閑話 近衛騎士視点(3)
「見合い」
「はい」
手合わせに付き合わされた際、うっかり週末に見合いの予定があると口を滑らせてしまった。
自分としては、彼女が興味を持つとも思わなかったのだが。
彼女は何やら眉根を寄せて、自分を上から下まで眺めると、顎に手を当てて首を傾げた。
「大丈夫か、マーティ。君、ちゃんと愛想良く出来るのか?」
「貴女に心配される筋合いは」
「心配するだろう。友達なんだし、君は無愛想だし」
友達呼ばわりはもう諦めたが、愛想がないのは元からだし、それで誰かに迷惑をかけているわけでもない。放っておいて欲しい。
「元より期待していません。結婚する気もありませんし、貴族のご令嬢と何を話せばいいのかも分かりません」
「君だって貴族だろう。侯爵家の次男なら、見合いと結婚は避けようがない」
「家には兄も姉も弟もいます。自分は騎士として生きると決めたので」
「そう簡単なものじゃないだろう」
諭すように言われるが、「お前が言うな」にも程がある。
公爵家の長女であるところの彼女こそ、見合いと結婚とは無縁ではいられないだろうに……よくもまぁそこまで自分を棚に上げられたものだ。
「しょうがないな。私が手ほどきしてやろう」
「はぁ?」
「簡単なモテテクを教えてやる」
にやりと笑って彼女が人差し指を立てた。なんとも性格の悪そうな顔だった。
「いいか、別に君はたいして話さなくていい。にこにこ笑って、聞かれたことには答えて、あとはお相手の話を聞いてやれ」
「はぁ」
「時々会話の一部をおうむ返ししてやればいい。そうするとお相手はそのおうむ返しされたところが気になったんだと思って詳しく話す。それを君はまたにこにこ笑って聞く。この繰り返しだ。お相手が満足するまで繰り返す。そうすると『楽しく話した』『聴いてくれた』という印象のいっちょ上がりだ」
「詐欺師の手腕ですね」
嫌味を言ってみたが、まるっとスルーされた。彼女は続ける。
「お相手が無口な場合はお相手のお父様と同じようにしろ。出来たら話題は娘さんのことがいいから、おうむ返しする場所に気を付けろ。2人きりにされたら適当ににこにこして、お父様から引き出した情報をいくつか本人に確認する。お相手が喋るようならまたにこにこして聞く。お相手が喋らなければ、適当に身につけているアクセサリーでも褒めて、あとはにこにこして見つめておけ」
にこにこしておけ、と言われても。
彼女の顔に視線を向ける。どう見ても「にやにや」という顔だが、それが分かっていても騙されてしまうご令嬢が出そうな顔つきをしている。
ご令嬢の好みそうな、人気の舞台俳優のような顔立ちだ。鼻筋が通っているし、目も切れ長だし、顎のラインもシャープだ。
そりゃあその顔ならにこにこしているだけでいいだろう、という気がした。
「自分はご令嬢に好かれる見た目ではありませんから」
「何言ってるんだ。君は塩顔だから化粧でどうにでも盛れるぞ。君の顔、私のすっぴんと系統が同じだし」
「は!?」
予想外の言葉に、思わず彼女の顔を凝視した。
化粧?
どう見ても、男にしか見えないのに?
