第12話 顔合わせ

 梨奈と一緒に暮らし始めて丸一年が過ぎた今年の6月の初旬、ゴルフクラブを新調した秋光からゴルフへ誘われたことが事の起こりだった。


 尚哉は貴重な休みが潰れてしまうことを心の中で残念に思いながらも、秋光からの誘いを断るわけにも行かず快諾した。


6月の最初の日曜日、秋光が会員になっているゴルフ場で朝からコースを回り、昼の休憩時間にレストハウスで軽い雑談を交わしながら昼食を摂っていた時、秋光が誰かを見つけたようだった。


「娘の美咲が来ているようだ。ちょうど良い機会だから、君に紹介しよう」


秋光は尚哉の返事を聞かず、席を立ってしまっていた。娘を紹介すると言われたことに、尚哉の警戒心が面倒なことにならなければいいが……、と瞬時に反応した。


 秋光の一人娘である樫山美咲は、この年の3月にお嬢様大学として有名な私立の大学を卒業した才媛で、稀に見る美貌の持ち主だと秋光は尚哉へ度々話して聞かせていた。最初は、単なる世間話として聞き流していた尚哉だったが、何度も繰り返し言われる秋光の言葉に、尚哉の結婚相手として娘の美咲を推しているのだと気が付いた。


しかし、梨奈と出会ってからの尚哉は、常に梨奈を念頭に置いて自分の行動を考えるようになり、自身の根幹に梨奈がしっかりと根を下ろしていることを実感していたこともあり、相手が秋光の娘でもその気になれず、話を掘り下げることもなく相槌だけを打つように心掛け秋光の話をかわし続けていた。


そのため、このままでは埒が明かないと考えた秋光が強行策に出たのかと思った尚哉だったが、美咲は尚哉と同年齢くらいの男性と一緒にいた。


 美咲から少し離れた場所にいた男性に、最初は気付いていない様子だった秋光がその男性に目を留めると怪訝な顔をし、美咲へ向かって一緒に居る男性について質した。


「こちらは、誰だね」

「お父様。こちらは、暁化成株式会社にお勤めをされている青田克典さんです」


暁化成株式会社は、従業員の数は200人に満たなかったが、糸を染める染料の研究に熱心に取り組み、その技術力は暁化成でなくては出せない色があると言われているほど高かった。


ただ、経営の方は社長のワンマン経営が、時折、話題になることがあり、重役には創業家でもある社長の親族が名を連ねているという特徴があった。


「美咲さん。私は、これで失礼します」


父の問い掛けに、美咲は朗らかに青田を紹介したが、秋光に声を掛けられた青田は不快げに眉を寄せ固い表情のまま美咲に暇を告げ、秋光に対して軽く目礼すると踵を返して振り返ることもなく足を進めた。


「待って。克典さん」

「美咲。私の部下の新井尚哉だ」


立ち去る青田を追い掛けようとした美咲を、秋光が呼び止め尚哉を紹介した。


「樫山専務には、いつもお世話になっております。新井尚哉です」

「美咲よ」


尚哉は紹介された手前、気まずい思いを隠して美咲へ挨拶をしたが、美咲は姿が見えなくなりつつある青田が気になる様子で気もそぞろに一言返しただけだった。


「お父様。ごめんなさい」

「美咲」

「直ぐに戻ります」


父に断りを入れた美咲は尚哉には目もくれず、その場から立ち去ってしまった。

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