第13話 疑問

 美咲が立ち去った後、その場には何とも言えない空気が漂い、とりあえず、秋光と尚哉は食後のコーヒーを飲みながら美咲が戻って来るのを待つことにした。しかし、コーヒーを飲み終えても美咲は戻って来ず、ゴルフを続ける雰囲気でもなくなり秋光と尚哉は帰宅の途に就いた。


「一度、君を美咲に会わせたいと思っていたのだが、実際に会ってみて、常々、私が言っていた通りの美貌の持ち主で、その上スタイルも良くて驚いたのではないかね」


多少の気まずさを残しながらも、これで美咲との結婚話を持ち出されることもないだろうと気を緩めて自分の車のハンドルを握っていた尚哉へ、唐突に、後部座席で寛いでいた秋光が上機嫌で青田の存在などなかったかのように水を向けてきた。


すっかり油断していた尚哉は、秋光の態度に唖然とした。だが、即座に気持ちを立て直し急いで頭を働かせ美咲との結婚話を持ち出されないようにするための言葉を探した。


「とてもお似合いの2人のように見受けられましたが……」


お世辞にも仲睦まじいようには見えなかったが、尚哉は秋光がなかったことにした青田の話題を持ち出した。尚哉が青田の存在を口にしたことで、秋光は口を噤みそれ以上のことは何も言わなかった。


 そして、それ以来、会社で顔を合わせても美咲の話をすることはなくなり、尚哉は美咲との結婚話は流れたものとして記憶の隅へ追いやった。


 ところが、美咲を紹介されてから一ヶ月余りが過ぎた7月の半ば頃、突然、美咲本人から尚哉の携帯電話へ電話が入った。美咲の話の内容は、たまに梨奈が見ているファッション雑誌に掲載されているようなもので、仕事中だった尚哉は戸惑いを覚えながらも相手は専務のお嬢様ということで邪険に扱うわけにもいかず、当たり障りのない返事をして美咲に付き合っていた。


 すると、電話の向こう側で美咲が『クスッ』と笑った。


「見た目も悪くはなく、お父様の話では仕事もできるということだったけれど、女性の扱いには慣れていないみたいね」


笑いを含みながら美咲からもたらされたその言葉に、尚哉は漸く仕事とは無関係な話をしながら美咲は尚哉から誘い文句を引き出そうとしていたのだと合点がいった。


 この頃の尚哉は梨奈との結婚の段取りを具体的に考え始めていたこともあり、美咲を紹介されても欠片も興味を覚えなかった。


その美咲が顔合わせを済ませてから一ヶ月以上も間を空けて連絡をしてきたことに、尚哉は美咲の真意を図りかね面倒事に巻き込まれることを嫌って美咲の言葉に乗り、武骨者としてやり過ごそうとした。


「用件がそれだけでしたら……」


美咲の期待を裏切り話を切り上げようと尚哉が話し始めた途端、美咲の雰囲気が冷たいものに変わったことが電話越しに感じられた。


 ちょうどその時、離れた席に座っていた同僚が尚哉の担当している取引先から電話が入っていると知らせ、尚哉は空いていた方の手を軽く挙げて『分かった』と応じた。


「すみませんが、仕事の電話が入ったようですので……」

「尚哉さん。あなたは、お父様が私をあなたに紹介した意味を理解していないのではないの。もっと良く考えるべきだわ」


尚哉の言葉に被せるようにして美咲が言い放った言葉で、尚哉の中では終わったはずの美咲との結婚問題がまだ続いているのだと知らされた。


しかし、取引先の担当者を必要以上に待たせるわけにはいかず、『先方をこれ以上待たせるわけにはいきませんので……』と告げ、強引に美咲との電話を切り上げた。

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