第147話 彼女がうんと言いさえすれば(エドワード視点)

「バートン伯は、どこに?」


 ドアを閉めて、侍女に声を掛ける。侍女は頭を垂れて、やや緊張した様子で答えた。


「は、はい、書斎に。こちらに呼んでまいりましょうか」

「いや、いい。どのみち書斎で話す約束だったから。案内してくれる?」

「かしこまりました」


 侍女の案内を受けて、公爵家の中を歩く。


 階段を通りかかり、以前訪れた彼女の部屋を思い出した。

 ちょうどこの上あたりだっただろうか。殺風景な部屋を思い出して……そこに置かれた自分の分身とも言える品物たちを思い出して……ふと笑みが零れた。


「そういえば。先ほどのお茶だけれど……変わった味がするね」

「え、ええ」


 侍女が頭を下げたままで答える。


「最近出入りするようになった商人から仕入れたものにございます。異国由来のもので、何でも……」


 侍女が言いにくそうに言葉を切った。

 何かまずいことがあるのかと、自然と意識が尖っていくのを自覚した。


「……女性らしさが増すとか」

「…………」


 侍女が声を潜めて言った。私は沈黙してしまう。

 それはまるで、特定の誰かを狙い撃ちしたかのような効能だ。

 ……本当に、そのような効果があるのならば、だが。


「エリザベス様……どなたか貰ってくださる殿方が現れたら、わたくしどもも安心なのですが」

「彼女にその気があるのなら、こちらはいくらでも貰う気なのだけどね」


 ぼそりと独り言のように呟いた侍女に、私もため息交じりの独り言で応じた。


 本当に、彼女がうんと言いさえすれば……私は。

 時折、自分が王族でさえなければと思うことがある。そうすれば、もっと簡単なことなのだが。

 だが、王族だからこそ……出来ることもある。


 王族というものは、常に危険に晒されている。目に見える危険から、そうでないものまで。

 そのため、王族は幼い頃からそれに備えるための教育を受ける。身を守る術を身に着ける。

 剣術や護身術を学ぶ。縄抜けや房中術も学ぶ。鍵を使わずに錠を開ける訓練や、毒を見分けたり、耐性をつける訓練も行う。


 先ほどの飲料には、毒物が含まれていた。僅かな違和感だったが……私が気づくには十分だった。

 だからこそ、わざとカップを割ったし、別の飲み物を彼女に勧めた。


 もちろん公爵家でも毒見は行っているだろう。すぐに効果の出るような劇毒ではない。

 この毒は、継続して摂取することで徐々に衰弱し、やがて体内に毒素が溜まって死に至る……そういった種類のものだ。


 真っ先に侍女を疑ったが、話を聞く限りでは嘘をついている様子はない。

 だとすれば、怪しいのは最近出入りするようになったという商人のほうだろう。


 学園、訓練場、そしてこの公爵家。彼女の近くで、問題が発生している。

 予想していたよりも、ことの進行が早い。


 侍女がドアを開けた。挨拶を省略して書斎に入る。


「やぁ、エド」


 ふにゃりと気の抜けた笑顔で、彼が私を出迎える。


「バートン伯」


 私の声と呼び掛けに、彼は居住まいを正す。真剣な眼差しでこちらを見つめて、立ち上がった。

 背後で、ドアが閉まる音がする。


「どうされました、殿下」

「急ぎ、君の耳に入れたいことがある」

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