第250話 桜澤撫子の足跡①
さて、カラコルム卿の領地の村で、仲間たちが勇者たちと奮戦している頃、僕、白金蓮は、嫁さんと共にその地を目指して進んでいた。
こうなるまでの経緯は、いかなるものであったか。
まずはそれを語らねばなるまい。
僕は、桜澤撫子に誘拐され、吹雪の山小屋に監禁されていた。彼女の誘惑を振り切り、一人で雪山を降りようと決意したのだが、扉を開けたところで、そのすぐ横に男が立っているのを発見した。
猛吹雪の中、真っ白な雪が叩きつけられていても、平然と立っている漆黒のローブとフードを被った男。
あまりにも人間離れしたその姿を目にした途端、僕は幽霊にでも会ったかのように凍りつき、次いで悲鳴を上げてしまった。
「うおぉぉぁぁっ!!!」
そのまま小屋の中に勢いよく後退りした。
ほとんど後ろにジャンプするように戻った僕は、そこに立っていた桜澤撫子に受け止められた。背中からハグされそうになったが、すかさず離れて彼女に尋ねた。
「だ、誰だ!あれは!?」
「彼は私の仲間よ」
「いつからあそこに!?」
「最初からよ。見張りを頼んどいたの」
「………………」
彼女の説明を聞きながらも、僕は信じられない気持ちで、ローブの男を見る。扉の前に立った彼は、顔全体は見えないが、被っているフードの中から、大きな鷲鼻を覗かせており、肌の様子から年配のような印象を受けた。
その男は、僕に向けて、太い眉の下から鋭い眼光をギラリと光らせたかと思うと、すぐに扉を閉めてしまった。彼は外に残ったままだ。
「あ……あれは魔王じゃないのか?」
「ううん。彼は違うわ。もちろん勇者でもないわよ」
「じゃあ、魔族か?あんな吹雪の中で、平然としていられるんだから、人間じゃないだろ?」
「彼のことは……まぁ、おいおい話すわ」
ちなみにこの時の僕は知る由もないが、かつてラージャグリハ王国の王都マガダにて、彼女が夜な夜な密会している相手がいた。漆黒のローブを着た男である。それが彼なのだ。
ただし、桜澤撫子が僕と知り合い、『宝珠システム』による管理機能で、携帯端末宝珠の位置が特定されることを知ってからは、僕を警戒して彼を王都から遠ざけた。そして、別の『魔王教団』信徒を仲介して、連絡を取り合うようにした。
そのため、僕が最終的に大規模検索魔法を実行した時点では、彼は不在であり、その存在を捕捉することはできなかったのである。
ところで、彼の存在を知ったことで、僕は改めて桜澤撫子に呆れ果ててしまった。
「だいたい、君はあんな男を小屋の前に立たせておいて、僕と何をしようとしてた!」
「え……そりゃあ、既成事実だよ」
妙に照れたような言い方で答えた彼女に、僕は力が抜けたような感覚になり、壁に背中を預けて寄りかかった。
「……なんなんだよ君は……まったく意味がわからない」
すると、僕との行為は諦めたのか、彼女は恥ずかしそうに服を着はじめた。
それをあまりジロジロ見ないようにしながら、思う。
この桜澤撫子という女性は、何をどこまで知っているのだろうか、と。
そもそも外にいる漆黒のローブの男にしても、今までの謎の言動からしても、彼女は僕以上にこの世界のことに精通している。
牡丹のことで激しく憎んでしまったが、彼女は貴重な情報源なのだ。そう考えると、冷静になるべきだったのは僕ではないか。
「君は……『幻影の魔王』なんだよね。てことは……この世界に20年以上もいるってことか?」
少し同情する気持ちも芽生えて、僕は尋ねた。
着替え終わった彼女は明るい顔になる。
「あ、白金くん、声が優しくなった。そういう感じは本気で素敵」
「はぐらかすな。昔の君は、そんな女性じゃなかった……と思う。この世界で何かあったのか?事情があるなら聞いてやるよ」
「私のことに興味持ってくれたんだ」
「いいから、話せる範囲で話してくれよ」
「うん。……あ、じゃあ、その前に白金くんが私に関してどこまで知ってるか教えて?」
そう言われたため、僕はこれまで収集してきた、こちらの情報を語った。主に『凶作の魔王』ゼフィランサスである桃園萌香から聞いた、『幻影の魔王』ディモルフォセカについての情報だ。
3人の魔王で同盟を組み、帝国の圧政に苦しむ人々を支援するため、各地で隠れて信仰している『魔王教団』の信徒に協力していること。また、その中心人物であるカラコルム卿には、実際に魔族を執事として預けるほど、助力を惜しんでいないこと。等だ。
