第131話 あなたはエリ様の何なんですか(リリア視点)
「よく来たね、リリア嬢」
生徒会室に入ると、真正面にエドワード殿下が座っていました。
にっこり微笑んでいますが、目が笑っていません。
ビビりなのでそのあたりは敏感です。バシバシに敵意を感じます。
なまじお顔が綺麗なだけあって、迫力満点です。目から冷凍光線的なものが出ていそうです。
椅子を勧められたので、腰を降ろしました。断る勇気がないので言うなりです。
部屋を見渡すと、エドワード殿下の斜め後ろにはロベルト殿下が立っていました。
そして机の左右には、アイザック様とクリストファー様が座っています。
攻略対象が揃っているところをこう正面から見ると、何というか壮観ですね。
皆さんとても整った顔をしています。直視したら目が焼けそうです。
顔面偏差値70ないと生徒会室の敷居は跨げないのでしょうか?
まぁ? 言うて? わたしのエリ様が? いちばんかっこいいんですけどね??
そして皆さんがわたしを見る視線からは、やっぱり敵意を感じます。
いえ、ロベルト殿下だけは特に何も考えていなさそうな目をしていますけど。
そもそも、ロベルト殿下が生徒会室にいるというのもおかしな話です。
クリストファー様は一緒に生徒会室に忍び込むイベントとかもありましたが、基本はここはエドワード殿下とアイザック様のテリトリーのはず。
エドワード殿下と折り合いの悪いロベルト殿下が生徒会室に来ると言うのは、記憶にある限りゲームでは起こらなかった展開です。
あまつさえ、エドワード殿下の背後に控えているなんて……どのエンドでも見ることのなかった光景でした。
わたしが背後に視線を送っているのに気づいたのか、エドワード殿下がやれやれとため息をつきます。
「ギルフォードはともかく、他2人は部外者だから出て行ってもらうよう言ったのだけど」
「部外者って言っても、生徒会の話をするわけじゃないですよね? 職権濫用って言うんですよ、そういうの」
「隊長に関する話でしたら、俺にも聞く権利があるはずです」
やいのやいのと話し始めた攻略対象たちを、眩しさに目を細めながら眺めます。
何だか顔の良い男たちが話しているなぁ、とどこか他人事のように思ってしまいました。
やっぱり顔はエドワード殿下が一番良いですね。推しの欲目かもしれませんけれど。
まさか推しと恋敵になるとは、前世ではとても思いもよらなかった事態です。今世でも思いもよりませんでした。
いくら推しでもそこは譲れません。わたしは腐の者ではなく、夢の者です。
しばらく待ってみたものの、なかなか終わる様子がないので、恐る恐る手を上げました。
「あ、あのう。ちょっといいですか?」
「ん? ああ、何かな?」
「わたし、何で呼ばれたのでしょう?」
当然の疑問に、エドワード殿下は優雅に足を組み替えてにこやかに返します。
「きみから情報を得ようと思ってね。ほら、『友達』なのだろう?」
やたらと強調された「友達」から悪意をビシバシ感じるのは、気のせいではないでしょう。
確かに、今のわたしは「友達」ですけど。じゃああなたはエリ様の何なんですか、というのが正直な気持ちです。
呼ばれた理由を察しました。これはきっと、牽制ですね。
振られたのだから、大人しく手を引けという。
「同じ人間を愛する者同士、協力し合おうじゃないか」
「……あの」
わたしは声を発しました。
若干上擦った声になってしまいましたけれど。
だって仕方がありません。怖いんです。
相手は王太子です。しかも超絶イケメンです。冷たい扱いをされたら心が折れちゃう、と思っていた相手です。
それでも。
それでもわたしは、ここで引きたくないと思ったから。
ここで引くのは、
がんばって前を見て、攻略対象たちと対峙して、言葉を紡ぎます。
「ど、どうして、わたしとあなた方が同じ、みたいな言われ方、しなくちゃいけないんでしょう?」
わたしの言葉に、すっと殿下の瞳の温度が下がった気がしました。
こわっ。内心震えあがります。怒った美人ってどうしてこんなに怖いんでしょう。
