第130話 乙女ゲーム的展開(リリア視点)

 教室に着き、席に座るエリ様の後姿を見つけました。前髪を確認してから、声を掛けます。


「お、おはよう、ございます!」

「あ、リリア」


 エリ様が頬杖をついたままこちらを振り向き、ふにゃりと笑った。

 今まで見たことのない、無防備な笑顔でした。


「おはよ」


 その声は、いつもの完璧にかっこいいエリ様とはどこか違っていて。

 角のない、どこか気の抜けたような……気だるげなような、それでいてどうしようもなく、甘い。そんな声で。

 表情も相まって、とんでもない色気を感じます。むんむんです。


 そう。まるで朝目覚めた時、隣にいる女の子に向けられるもののようで。

 妄想力豊かな私は、白いシーツに包まってベッドに寝転んだまま、上半身をはだけさせたエリ様が私に微笑んでくれている光景を幻視しました。


 エリ様の様子に、背後からほうっとため息が聞こえます。

 振り返ると、クラスの女の子たちが頬を染めてこちらを……エリ様を凝視していました。


 いけない。慎ましいご令嬢方には刺激が強すぎます。

 これは、CER○Cどころの騒ぎじゃありません。R18です。


「え、エリ様、ちょっと、こっち」

「ん? どしたの?」


 くいくいと袖を引くと、エリ様は不思議そうに首を傾げながらも着いてきてくれました。

 廊下の隅っこまで引っ張ってきて、彼女に詰め寄ります。


「ど、どど、どうしちゃったんですか、その髪! あと、その顔と、声!」

「髪? ああ、セットせずに来たんだけれど。変かな?」

「いえ、死ぬほどイケメてますけど」

「ふふ、ありがとう」


 ふっと優しく微笑まれてしまいました。

 いつもの余裕たっぷりの微笑みとも、私に愛おしそうな眼差しをくれるときとも違う。

 やはりどこか気だるげで、優美で、妖艶でした。


 何これ。全方位型イケメンキャノンかな? 殲滅兵器かな?