「それなのに、君は僕たちを騙し、牡丹を襲った。いったい何をしたいんだ?」
そうして、僕は最後に再び憤りを感じながら質問した。
桜澤撫子は、僕の話を黙って聞きながら俯いていたが、次第に愁いを帯びた目になり、やがてゆっくりと口を開いた。
「……魔王はね、自殺できないの」
「え……?」
意味のわからない回答に僕は唖然とした。
彼女は短剣を手に取り、近づいてきた。
「白金くん、この短剣で、私の胸を刺してみて」
「は!?」
一時は殺してやりたいほど憎んだ相手だが、この一言には心底驚いた。彼女はそれでも平然と言い直してくる。シャツの胸元を開きながら。
「いいから、やってみて」
「待てよ。なんで脱ぐんだよ」
「服が切れちゃうから開いてるんでしょ。エッチなことじゃないから安心してよ」
「刺してどうなる」
「私は今、力を抜いている。白金くんでも、思いっきりやれば、傷を付けられるはずよ」
「いやいや、そんなこと言われても……」
「私のこと憎んでるんでしょ?」
「……妙な罠じゃないよな?」
「もう!説明するためなんだよ!ほら、ひと思いにやって!」
「くっ!」
何やら奇妙な気分だが、彼女は魔王だ。僕の一撃で本当に死ぬはずもない。僕は生まれて初めて人の胸に短剣を突き立てた。はだけた服が傷つかないよう、直接、彼女の胸の谷間に向けて。
カチンッ!
という音と共に短剣は彼女の胸で止まった。まるで鉄に叩きつけたような感触だ。ウチの嫁さんも頑丈だが、やはり魔王クラスの肉体も尋常ではない。
胸に当たった短剣を見つめつつ、桜澤撫子は僕に不満そうな視線を向けてきた。
「思いっきりって言ったのに、手加減したでしょ」
「いや……だってそりゃあ……」
「でもこれでわかったでしょ?今、私は直前まで無防備な状態にしてたのよ。でも、攻撃されると認知した瞬間、体は自動的に全力で防御してしまう。そして……」
言いながら、彼女は僕の手から短剣を奪い、それを自分の喉元に持っていった。
「えっ!!!」
次の瞬間、僕は我が目を疑った。
彼女は勢いよくそれを自分に突き刺したのだ。
自らの喉に全力で。
しかし、短剣は彼女の喉に触れたところで止まっていた。
「……こんな感じで、自分で自分を殺そうとしても、体が勝手に抑制しちゃうの。この魔王としての肉体は、ただ強いってだけじゃなく、死ぬことに対して無意識に全力で歯向かおうとする。そういう設定になってるの。だから、自分で死ぬことも、手加減してわざと相手に殺されるってこともできないのよ」
悲しい顔で僕を見つめながら、そう話す彼女に、僕は様々な意味で愕然とした。自らの意思で死ぬことができない魔王の運命にも驚かされるが、それ以上に、それを現実に実行しようとした彼女の精神状態を憂慮したのだ。
「……………………」
目を丸くして固まってしまった僕を見て、桜澤撫子はわずかに微笑した。そして、話を続けた。
「つまりね、魔王は、本気で戦って、実力勝負で負けないと、死ぬことはできないの。この意味がわかる?」
尋ねられた僕は、ここでやっと彼女の言いたいことを理解し、回答した。
「勇者か……あるいは、それに準ずる実力者と全力の勝負をして殺されないと、地球に帰れないってことか……」
答えながら僕も絶望した。
魔王に課せられた運命は、なんと過酷なものか。
”死”とは生きとし生けるものが等しく恐れるものであり、それを避けるように生きるのが生命体の本能というものだ。
それなのに、地球に帰るためには殺されなければならない。しかも、このリアルな肉体で。それは、どれほどの恐怖であることか。
しかも、仮に死の恐怖を乗り越えたとしても、自分を殺せる相手を見つけなければ、地球に帰ることは不可能だという。これは、いったいどんな罰ゲームなのだ。
「……君は、死ぬことが怖くないのか?」
「今となってはね。最初は無理だったわよ。自殺なんて、この世の全てに絶望しなきゃ、できるもんじゃないもの」
「でも、君は死のうとした。しかし、できなかった」
「そう。だから、私を殺してくれる勇者を捜したのよ」
目の前の女性が、自分には到底マネできないような覚悟の持ち主であったことを知り、僕は内心で感嘆してしまった。だが、だとすれば、具体的な対処法は既に見つかってもいる。僕はそれを彼女に聞いた。
