第28話 奇跡と狂人 ー3ー
書庫に居ることが多くなった。
クアドラを探すために、クアドラの資料と睨めっこする日々が……本当に多くなった。僕はその薄暗い部屋の中で、茶色のウェーブのかかった髪をねじり、地べたに座る。
もうやれることはやりつくしただろうか? と自分に問いかけた。
やった。やりつくしたはずだ。
まず僕はこのミッドランド中の教会にクアドラの特徴を書いた資料を送付し、何かあったらラウルハーゲンの教会まで一報を頼むとしつこく頼み込んだ。それも何回も何回も、書庫係のジーンを通してお願いしたのだ。
たぶんほとんどの教会に頼み込んだよな?
うん、そうだ。
たぶんミッドランド中の教会に頼み込んだはずだ。
僕はミッドランド王国の地図を頭に思い描く。
ミッドランド王国はひょろ長い瓢箪のような島国で、五つの地域に分かれていた。
北方の地はアイスフォックスと呼ばれ、西には砂漠地帯のランダーラと穏やかな大地のウェストガーデンと呼ばれる二つの地域がある。
そしてミッドランドの中央から南に広がる青々と燃える広大な平地がローレンで、険しい山脈が立ち並ぶミッドランドの東方の山岳地帯はアーシャと呼ばれていた。
この五つの地域の教会のほとんどに僕は書面にて頭をさげた。
できることならすべての教会を直接まわってクアドラの資料付きで熱弁を振るいたかったが、それは無理だった。
僕はローレンのラウルハーゲンの異端審問官で、まずこの地域の魔導士狩りを最優先に行わなければならなかったからだ。
待つしかないのか……。
いつまで待てばいいのだろう?
そんなことを何度も思った。
僕はクアドラの資料を開く。
そこには過去にクアドラが発見された場所が書いてあった。
もう穴が開くほど読んだ資料だ。
ラクダの道と、熊の道と、王の道、それと魔法学校跡地で彼女は発見されていた。
街道に関して言えば、どれも人が沢山行きかう主要道である、ということしか分からない。
魔法学校跡地で彼女が何をしていたのかもよく分からない。
分かることと言えば、クアドラは何故かミッドランド中を頻繁に動き回っている、ということぐらいであった。
旅行?
僕は頭を横に振って自嘲気味に笑った。
そんなわけはない。
あの女は何か目的があるはずだ。
なにかの目的が……
ランダーラ地方のラクダの道を歩いている時は西のセプタ街へ向けて歩き。
熊の道を歩いている時はアイスフォックスのキリンス街へ向けて。
そして王の道を歩いている時は南のこのラウルハーゲンへ向けて。
いや、違う、魔法学校へ向けて……か……
その時、書庫の扉を開き、ジーンが入ってきた。
手には沢山の書類が重ねられていた。
短く刈り込まれた坊主頭のジーンは僕の顔を見るなり深い溜息をついた。
「まったく。またここで油を売ってるのかユーリ? 本当に暇だね、審問指揮様は」
人から見ると僕はそう見えるのだろうか?
僕は何も言わず肩をすくめた。
「ほら、邪魔だ邪魔だ!」と言って、ジーンはあぐらをかく僕を片足で払いのけようとした。
僕は溜息をつき、ほんの少しだけ腰を浮かせ、横にずれる。
そういえば、この男も審問官になったのだった。
僕よりも数ヶ月遅れではあるが、あのあとジーンも無事実地試験を潜り抜け晴れて審問官になったのだ。
でも、彼の書庫係の仕事は終わらなかった。
むしろ、増えたのではないだろうか?
「なぁジーン」
「なんだユーリ」
「ラクダの道と、熊の道と、王の道、に共通することはなんだ?」
「さぁな、このミッドランドの主要道ってことかな。それぐらいじゃないか?」
……そうだよなぁ、と思った。
誰でも思い描くのはそこぐらいのものだ。
クアドラが発見された場所は誰もが行き交うこのミッドランドの主要道。
共通しているのはそれぐらいだ。
ラクダの道はランダーラ地方の主要道だし、熊の道はアイスフォックス地方の主要道で、王の道はこのローレンの主要道だ。
すべて、その地域一帯を織りなす街道で、そこでクアドラを発見したからといって、別にそれが特別な情報とは思えなかった。
「例のクアドラの情報か?」とジーンが聞いてきたので僕は頷いた。
ジーンはそのあと「ふーん」と言い、それ以上なにも言わなかった。
何も言わないのがこの男なりの優しさなのだろうか?
僕は視点を変えて質問した。
「じゃあさ、セプタ街とキリンス街の共通点ってなんだ?」
「え?」とジーンは声をだした。
「いやぁさ、資料によると、クアドラはどうもこの二つの街へ向けて例の道を歩いていたらしいんだよ。ラクダの道と熊の道だ。だから、この二つに共通していることってなにかな? と思ってさ」
そう僕が質問をすると、ジーンは唸り声をあげて黙ってしまった。
それはそうだろうな、と思った。
その二つはどちらも何の変哲もない街で、大きくも小さくもない街だ。
誰でも訪れるだろうし、誰でもそこから旅立つだろう。
いわば、それは色のない情報といえた。
つまり、情報として役にたちそうなのは一つだけ。
二年前にクアドラを発見した魔法学校跡地だ。
彼女はここで何をやっていたのだろうか?
「あ、いやまて」とジーンが声をあげた。
「魔法学校跡地の話か?」と僕が聞くと「違う。違うよ」とジーンは言った。「例のセプタ街とキリンス街に共通した特徴さ。あそこって確か魔導士共の修行所がある場所じゃなかったか?」
「え?」と思わず声がでた。そうだっただろうか?
「まだ、ランダーラ地方とアイスフォックス地方は教会の地位がそこまで高くなくて、それであそこにはまだそんな魔法の修行所があるって聞いたぞ」
「修行所……」と僕は声にだした。
つまり……これは、クアドラが修行所に出入りしている、ということなのだろうか?
ならば、まだ活動中のその修行所を重点的に見張れば、クアドラは見つかるのだろうか?
全身の毛穴が開かれてゆくような感覚が皮膚を駆け抜ける。
そうだ。そうに違いない。
今も魔導士共の修行所がある場所を重点的に見張ればよいのだ。
たぶん、その修行者のなかにクアドラはいるはずだ!
「サンキュージーン! そうだ。また代筆頼むよ」と僕が言うとジーンは深い溜息をついた。「また例のお願いを頼み込むんだろ? 地方の教会に」
僕ははげしくうなずいた。
ジーンの顔が心なしかニヤついているように見えた。
そんなに僕に呆れているのだろうか?
まぁいいさ。とにかく、これでまた一歩前進した気がした。
これで、もうすぐクアドラの背中を捉えることができそうな気がした。
「フィーナ……。あともう少しだ。もう少し……」僕は小さくそういった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます