけども、三扉だし、十両編成だしで、何となく違う。


 「さっ、のんびりしていると座れなくなっちゃうよ」


 京阪電車おなじみの『車内整理』は残っているようで、お客さんを全員降ろしたあと、扉を閉めて、その後に乗車のお客さんを入れる、という形になっているらしい。


 「私も久しぶりにクロスシートに乗りますね」


 ちょうど先頭に並ぶことに成功した我々は、四人がけのクロスシートにかけることができた。少し表現が難しいけど、ドアとドアの間はクロスシートになっていて、ドアと車両の端っこの間はロングシートになっているらしい。

 これで日本を代表する二大都市間を移動する乗客をさばけるのかは疑問だけども、今は昼間だから程よく全員が座れる程度に収まっている。


「クロスって真ん中の四両だけにあるんだっけ」

「そうですね。三条では端っこが便利なので、乗る機会がないんですよね」

 僕は「へー、そういえばそうでしたね」なんて適当に相槌を打つ。一〇両もつないでいれば、こういう詰め込みの効かない構造も多少は許されるのかもしれない。


 白井先輩は確かお家が大阪の香里園にあって、毎日京阪電車に乗って帰っているのは『こっち』でも一緒のようだ。僕は朝の通学について聞いてみた。


「香里園から京都市内なら、ギリギリ朝の急行とか座れ……」

「ないですね。ただ、私はなんとなく枚方市とか、樟葉で降りる人の顔を覚えているので、できればその人の前に立って席を得られるように努めていますね。やっぱり、座ってゆっくり本が読めるのと立って読むのでは全然違いますし」

「それってざっと何人くらい?」

「まあ、30人くらいは存じ上げていますかね……」


 僕なんて今やっているソシャゲのキャラクターの区別すらつかなくて笑われているのに、そのへんの名前も知らないおじさんやおばさんの顔を30人も覚えているなんて、まあ、白井先輩らしい。 高千穂先輩も関心する。


「その手があったか。……そうだね、私は花音みたいに覚えられないから、写真でも撮っておいたらいいのかな」

「先輩、それは盗撮になるんじゃ……」

「鉄道公安のお世話になること待ったなしですね。面会には行ってあげますよ」

「そうなったら差し入れもよろしくね。うーん、本高砂屋のエコルセがいいかな」

「拘置所に高島屋の紙袋を持ってこいと?」


 白井先輩と高千穂先輩は『あっち』のときと全く変わらず冗談を言い合い、僕はハハ、と笑う。乗っている電車はちっとも知らない電車だけども、ここだけは僕のよく知っている空間であることに、少し不思議な感じもするし、ホッとする感覚もある気がする。


「一番線から、大阪淀屋橋行特急が発車いたします」


 ホームのスピーカーが、電車の出発を告げると、程なくしてドアが締まり、そろり、そろりと鴨川沿いのホームから電車が出ていった。


 東京の日本橋みたいに、三条大橋の上にも高速道路が走っていて、鴨川も高架でフタをされているのかな、と危惧していたけれども、そんなことはなく、遊歩道には恐らく散歩やデートをしているのであろう人々が歩いているのが見えた。川の向こうに見えるビルこそ違えど、水辺の雰囲気はそのままに近かった。

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