「わた、わたし、確かに振られました。で、でもそれは、ちゃんと告白したからです」
震えそうになる膝を励まして、恐怖を振り切って、負けずに声を張り上げます。
「だ、誰か言いました? エリ様に、すきだって。と、特別だって。付き合ってって!」
首を巡らせて、4人を見回します。皆、わたしからそっと目を逸らしていました。
わたしはふんと鼻を鳴らします。
そうでしょう、そうでしょう。誰一人、そんなことをしていないのです。
わたし以外は。
「それをしてないなら、貴方たちは一生、逆立ちしたって、わたしに勝てません」
現にエリ様は、彼らが自分をどう思っているかについてまったく気づいていないようです。
何だったら興味もなさそうです。
わたしもずっと違和感はあったのですが、乙女ゲーム的な事情によるものと判別がつかず、断定出来ていませんでした。
確信したのは最近になってからです。エリ様が気づかないのも無理はありません。
そう、「誰も告白していないのである!」というやつです。
救急車だって、呼ばなければ来ません。
「安全圏からちらちらヲチしてるだけの人に、勇気を出したことのない人に、同じみたいな顔されるの、ふ、不愉快です」
言ってやりました。目の前の4人から、怒気のこもった視線が降り注ぎます。
でも、そのくらいでは負けません。
いえ、実際のところめちゃくちゃぶるっていますけど。
心象風景としては、四神に囲まれたチワワですけど。
わたしの好きになったひとは、このぐらいでは負けないひとだから。
虚勢を張って、胸を張ります。
「ど、土下座して靴とか舐めたら、アドバイスぐらいしてあげますけど」
わざとらしく鼻で笑って見せます。挑発するように、小馬鹿にするように。
「わたし、エリ様と出会って、まだ、半年です。あなたたちは、もっと前からエリ様と出会っていたはず、ですよね? なのに、追いつかれて、追い越されて。それでも、まだそんなところにいるんですか? 集まって、傷の舐めあいして」
不思議と言葉がすらすら出てきます。
何でしょう。これはあまり、
「そんなんじゃ、また
最後まで言い切りました。はぁ、すっきりです。
途中から、まるで自分のものではないみたいに、口が動いた気がします。
苦々しげな表情でわたしを眺めていたエドワード殿下が、嫌味ったらしい様子を隠しもせずに言いました。
「きみ、リジーといるときとずいぶん態度が違うね。まるで別人だ」
「さぁ? みなさんだって、そうなんじゃないですか? エリ様の前では、見せたい自分を演じてるんじゃないですか?」
わたしの言葉に、誰も言い返しませんでした。
極論、人間なんてみんなそうです。
他人と接するときに、本当に「ありのままの自分」でいられるひとなんて、いるんでしょうか。
「そもそも、わたしがどんな人間か分かるんですかね? わ、わたしだって、分かってないのに」
目を伏せて、肩を竦めて返します。ふと気づきました。
ああ、これ、エリ様がよくやっている癖ですね。アイザック様とかロベルト殿下と一緒にいるときに、よく見るやつです。
ご令嬢たちやわたしには、絶対にやらないやつです。
呆れていますよ、というポーズです。
「とやかく言われる、筋合いないです」
「……『友達』に似て、ずいぶん性格が悪いようだ」
「……フヒ。そうかもしれません」
エドワード殿下の言葉に、わたしははっとしました。
そして、にやりと出来るだけ不敵に笑います。
なるほど。そうですね。それはあり得る話です。
エドワードルートなら、王妃にふさわしい女の子。
ロベルトルートなら、負けん気の強い女の子。
アイザックルートなら、賢く清楚な女の子。
クリストファールートなら、母のような愛を持つ女の子。
攻略対象たちがそうであるように……主人公も、どのルートに進むかによって少しずつ、彼らの影響を受けているようでした。
そうだとすれば、わたしの口から言葉がするすると出てくるのも納得です。
「だって、わ、わたしが選んだの……悪役令嬢ルート、ですから」
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