「あ、貴女、化粧していたんですか!?」
「しているよ。あれ? 結構シェーディングとか濃くしてるんだけど……気づいてなかったのか」
「そう言ったことには、疎いもので」
「ふぅん」
驚く自分の顔を興味深そうに眺めていた彼女が、ぽんと手を打った。
「見合いの日、化粧しに行ってやろうか」
「は?」
「お、我ながらナイスアイデアじゃないか、これ」
「ちょ」
「侯爵家、どこだっけ? 東地区だよな? まぁ騎士団の誰かに聞けば分かるか」
彼女が立ち上がる。そして止める間も無くぽんと近くの木の枝に飛び乗った。
「じゃ、マーティ。またな!」
挨拶の言葉を残して、あっという間に姿が見えなくなる。残ったのは揺れる木の枝だけだ。
自分はシワのよった眉間を揉み解した。
こういうとき、貴族というのは不便だ。黙っていても家の場所がバレてしまう。
騎士団の寮に住んでおけば良かったと、今更ながらに後悔した。
◇ ◇ ◇
妙に上機嫌の侍女に「お友達がおいでですよ」と言われて応接室に向かうと、優雅に足を組んだエリザベス・バートンが我が物顔で紅茶を飲んでいた。
まさか本当に来るとは。
ドアの影から何人もの侍女がかじりついてその様子を覗き見、ほうっとため息をこぼしている。
「マーティン様のお友達ということは、騎士の方かしら」
「あんなに素敵な方、いたかしら……?」
「背も高いし脚も長いわ……」
「ご案内したとき、笑顔でお礼を言ってくださったの」
「紳士的なのね」
小声で話す侍女たちにため息をつく。すぐ後ろに自分が立っているのに、気付く様子もない。
たまりかねて咳払いをすると、侍女たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。やれやれだ。
彼女も部屋の入り口に立った自分に気づいたようで、こちらを見ると片手を上げた。
騎士団の制服でも学園の制服でもない彼女を見るのは初めてだったが、シャツにベスト、細身のパンツというシンプルな出で立ちだ。
常に「そう」なのだな、と思った。
と言っても、女性らしい服装はまったくもって想像がつかないが。
◇ ◇ ◇
「ほら、出来たぞ」
「…………これは」
彼女の合図で、鏡に映る自分を見る。
そこにいたのは、確かに自分だが……普段の顔とはまるで違っていた。
全体的に彫りが深く見える。鼻が高く見える。えらが目立たないし、目元もどことなく引き締まって見える。
……少しだけ、彼女に似ている気がした。
「まるで別人のようです」
「大げさだな」
彼女がおかしそうに笑った。
だが実際そうなのだから仕方ない。こうも変わるものだとは思わなかった。
言い方はなんだが、普段の自分よりも女性の好みそうな見た目になったことは間違いない。
「タイの色は明るい色がいい。顔が華やぐ。顔面に華が足りてないから他で補え。…….かっこよくしてやってね」
化粧道具を片付けながら、彼女は言う。
控えていた侍女が、惚けた顔で頷いていた。
「じゃ、私はこれで」
「本当にこのためだけに?」
ドアから出て行こうとする彼女に問いかけると、何を言うのだと言う顔で首を傾げた。
「うん? そうだけど」
「貴女になんのメリットもないでしょう」
「ちょっと面白そうだったから」
自分の言葉に、彼女は悪戯小僧のようににやりと口角を上げる。
その言葉に拍子抜けした。
てっきりまた、殿下の呼び出しを断る手伝いをさせられるのかと思っていたのに。
「頑張れよ、マーティ。こっから先は君にかかってるんだからな」
「…………ふ」
年下のくせに、まるで言い聞かせるように言うものだから、思わず笑ってしまった。
本当に、何をするのか分からない奴だ。
「そうですね」
「……珍しいこともあるもんだ」
相槌をうつと、彼女が目を丸くしてこちらを凝視していた。
何かと思った瞬間、彼女が両手で自分の頬をぎゅっと押さえるように包む。
「その顔をキープしろ、ほら! 今の位置、表情筋!」
「は? え?」
「あーあ、もう崩れた。全然だめだ。根性と筋肉が足りてないんじゃないのか」
「はぁ」
彼女は自分の頬を掴んでいた手を離すと、呆れたように首を振る。何がなんだかわからない。
「無愛想なクール系で行くのもいいが、そういう系の方が顔で判断されやすいからなぁ。愛想良くするに越したことはないんだが……うーん。今日の君なら及第点か……?」
「愛想よくは、無理です」
「まぁ、なるようにしかならないな」
彼女はいつもの適当さを発揮して笑うと、拳をこちらに突き出した。
「健闘を祈る」
誰がやるか、と思ったが、今日は一応世話になった身だ。
やれやれとため息をついてから、自分も拳を握って彼女のそれにぶつけた。
◇ ◇ ◇
彼女が嵐のように帰っていった直後、応接室に姉が飛び込んできた。
「ね、姉さん?」
「さっきの方は!?」
「帰ったけど」
「ええ!? 馬鹿マーティ、何で引き止めていてくれないのよ!」
いきなり馬鹿呼ばわりされた。
姉さんはいつもいきなりだし、とにかく気が強い。だから行き遅れているのだと父さんが嘆いていたのを思い出した。
何故自分があいつを引き止めなくてはいけないのか。だいたい姉さんは彼女と面識はないはずだが。
「お話したかったのに! ねぇ、あんたの友達なのよね!? どこの人? 恋人は?」
「え? は?」
「さっき化粧道具借りにきたのよ! あたしより背が高くて、ゴリマッチョじゃない男なんてあんまりいないじゃない!? ていうか顔すっごいカッコいいし! もうこれを逃す手はないわ!」
紹介して! とうるさい姉を「これから見合いだから」と言って何とか宥め、大急ぎで準備を整えて馬車に乗る。
どう説明しても面倒な事態になる気がして、頭を抱えた。
一刻も早く騎士団の寮に引っ越すべきかもしれない。
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