「ほ、ほんとにどうしちゃったんですか、エリ様! 養殖ジゴロが天然ジゴロになってますよ!?」

「養殖ジゴロって、何」


 わたしの言葉尻を捉えて、エリ様が首を捻る。養殖は養殖です。


「ひ、表情も、声も、いつもと違う気がするんですけれど!」

「うーん、どうだろう。ちょっと気が抜けているかも。燃え尽き症候群ってやつかな」

「も、燃え尽き症候群……?」

「何というか……ずっと君に攻略されることだけ目指してきたから。自分でも次にどうしたら良いのか、考えあぐねているところで」


 エリ様が軽く肩を竦めます。話し方も、普段の紳士っぽいものより、ちょっと自然な感じがしました。

 これは、これで。ええ。これはこれで。


「まぁ、ほら。私のこういう姿を見たら、君も幻滅して攻略を諦めてくれるかもしれないし」

「いえ、むしろラブが募ってますけど。キャントストップラビニューですけど」

「女の子って難しいなぁ」


 困ったように笑うエリ様。いや、あなたも女の子のはずなんですけれども。


「早めに幻滅しておいた方が君のためだと思うんだけど……ほら。新しい恋を見つけた方が、真実の愛とやらに近づけるかもしれないだろう?」

「それが、不思議なことに……『星の観測会』以降、聖女の力が強まっていまして」


 わたしは自分の手を見つめます。

 あの日以来、身体の中に巡っている「力の流れ」というものが分かるようになっていました。


 単純に命の危機だったからかもしれないけれど……

 性別に関係なく、目の前のこの人を愛しいと思ったから。利害に関係なく、ぼろぼろになって戦うこの人を癒したいと思ったから。

 そういう「真実の愛」っぽい感情を抱いたからなのではないかと、わたしは考えています。


 今なら、捻挫やたんこぶくらいまでは自分で治せるかもしれません。


「むしろ、振られてさらに強まった感じがあるんです。つまり、諦めないのが真実の愛なのでは、と」

「いや、それは世界が『力はやるからこいつはやめておけ』と言っているんじゃないかな?」


 エリ様がまた苦笑いした。


 笑う時の仕草さえ、いつもと違って見えます。

 いつもより口を大きく開けて笑っている気がします。

 いえ、きっとそうです。エリ様検定一級のわたしが言うのだから間違いありません。


 歯並びの良い歯がまざまざと見えて、それすらエロいのでもうだめです。

 意識が持って行かれそうになります。

 発禁です。ご禁制です。


「あ、あのですね。ちょっと、顔面がR18なので、もう少し気合いを入れてもらえると」

「あれ? 今もしかして私、悪口言われてる?」

「い、いえその、いい意味でR18なんですけども」

「いい意味とかある?」


 わたしにツッコミをくれてから、一拍置いてエリ様がぷっと噴き出しました。


 え? 何その顔。そんなに無邪気に笑うエリ様、初めて見たのですが?

 スチル。スチルください。後で見返すので。網膜仕事して。


「やっと君の独り言にツッコめるようになった。ずっと我慢してたんだ」

「ず、ずっと?」

「? うん、ずっと。君、独り言が大きいから。独り言以外にも、結構普通に前世の話とかしていたし」

「……え?」

「はは、本当に自覚がないんだね」


 一時停止してしまう私を見て、エリ様はまた、おかしそうに笑っていました。


「ほら、教室に戻ろう。リリア」

「うう……ま、待ってください……ちょっと、ショックが……」


 行きとは逆に、エリ様に引っ張られて教室に戻ることになりました。

 エリ様に注意するために連れ出したのに、目的の半分も果たせないままになってしまいました。倒れるご令嬢が出ないといいのですが。


 ていうかわたし、そんなに何でもかんでも口から出ていたんでしょうか。

 それではまるで、イタい子みたいじゃないですか?


「ああ、ダグラス。そこにいたのか」


 教室に戻ると、アイザック様から声を掛けられました。


 珍しい、と思いました。エリ様と3人で過ごすことはそこそこありましたが、あくまでエリ様が中心の関係で、2人で話すことも少なかったので。


「昼休みに生徒会室へ来い。……王太子殿下がお呼びだ」

「お、王太子殿下が!?」


 思わず声を上げてしまいました。

 隣に立つエリ様はもちろん、クラス中の視線がわたしに集まってきます。


 クラスの女の子たちが「何故殿下が?」という目で見てきます。

 当たり前です。一応聖女の端くれですが、ただの男爵家の養子のわたしに、エドワード殿下がお声を掛けるなど、本来ありえない事態です。

 乙女ゲーム的展開でもない限り。


「え、エリ様……」


 助けを求めてエリ様を見上げると、彼女はまったくもって興味がなさそうに、にこやかにわたしに向かって手を振りました。

 わぁ、お手振りです。ファンサです。嬉しくないのは何故でしょう。


「行ってらっしゃい」

「い、一緒に、来てくれないんですか!?」

「私、昼休みには昼食をとるという予定があるから」

「わたしもですけど!?」


 ダンスパーティーより前だったら絶対に一緒に来てくれたはずなのに、けろりとした顔で薄情なことを言うエリ様。

 これがあれでしょうか。釣った魚に餌はやらない、というやつでしょうか。

 つくづくひどい人です。でも好き。つれないエリ様もそれはそれで良き。はぁ好き。


 ひとしきり悶えてから、思考を戻します。

 もとの乙女ゲームのとおりだったら、エドワード殿下が「主人公ヒロイン」を呼び出す事態は起こり得たでしょう。


 だけど、おかしいです。

 今更、この世界で乙女ゲーム的展開が起こるなんて、どう考えてもおかしいです。


 だって、エドワード殿下を含め、攻略対象の4人は。

 私の、恋敵なのですから。


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