「帝国には黒岩椿がいる。君を討伐するために召喚された勇者だ。彼なら君を殺せるはずだ」
「ダメなのよ」
桜澤撫子が即答するので、僕は首を傾げた。
「なんでだ?」
「彼は、私を殺してくれなかった」
「えっ!もう会ったことがあるのか?」
「うん……ずっと前にね……」
そこから彼女は、自分がこの世界に来てからの足跡を語りはじめた。それは長い長い旅路であった。
桜澤撫子が召喚されたのは、今から24年前。
出現した場所は『環聖峰中立地帯』の北側だった。森の中に一人で立っていたそうだ。これについては、牡丹や桃園萌香の場合と同じだ。
最初は何が起こったのかも理解できず、右も左もわからなかった。やがて一人の魔族に遭遇した。彼女の気配を感じ取って、近づいて来たのだ。僕が詳しくその容姿を尋ねてみたところ、どうやら猿の人獣魔族『ピクテス』であったようだ。
そこで彼女は自分が魔王であることを聞かされた。
やがて自分に関する相手の認識を錯覚させる能力に気づき、ピクテスから必要な情報を聞き出した彼女は、彼に自分を人間だと思い込ませ、そっと別れを告げて人里に向かった。
北国は寒いので、初めは帝国から遠ざかったという。
不慣れな世界での女性の一人旅は、筆舌に尽くしがたい苦労があった。モンスターを恐れる必要は全くなかったが、文明の無い世界では、生活するのも旅行するのも大変であり、また、西のラージャグリハ王国では女性蔑視の風潮が強いので辟易した。
やがて南の共和制国家『シュラーヴァスティー』にある『アカデミー』に辿り着き、そこで能力を駆使して、学生となり、情報を集めることにした。
そうしているうちに数年が経った。
ようやく魔王である自分が元の世界に戻るためには、勇者に討伐されなければならないという結論に達し、本格的な旅を開始した。
ところが、この頃はまだ魔王の存在が噂もされていなかったのだ。
手がかりを得るためにアテのない旅を続け、探しに探し、今から12年前、ようやく訪れたイマーラヤ帝国で、『幻影の魔王』の噂と、それを討伐するために召喚された勇者の存在を聞きつけたのである。
この時、彼女は疲れ果てていた。一刻も早く、この世界とオサラバして、地球に帰りたいと思っていた。自殺を試みて失敗したのも、この直前であった。
早速、その晩、自分への認識を錯覚させる能力を駆使して、城内に侵入し、鍵を手に入れ、いとも容易く黒岩椿の部屋に入った。魔王が姿を現せば、勇者は喜んで殺してくれるはずだ。
ところが、そうはならなかった。
この時点で、黒岩椿はとっくに引きこもり状態になっていたのだ。
「こんにちは。『
能力で桜澤撫子の存在に気づいていた黒岩椿は、驚く素振りも見せず、振り返りもしなかったという。暗い部屋でロウソクの明かりだけを頼りに本を読んでいたそうだ。彼はそのまま無言だった。
「………………」
「…………あれ?無反応?魔王が来たんだけど?」
「………………」
「あ、急に来て驚かせちゃったかな。自己紹介するわね。私が、巷で噂の『幻影の魔王』。初めて会った魔族は、ディモルフォセカって名付けてくれたわ。本人はもう覚えてないでしょうけど」
「………………」
「ってことで、勇者、椿くん。私をズドッと一撃で殺してくれないかな。あなたなら、簡単にできるでしょ?そんな力強い気配の持ち主、今まで出会ったことないし、何か因縁めいた不思議な感覚がするもの。私を討伐するための勇者なのよね?」
「………………」
「……ねぇ、聞いてる?あなた勇者でしょ?」
どんなに話し掛けても全く反応を見せない黒岩椿に、桜澤撫子は少し苛立った声で問いかけた。すると、ようやく彼は体の向きを変えずに一言だけ返してきた。
「お……女の子……だったんだな。魔王って……」
やっと会話が成立する。そう思った彼女は笑顔になって答えた。
「そうそう。どうしてこんな世界に来ちゃったのか、よくわかんないんだけどね。でも、大丈夫。女の子だけど、殺されても恨まないから。むしろ、地球に帰るためにさっさと殺してほしいのよ。あなたが討伐に来ないから、私の方から来てあげたの。ほら、ズバッとやっちゃって」
「……や、やだ」
「……………………え?」
「きみを討伐すると、おれは地球に帰ることになる。それはやだ。帰りたくない」
自分とは真逆の考えを述べる黒岩椿に、桜澤撫子は唖然とした。彼女は若干、動揺しながら聞き返す。
「な…………何言ってるのよ……こんな何も無い世界にいて、何が楽しいっていうの?どんなに引きこもっても、ゲームも無いでしょ?」
「楽しみは……自分で見つけられる」
「で、でも!」
「何もしなくても許されて、飯が食えて、歳も取らないんだ。こんな夢のような世界、帰るなんておかしいよ」
何を呑気なことを。と彼女は思った。
それはあんたが勇者だからでしょう。と言い返したかった。
こっちはあんたを捜すために何年も旅をしてきたのよ。と激しく憤った。
しかし、地球に帰ることを優先する彼女は、それらの思いを呑み込んで、彼に譲歩案を出した。しかも、身と心を削るような、やぶれかぶれの代替案を。それを彼女は卑屈な笑顔で提案した。
「そ、そうだ。精霊神殿で勉強したんだけど、勇者って”男女の交わり”禁止なんでしょ?だから、女の子と何もしてないんじゃない?なら、どうかな?私を一回だけ抱かせてあげるから、そしたら、私を殺してくれない?自慢じゃないけど、結構モテるのよ私。悪い話じゃないと思うけどなぁ……」
「そんなことしたら、おれがチカラを失って、きみを倒せなくなるよ。結構、バカなんだね」
「…………っ!」
恥を忍び、覚悟を決めて、生まれて初めて自分のカラダを売るような発言をした彼女だったが、黒岩椿はそれを冷たく一蹴した。桜澤撫子はこれに絶望し、憤慨した。
「だったら!そっちが本気を出すまで、こっちが攻撃してやるわ!殺しに来た相手なら、放っておくことはできないでしょ!!」
彼女は、短剣を取り出して俊敏に接近し、黒岩椿に一太刀浴びせようとした。
ところが、その途端、彼女目がけて四方八方から無数の鎖が飛来し、なんと彼女に巻き付いてしまった。
「えっ……!」
鋼鉄の鎖で体中を何重にも縛られた桜澤撫子は、足がもつれて地面に倒れた。黒岩椿はここで初めてニヤリと笑顔になった。
「ふっ……うまくいった」
彼は、彼女を見ようともせずに背中を向けたまま立ち上がった。自分の思惑どおりに事が運んだためか、彼は急に声を弾ませ、饒舌になった。
「その鎖は、名工に作らせた特注品。何重にも縛りつければ、おれでも千切れないことは確認済みなんだ。もう脱出は不可能だよ」
「え…………」
「おれの能力『
「そんなっ……私の接近に気づいてたっていうの?気配でも認識されれば、私の魔法で錯覚させられるのに」
「きみがさっきから、どんな能力を使ってるのか、よくわかんないけど、おれはきみの記号に向かって攻撃しているんだ」
「私を認識してもくれないの?」
桜澤撫子は再び愕然とした。
そうなのだ。黒岩椿という男は、コミュ障の性格と便利な能力が相まって、人を記号として識別するような人間になっていたのだ。ゆえに桜澤撫子がどんな人格で、どんな顔をしているかも興味が無かった。気配を捉える必要性も感じなかった。
あるのは、自分の目的だけである。それを彼は高揚しながら語りはじめた。
「あぁ……何だろ。不思議だ。長年の計画がうまくいくと、こんなに気持ちいいんだね。テンション上がるんだね。人に語りたくなっちゃうんだね。だから教えてあげるよ。前々から考えてたんだ。魔王に出会ったら、こうして鎖で雁字搦めにしてやろうって。そうすれば、二度と悪さもできないし、おれを殺すこともできないだろ?」
「わ……私をどうする気?」
「これから『宮廷騎士団』に引き渡して、牢獄に閉じ込める。できれば、おれの監視下にあった方がいいから、城の地下に特別にそういう部屋を造ってもらおうかな」
「なっ、なんですって!?」
「おれがこの世界にいつまでも安住できるよう、きみにはずっと鎖で縛られたまま、真っ暗な牢獄で、飯だけ食う生活を送ってもらいたいんだ。いわゆる魔王を封印したって感じで」
彼の語る内容に桜澤撫子は青ざめ、震え慄いた。
この異世界から帰るために会いに来たはずなのに、それどころか、永久に閉じ込められることになろうとは。彼女は、悔しさを滲ませながら懇願した。
「ふ、ふざけないで!同じ日本人同士じゃない!」
「え、きみ、日本から来たの?」
「そうよ!だから助けてよ!私には、どうしても地球に戻って、会いたい人がいるのよ!」
