閑話 近衛騎士視点(4)
見合い相手の反応は上々だったらしい。
また会いたいとの申し入れが父にあったそうだ。2回会ったとなれば、もうその話はほとんど決まったも同然だ。
お相手のご令嬢は、物静かな方だった。伯爵家の次女で、家督を継ぐという重責のない者同士、思ったよりも気楽な関係となりそうだ。
あまり会話がなかったが、お父上の話に少し頬を赤らめたり、小さく微笑んだりしている姿は非常に愛らしく、自分も良い印象を持っている。
背が低く、楚々とした仕草も嫋やかで、顔つきもどちらかというと幼く見える女性だった。
自分にはもったいないほどのお相手が、こちらに好印象を持ってくれているらしいのは、なんとも意外なことだ。
しかし、どうにも「結婚」というものが自分ごとではないように思えてしまう。
剣の道だけに生きてきた。それ以外のものを、他人の人生を背負うということがどういうことなのか、いまいちよくわからない。
こんなに実感も覚悟もないままに結婚するというのは、いささか無責任が過ぎるのではないだろうか。
このような心持ちで結婚することは、お相手にとっても自分にとっても、良いことではないだろう。
話を受けていいものかどうか、悩んでいた。
◇ ◇ ◇
「よっ、マーティ! 見合い、どうだった?」
殿下の指示を受けて王城を出ると、探しに行くまでもなく向こうからやってきた。
いつもの気配の読み合いをすっ飛ばして声をかけてきたあたり、彼女も結果が気になっているらしい。
いつもへらへらとしているが、今日はやけに機嫌が良い。これは完全に、面白がっている。
「エドワード殿下がお呼びです」
「うん、それは分かったから。そうじゃなくて」
「貴女が殿下と話された後でお伝えします」
「なるほど。交換条件だな?」
自分の言葉に、彼女は素直に頷いた。
「やむを得まい。先に殿下の用件をさっさと済ませよう。ほら、行くぞマーティ」
いつもの渋々っぷりが嘘のように、驚くほどあっさり執務室へ向かう。何なら自分を先導する勢いだ。
いつもこうならいいのに、と思う半面、いつもこいつを面白がらせるような話題を提供するのは御免だと思った。
すたすたと自分の斜め前を歩いていくその背中を眺める。
まだ返事をしていないと言ったら、やいのやいのと騒がれそうだ。さて、何と言ったらいいものか。
◇ ◇ ◇
「マーティ! 終わったぞ」
「早すぎませんか」
「適当にはいはい言って出てきた」
「不敬な」
「あまりに私が素直だから、殿下も驚いていたよ」
胸を張って言うことではない。
「それで、話の続きは?」
「……レンブラント卿?」
執務室の扉が開く。
中から殿下が顔を出した。
慌てて膝をつき、頭を垂れる。
城内で、かつ人目がある場所だからか、彼女も騎士の礼を取った。適当にはいはい言って出てきた人間の所作とは思えない、美しい礼だった。
殿下の許可を受けて、立ち上がる。
彼はにこりと微笑んでいたが、その瞳は怜悧な輝きを宿していた。
もしやろうと思えば、一言で自分の首を飛ばせるお人だ。思わず背筋が伸びる。
「驚いた。友人だとは聞いていたけれど、随分仲が良いようだね」
「…………いえ。それなりです」
「それなりって何だ、それなりって」
横から茶々を入れられるが、無視する。
「リジー。君も、年上相手に随分砕けた様子じゃないか」
「はぁ。何と言いますか、彼はあまり年上という感じがしませんので」
どういう意味だ。
少なくともお前のような悪戯小僧よりは、よほど大人である。
「で? 話の続きが何だって?」
「え?」
「私の話を巻きで終わらせて、何の話をするつもりだったの?」
「…………」
「…………」
思わず彼女を睨むと、すーっと視線を逸らされた。
観念して、自分で切り出すことにする。
「自分の、見合いの話です」
「見合い? ああ、侯爵からも聞いたよ。確か……伯爵家のご令嬢だったか」
思わず舌を巻いた。そこまで話が回っているのか。
途端に「結婚」というものが実感を持って襲いかかってくる。その責任が恐ろしくなった。
「私は彼の見合いを応援していまして。結果を聞きたいとせがんでいた次第です」
「なるほど。そういうことなら、私からも口添えしようか? 君が所帯を持ってくれたら私も安心だからね。いろいろと」
二人して勝手なことを言いやがる。
彼女が自分の見合いを応援していると知った途端、手のひら返して優しげに振る舞ってくる殿下を見て、恋とは人を狂わせるのだなと感じた。
いつもの冷静で穏やかな殿下とは思えない、刺々しさに溢れる言葉だった。
主に「いろいろと」の部分に、まさにいろいろな感情が篭っているのを感じる。
薄々気づいてはいたが、自分の主がとんでもないやつに引っかかっているのを目の当たりにして、また頭痛がしてきた。
世の中にはもっと、まともなご令嬢がごまんといるし、殿下であればよりどりみどりのはずなのに、どうしてよりによってそいつなのだろう。
このまま話が進んで行くと、本気で逃げられなくなる。
王太子のお口添えなどあった日には、確実に結婚しなければならなくなる。
しかし自分にはやはり、その覚悟はなかった。
「それには、及びません」
やっとのことで、声を絞り出す。
「今回の件は、お断りすることになるかと思いますので」
「……どうして?」
再び、殿下の視線が冷たいものに変わった。
背中を冷や汗が伝う。
だが、腹を括るしかない。もうここまできたら自棄っぱちだ。持っているカードを切るほかないのだ。
それが、ジョーカーだとしても。
「自分は、胸の豊かな女性が好みですので」
殿下と彼女がぽかんとした顔で自分を見る。
本来女性に聞かせるような話ではない。だが、ここで彼女を下手に女性扱いすることは、殿下の逆鱗に触れるような気がして出来なかった。
嘘をつくような器用な真似もできない。自分の性的趣向に則り、最低限の誤魔化しで済ませたつもりだ。
お相手のご令嬢が、大人しく慎ましやかな……胸部をしていたことは事実である。
「……レンブラント卿」
「は」
「きみに所帯は、まだ早いのかもしれない」
「ぷっ」
殿下が呆れた様子で言うと、隣で噴き出す声がした。そのままけらけら笑い転げている。
「ははは! 正直者だな、君は! 最低だ!」
こちらからしても、これでウケるご令嬢は嫌すぎる。最低なのはお互い様だ。
「マジな話をすると、胸は育つぞ。他に気に入らないところがないなら、育ててみてもいいんじゃないか?」
訂正する。お前のほうが最低だ。
「リジー」
「おっと。すみません。殿下の前で下品な話を」
「誰の前でもそんな話をしないで」
「善処します」
殿下の氷のような冷え冷えとした視線を受けながらも、彼女は飄々と肩を竦めている。
心臓に毛が生えているんじゃないだろうか。
とりあえず王太子殿下の敵意が逸れたことに息をつく。何とかこの場をしのぐことが出来た……はずだ。
殿下の指摘の通り、自分にはまだ結婚は早い。
かのバートン伯は2つ年上だが、まだ婚約者もいなかったはず。
公爵家の跡取りですらそうなのだから、次男の自分はもう少しぷらぷらしていても許されるだろう。
願わくば、一生考えなくて済むとよいのだが。
◇ ◇ ◇
マーティン・レンブラント、20歳。
この後彼のもとに、胸の豊かなご令嬢との見合い話が大量に舞い込むことを、彼はまだ知らない。
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