「……まさか魔王が女の子だとは思ってなかったからビックリしたけど、さらに日本人だったなんて……まぁでも、おれにはどうでもいいや。むしろ日本の女の子なら、余計に許せないな。きみも魔王なんだから、今まで悪いこといっぱいしてきたんだろ?」
「どうしてそうやって!みんな、魔王だから魔王だからって決めつけてくるのよ!私が何をしたって言うのよ!」
「うるさいな。おれが知るか」
「わかったわよ!私はもうあなたに手を出さない!だから解放して!永遠に牢獄なんてイヤよ!」
「やだね」
「どうして!」
ここまで会話をしながら鎖を引き千切ろうと、力の限り、もがく桜澤撫子であったが、鎖はビクともしない。そして、視線を合わせようともしない黒岩椿の冷たい言動に、彼女は怯えながらも憤り、詰問するように問いかけた。
それをせせら笑うように黒岩椿は答える。
「おれみたいな人間はね、自分の居場所を守るためなら、なんでもするんだよ。部屋に乗り込んできた親だって、ぶっ飛ばしてでも追い返すんだよ」
「なんて自分勝手なっ!」
「さて……もうさんざんしゃべったから疲れたな。これから兵士を呼んでくるから待ってろよ」
「ちょっ!待ちなさいよ!」
部屋の扉に向かい、開けようとする黒岩椿を桜澤撫子は必死に呼び止める。それを聞き入れたわけではないが、彼はふと立ち止まり、思いついたように補足した。
「……あ、あと普通はいないと思うんだけど、捕虜になった魔王が女の子だからって、手を出そうとする牢番がいたら、ごめんね。この国、意外と腐ってるヤツが多いから」
それを告げながらニヤッと口元を歪めた黒岩椿を見て、桜澤撫子は歯噛みし、目に涙を浮かべて罵った。
「あ……あなたは勇者じゃない!!悪魔よっ……!!!」
心から軽蔑するその言葉を聞いた途端、彼はピタリと止まり、深くため息をついた。
「はぁ……ちょっとはボコっておいた方が戦ったように見えるかな」
そう言って、黒岩椿は踵を返し、桜澤撫子に向かって足早に近づいて来た。そして、思いっきり彼女の顔面を蹴った。
ドゴッ!!!
メシィッ!!!
「うがぁっ!!!」
レベル50を超える力で蹴り飛ばされた桜澤撫子は、何かが軋むような音を発しながら、窓際の壁に激突した。
それが鼻っ柱を折った音だと思った黒岩椿であるが、彼は自分の右足を見て驚いた。彼女に巻き付けた鎖の一部が足に絡まっていたのだ。そして、それは桜澤撫子にまで繋がっている。
「えっ……?」
彼が軋ませ、部分的に砕いたのは鎖だった。そうなるように彼女にコントロールされたのだ。さらに鎖が彼の足に絡まり、伸びたため、当然のことながら、彼女をグルグル巻きにしていた鎖が緩んだ。それを幸いと、桜澤撫子は立ち上がった。
「よかった!私をちゃんと認識してくれたから、ズラすことができたわ!」
そうして、まだ完全に鎖を解いたわけではないが、足が動くことから、彼女はそのまま窓をぶち破り、宮殿を脱出してしまった。
「あっ!しまった!」
慌てて追いかけようとし、窓から顔を出す黒岩椿。彼の能力は半径10キロ圏内に及ぶため、逃走した魔王を追撃することは容易である。しかし、彼の元来の性格がそれをさせなかった。
「……あぁ……まぁ、いいや。また今度来たら、捕まえよう。あの様子じゃ、他に彼女を倒せる人間はいなさそうだし」
こうして、辛くも牢獄で永久に飼われるという、人権の欠片もない仕打ちは回避することができた。しかし、黒岩椿の異常な考えと行動に恐怖した桜澤撫子は、彼に殺されることを諦め、別の方法を模索することになったのだ。
「…………最っ……低だな」
ここまで聞いた段階で、僕は吐き気を催すように呟いた。あの引きこもり勇者、黒岩椿の本性を知って、激しく幻滅したのだ。また、目の前にいる元同級生のあまりにも不憫な過去に同情を禁じ得なかった。
「あ、もしかして私のこと、可哀想だと思った?守ってあげたいって思った?そして、抱きしめたいとか思った?」
僕の表情が変わったのを見て、桜澤撫子は嬉しそうに声を明るくした。
さすが認識を錯覚させる能力者というだけあって、僕の彼女に対する認識が変化したことを見抜かれてしまったようだ。
「バカなこと言ってないで、その後どうしたのか、続きを教えてくれよ」
「うん。それでね……」
彼女は、足跡の続きを語っていった。
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